第6話 俺を知っている機械
黒い装甲が、音もなく消えた。
直後、神代雄馬は膝をついた。
「……っ、なんだよ、これ」
全身の力が抜けていた。激しい運動をした直後の疲労とは違う。骨の内側から熱を奪われ、血液まで空っぽになったような感覚だった。
目の前には、先ほどまで動いていた防衛機構の残骸が転がっている。黒い金属の胴体には、雄馬が放った一撃によって深い切断痕が刻まれていた。
あの瞬間、自分は何をしたのか。
手に現れた黒い刃。空間そのものを切り裂くような、奇妙な感覚。相手の装甲に刃が触れた瞬間、抵抗らしい抵抗もなく中枢が断ち切られた。
あれが、本当に自分の力なのか。
「管理者候補、神代雄馬。生命反応の低下を確認しました。座標を維持し、安静にしてください」
頭上から声が降ってきた。
雄馬は顔を上げる。
青白い光が集まり、女性の姿を形作っていた。年齢は二十代前半ほどに見える。長い髪と整った顔立ち。薄い光でできた身体は、輪郭の一部が透けている。
人間ではない。
それは分かる。だが、目の前の存在は単なる映像にしては、あまりにも自然だった。
「お前がノエルか」
「はい。施設管理支援AI、N.O.E.L.です。あなたの認証を確認しました」
「認証?」
「詳細な照合は未完了です。現在の私は、記憶領域の一部と管理権限の大半を失っています」
「自分のこともまともに分からないのに、俺の名前は知っているのか」
「はい。神代雄馬。年齢三十二歳。元Aランク探索者。地球標準時間で六年前、特定の異常領域における探索任務に参加。その後、記録との不一致が発生しています」
雄馬の表情が変わった。
六年前。
その言葉は、偶然では片づけられない。
彼の人生が狂い始めた時期と一致していた。
「おい。どうして六年前なんだ。俺がここに来ることを知っていたのか?」
「回答できません」
「記録がないのか。それとも、答えられないのか」
「両方の可能性があります」
「便利な言い訳だな」
「否定しません」
妙に素直な返答に、雄馬は眉をひそめた。
もっとも、目の前のAIに腹を立てても仕方がない。こいつは自分を追放した国家の人間ではない。少なくとも、今のところは。
雄馬は壁に手をつき、どうにか立ち上がった。
「まず、外へ戻る方法を教えろ。それと食料、水、暖房。生き延びるための設備が必要だ」
「了解しました。現在地はエグザリア・ヴォイド第七管理区画です。地上への経路は存在しますが、複数の区画が封鎖されています」
「開けられるか?」
「管理権限が不足しています。段階的な解除が必要です」
「なら、その方法を教えろ」
「現在、あなたの身体はエグザリアとの同期率が低く、長時間の装甲展開は推奨できません。また、施設の生命維持設備は部分的に停止しています」
「つまり、ここにいても死ぬし、外へ出るのも簡単じゃないってことか」
「正解です」
雄馬は短く息を吐いた。
地上に戻れば、吹雪と凍結した廃墟が待っている。地下に残れば、得体の知れない施設と動き出した防衛機構が待っている。
どちらも歓迎できる状況ではなかった。
「ノエル。俺に協力しろ」
「協力の目的を確認します」
「生きて帰る。それだけだ。お前の正体も、この施設の秘密も、俺を管理者候補と呼ぶ理由も、全部その後でいい」
「了解しました。生存確率を最大化するため、行動を支援します」
「よし」
雄馬は歩き始めた。
そのとき、通路の照明が一斉に赤へ変わった。
警告音が、地下空間を震わせる。
『警告。休眠防衛システム、再起動。管理区画内に未登録反応を検出』
「……未登録反応?」
「あなたが起動したエグザリアの影響です。施設内の防衛システムが順次再起動しています」
「それを先に言え!」
「先ほどまで、再起動の可能性は低いと判断していました」
通路の奥から、重い駆動音が響いた。
何かが、こちらへ近づいてくる。
雄馬は、無意識に右手を握りしめた。
その手には、まだ黒い刃の感触が残っていた。
「ノエル。敵の数は?」
「現在、一体を確認。さらに複数の反応が、別区画から接近しています」
「最悪だな」
「訂正します。現在の情報から判断すると、状況はさらに悪化する可能性があります」
「そういう訂正はいらん!」
雄馬は通路の先を睨んだ。
国家に捨てられ、南極の地下で古代兵器を起動した。
その結果、眠っていた何かを起こしてしまったらしい。
ならば、やることは一つだ。
生き残る。
誰かに命じられたからではない。誰かを守る義務があるからでもない。
自分がそう決めたからだ。
雄馬は拳を開き、迫り来る駆動音へ向き直った。
今度は、力に振り回されるつもりはなかった。




