第7話 最初の実戦試験
最初に姿を現したのは、四本脚の防衛機構だった。
高さは二メートルほど。人間に似た胴体の代わりに、中央へ黒い球体を抱えている。脚部は細く、関節が逆方向へ折れ曲がっていた。
頭部らしき部分に、青白い光が灯る。
『侵入者を確認。排除を開始します』
「侵入者、ね。招待された覚えはないんだが」
「施設側の防衛システムは、エグザリアによる認証を共有していません。あなたを侵入者と判断しているようです」
「なら、認証を共有させろ」
「現在の権限では不可能です」
「だろうな!」
防衛機構が跳んだ。
床を蹴った瞬間、その巨体が視界から消える。次の瞬間には、雄馬の目の前に黒い脚が迫っていた。
反射的に腕を上げる。
黒い装甲が展開した。
金属音が爆ぜる。衝撃が腕から肩へ抜け、雄馬の身体が後方へ吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
背中が壁に激突する。
装甲は攻撃を受け止めた。だが、衝撃そのものを消せるわけではない。
「位相装甲は完全な無敵防御ではありません。衝撃の一部は使用者へ伝達されます」
「説明は後だ!」
敵が再び突進してくる。
雄馬は床を転がり、ぎりぎりで攻撃を避けた。黒い脚が床面をえぐり、火花を散らす。
相手の速度は、通常の探索者が反応できる領域を超えている。
かつてAランクと呼ばれた自分でも、生身なら初撃で終わっていた。
だが、こいつには弱点があるはずだ。
雄馬は敵の動きを観察した。
攻撃の直前、中央の球体がわずかに明滅する。脚の動きが変わる直前にも、同じ光が走っていた。
制御中枢か。
「ノエル。あの中央部は何だ?」
「防衛機構の制御核と推定されます。ただし、外殻は高い耐久性を持っています」
「普通に壊すのは難しい、と」
「はい」
「なら、普通じゃない方法を使う」
雄馬は右手を握った。
黒い光が集まり、細長い刃を形成する。
次元刃。
名も知らない兵器が、自分の中に与えた力。
使い方は分からない。それでも、刃が何を切るのかだけは、感覚として理解できた。
金属を切るのではない。
対象が存在する位置、その空間とのつながりを断つ。
もっとも、理屈を理解したからといって、自在に使えるわけではなかった。
防衛機構が跳躍する。
雄馬は正面から受けず、半歩だけ横へずれた。敵の脚が肩をかすめ、装甲の表面が削れる。
痛みが走った。
それでも、敵が通り過ぎる瞬間を逃さない。
「そこだ!」
刃を振るう。
切っ先が黒い外殻に触れた。
手応えはなかった。
刃は装甲を切り裂いたのではない。外殻の奥にある制御核との接続を断ち切った。
青白い光が、一瞬だけ強く輝く。
次いで、防衛機構の全身が硬直した。
『異常……位相接続……喪失……』
四本の脚が折れ、巨体が床へ倒れた。
勝った。
そう理解した直後、雄馬の視界が揺れた。
「……っ、またか」
右腕から力が抜ける。心臓が異常な速さで脈打ち、呼吸が乱れた。膝をついた彼の手から、次元刃が消えていく。
「位相能力の使用による神経系への負荷を確認しました。現状では連続使用を推奨しません」
「連続どころか、一回でこれかよ」
「同期率が上昇すれば、負荷の軽減が期待できます。ただし、現段階での改善を保証することはできません」
「要するに、慣れるまで無理をするなってことか」
「その理解で問題ありません」
雄馬は倒れた防衛機構を見下ろした。
勝てた。だが、圧倒的な力を手に入れたという実感はない。
使えば疲れる。判断を誤れば死ぬ。
それでも、今の自分には武器がある。
「ノエル、こいつの残骸を調べられるか?」
「可能です。解析を開始します」
防衛機構の表面に光が走った。細かな数値と波形が、壁面の表示装置へ次々と浮かび上がる。
その中の一つを見た瞬間、ノエルの声が止まった。
「……異常な波形を検出しました」
「何だ?」
「地球上で観測されている異常領域の波形と、高い一致率を示しています」
雄馬は顔を上げた。
「異常領域?探索者が潜っている、あのダンジョンのことか」
「はい。空間構造の変質、位相接続の乱れ、エネルギー反応。その特徴が一致しています」
「待て。こいつは古代文明の防衛機構なんだろう?」
「その可能性が高いと判断しています」
「なら、どうして地球の異常領域と同じ波形が出る?」
「現時点では回答できません」
ノエルの表情は変わらない。
だが、雄馬には分かった。これは単なる機械の故障ではない。
古代の兵器と、現在の地球で発生している異常領域。その二つが、どこかでつながっている。
彼が国家から追放される原因となった六年前の任務も、異常領域に関係していた。
偶然なのか。
それとも、あの事件からすべてが始まっていたのか。
「ノエル。俺が六年前に参加した探索任務の記録は残っているか?」
「照合を試みます。現在の権限では、記録の一部にアクセスできません」
「また権限か」
「ただし、PROJECT WHALERの研究記録には、当時の人類側の調査履歴が残されている可能性があります」
「案内しろ」
「了解しました」
雄馬は壁を支えに立ち上がった。
身体は重い。腕も痛む。
それでも、進む理由ができた。
自分を陥れた事件の真相。この施設に隠された計画。そして、地球に広がる異常領域の正体。
すべてが同じ線の上にあるのなら、ここで立ち止まるわけにはいかない。
彼は倒した防衛機構を一瞥し、通路の奥へ歩き出した。
背後で、残骸の中央部が一度だけ明滅した。
その光は、誰にも気づかれないまま消えた。




