第5話 古代兵器エグザリア
縦穴の底にたどり着いたとき、神代雄馬は、自分が何を見ているのか理解できなかった。
そこには、巨大な空間が広がっていた。
天井は遥か上方にあり、黒い柱が幾何学的な配置で並んでいる。壁面には青白い光が流れ、床には見たこともない文字と図形が刻まれていた。
人間が作った建造物ではない。
そう断言できるだけの違和感があった。
中央には、巨大な装置が据えられていた。
黒い金属で構成された円形の構造物。周囲には六本の柱が立ち、その中央に人型の輪郭を思わせる影が浮かんでいる。
装置の高さは三メートルほど。
表面には無数の細い線が刻まれていた。
雄馬は距離を保ったまま、周囲を観察した。
「これが、プロジェクト・ホエーラーの研究対象か?」
『回答します。該当名称は、外部文明によって付与された識別情報です』
「外部文明?」
『現時点で、詳細な情報を開示する権限がありません』
「またそれか」
雄馬は小さく息を吐いた。
「じゃあ、最低限だけ聞く。ここは何だ」
『古代施設エグザリア・ヴォイド。その中枢区画です』
「誰が作った」
『不明です。保存記録の大半が破損しています』
「この装置は?」
沈黙があった。
『私はノエル。兵器システム、エグザリア。管理者候補との認証を開始します』
中央の人型の影が光った。
雄馬は反射的に後退した。
床面に円形の光が広がり、足元を取り囲む。
「おい、待て。俺は起動させるとは言っていないぞ」
『認証を開始します』
「話を聞け!」
光が強まった。
雄馬の右腕に、鋭い痛みが走った。
「ぐっ……!」
黒い線が皮膚の上を走る。
それは血管のように腕を覆い、手の甲から指先へ広がっていった。
雄馬は振り払おうとしたが、黒い線は皮膚の表面ではなく、身体の内側にまで入り込んでいるようだった。
『生体情報を確認。神経系の適合率、基準値を超過』
「何をした!」
『接続を開始します』
次の瞬間、黒い金属が腕を覆った。
手首から前腕へ。肩へ。胸へ。背中へ。
装甲が音もなく展開し、雄馬の身体に密着する。
息が詰まった。
重さはほとんど感じない。それなのに、身体の輪郭そのものが変化したような感覚がある。
右手を握ると、黒い装甲が反応した。
手の前に、細長い刃が形成される。
「……武器か?」
『位相装甲、初期接続を確認。次元刃、限定起動可能』
雄馬は刃を見つめた。
金属の刃ではない。
その向こうの景色が、わずかに歪んでいる。
「これで何ができる」
『物質および一部の空間障壁を切断できます。ただし、出力と対象には制限があります』
「万能じゃないってことか」
『その認識で問題ありません』
「正直なのは助かるな」
そのとき、空間の奥で駆動音が響いた。
ガコン。
黒い柱の一つが回転する。
根元から何かが起き上がった。
全長二メートルほどの自動兵器だった。人型に近い骨格を持ちながら、頭部には顔がなく、両腕は刃物のような形状をしている。
《侵入者を確認》
《管理者認証なし。排除を開始》
「話し合いは無理か」
兵器が動いた。
速い。
雄馬は咄嗟に横へ飛んだ。
直後、兵器の腕が床を叩き割った。
衝撃で破片が飛び散る。
雄馬は転がりながら距離を取り、右腕を構えた。
「ノエル!どうすればいい!」
『回避を優先してください。エグザリアの戦闘制御は、まだ完全に同期していません』
「先に言え!」
兵器が再び迫る。
雄馬は攻撃をぎりぎりでかわし、右腕の刃を振った。
刃が敵の胴体に触れた瞬間、黒い装甲が音もなく切断された。
兵器は動きを止め、床へ崩れ落ちた。
静寂が戻る。
雄馬は荒い息を吐き、右腕を見下ろした。
「……これが、エグザリア」
『初期接続を完了しました。管理者、神代雄馬。生体反応の低下を確認。安静を推奨します』
「俺は管理者じゃない。候補だろ」
『訂正します。管理者候補、神代雄馬』
「そういう訂正はいらん!」
雄馬は周囲を睨んだ。
国家に捨てられ、南極で六年間生き延びた。
その果てに、古代兵器を起動してしまったらしい。
だが、これで帰れると決まったわけではない。
「ノエル。まずはここから出る方法を教えろ。それから、俺がどうしてここに選ばれたのか説明してもらう」
『現在、施設の一部機能が停止しています。詳細な説明には、追加の認証が必要です』
「……結局、またそれか」
雄馬は右腕の装甲を見つめた。
そのとき、施設のさらに奥で、青白い光が一瞬だけ点滅した。
ノエルの声が途切れる。
『警告。外部接続に変化を検出』
「外部接続?」
『この施設の起動信号が、外部へ送信された可能性があります』
雄馬の表情が変わった。
「誰に届いた」
『特定できません』
黒い装甲が、彼の腕の上で静かに光った。
雄馬はまだ知らない。
エグザリアが単なる戦闘用兵器ではないことも。
この地下施設が、地球の外側とつながる何かを封じていることも。
そして、自分の起動信号に応答する存在が、すでに動き始めていることも。
六年間の孤独は終わった。
だが、その先に待っているものが救いである保証はなかった。
雄馬は黒い刃を消し、ゆっくりと立ち上がった。
「いいだろう。今度は俺が、真実を探してやる」
南極の地下で、古代兵器エグザリアが目を覚ました。




