第37話 証言者・三上修司
三上修司が指定した場所は、都心から離れた古い物流倉庫だった。
使われなくなった搬入口のシャッターは半分だけ開き、内部には錆びたコンテナと壊れた作業機械が放置されている。夜の冷気が床を這い、遠くで金属のきしむ音がした。
俺はエグザリアの装甲を展開せず、周囲の気配を探った。
「来たぞ、三上」
返事はなかった。
代わりに、倉庫の奥で小さなライトが点灯した。照らされた場所に、一人の男が立っている。頬はこけ、髪には白いものが混じっていた。昔は鍛えられた体つきだったが、今は肩を落とし、どこか怯えた様子だった。
「……本当に、生きていたんだな」
「その言葉は、もう何度も聞いた」
三上は苦笑しようとして、失敗した。
「そうだろうな。お前を死んだものとして扱ったのは、俺たちだからな」
「俺たち?」
俺は一歩近づいた。
「まず、そこから説明してもらおうか。六年前、何があった」
三上は周囲を見回した。監視カメラがないか確認しているようだった。
「ここで長く話すつもりはない。俺が持ってきたものを見てくれ」
彼が差し出したのは、古い携帯端末だった。外装は傷だらけで、画面の端が割れている。電源を入れると、旧式の認証画面が表示された。
「任務中の音声ログだ。公式記録からは消されている」
「なぜ今まで黙っていた?」
「怖かったからだ」
三上は、目をそらさずに答えた。
「お前が南極へ送られた後、俺たちには口外禁止の命令が出た。事件について話せば、機密漏洩に関与した疑いで調査すると。家族や仲間にも影響が出ると言われた」
「それで、俺を見捨てたのか」
「そうだ」
あまりにも簡単な答えだった。
三上は言い訳をしなかった。だからこそ、俺は怒鳴ることができなかった。
「俺は、お前の証言を見た。お前が独断で指示を変更したと、管理局に話していたな」
「あれは……全部が嘘だったわけじゃない」
「どういう意味だ」
「作戦中、俺たちは本部から追加命令を受けた。予定していた観測装置の回収を中止し、領域の奥にある特定地点へ向かえという命令だった。命令書には、緊急の空間変動を確認するためと書かれていた」
「俺はそんな命令を受けていない」
「そうだ。お前の端末には送信されていなかった。俺と玲奈、それから行方不明になった仲間の端末にだけ届いていた」
氷室玲奈。俺たちと同じチームにいた探索者で、事件後、俺の責任を指摘する証言を行った人物だ。
「なぜ、俺だけ外された?」
「分からない。ただ、命令を受けた後、玲奈はお前に知らせるべきだと言った。俺は本部の命令だから従うしかないと答えた。結局、俺たちはお前に何も伝えず、指定地点へ向かった」
「その結果、異常領域が変化した?」
三上はうなずいた。
「空間が歪み、通信が途切れた。行方不明になった仲間は、先行していた区画から戻らなかった。お前は救助のために引き返そうとしたが、俺たちは命令を優先した。そこで、お前と俺たちは別行動になった」
「俺が独断で作戦を変更した、という報告とは逆だな」
「分かっている」
三上の声が震えた。
「俺は帰還後、管理局の聴取を受けた。そこで、報告書の内容を確認するように言われた。お前が命令に違反し、仲間を危険にさらしたという説明だった。俺は違うと答えた。だが、担当官は、記録上はそうなっていると言った」
「それで、証言を変えたのか」
「……ああ」
倉庫の中に、重い沈黙が落ちた。
俺は三上を殴りたいと思った。こいつの証言がなければ、俺はここまで追い詰められなかったかもしれない。だが、同時に、彼も何かに怯えていたことが分かった。
それでも、許せるわけではない。
「音声ログを聞かせろ」
三上は端末を操作した。
雑音の混じった音声が流れる。任務中の通信記録だった。
『――本部より指示。指定地点へ進行し、観測対象を確保せよ。作戦計画の変更は機密扱いとする』
『神代には伝えなくていいのか?』
それは三上の声だった。
『当該探索者への情報共有は不要。指示に従わない場合は、現場判断で行動を制限せよ』
続いて、別の声が入った。機械処理されたように平坦で、誰のものかは判別できない。
『対象データの回収を最優先とする。人的損失が発生した場合、現場責任者の判断として処理する』
俺は息を止めた。
人的損失が発生した場合、現場責任者の判断として処理する。
まるで、仲間が死ぬことをあらかじめ想定していたかのような命令だった。
「この音声は本物か?」
「端末に残っていた原本だ。俺は帰還後、削除するよう命じられた。でも、消せなかった」
「なぜ俺に渡す気になった?」
三上は目を閉じた。
「お前が戻ってきたからだ。ニュースを見て、もう逃げられないと思った。お前は南極で死んだはずだった。俺は、そのまま何も言わずに生きていくつもりだった。でも、お前が戻ってきて、また政府に利用されようとしているのを見たら……」
彼は言葉を切った。
「俺は、お前に謝りたい。だが、謝れば済む話じゃないことも分かっている」
「分かっているなら、全部話せ。命令を出したのは誰だ」
「音声だけでは分からない。ただ、命令書の認証コードは管理局のものじゃなかった」
「何?」
「政府の別系統の研究機関が使う形式だった。俺は後になって調べた。正式な記録には残っていなかったが、コードの一部に『WH』という識別があった」
PROJECT WHALER。
南極の地下施設に刻まれていた名称が、頭の中でよみがえる。
「三上。その記録を、ほかの誰かに見せたか?」
「いや。誰にも」
『警告。倉庫の外部で通信信号を検出しました』
ノエルの声が耳元に響いた。
俺は三上を見た。
「誰かに尾行されている可能性がある。ここを出るぞ」
その直後、倉庫の照明が一斉に消えた。
暗闇の中で、金属の扉が開く音がする。複数の足音。訓練された人間の動きだった。
「三上、端末を持って下がれ!」
俺はエグザリアを起動した。黒い位相装甲が腕を覆い、視界に周囲の輪郭が浮かび上がる。
侵入者は四人。銃器を構え、こちらの退路を塞いでいる。制服はないが、動きは軍や特殊部隊のものに近い。
「記録媒体を渡せ。抵抗するな」
先頭の男が告げた。
「誰の命令だ?」
「質問は許可されていない」
「なら、答えを聞く必要もないな」
俺は床を蹴った。正面から突っ込まず、積み上げられたコンテナの陰へ回り込む。発砲音が響き、弾丸が金属板に火花を散らした。
位相装甲で弾道を逸らしながら、俺は最初の男の武器を叩き落とした。二人目の足元へ衝撃を流し、体勢を崩す。三人目が背後から迫るが、三上が倒れた作業台を押し倒し、進路を塞いだ。
「こっちだ!」
三上が叫ぶ。
俺は彼の腕をつかみ、倉庫の側面にある非常扉へ走った。背後から追跡する足音が聞こえたが、俺は戦闘を続けなかった。今、最優先すべきなのは、音声ログを持ち出すことだ。
外へ出ると、冷たい風が頬を打った。俺たちは路地を抜け、車道の向こうへ走った。
『追跡信号が遠ざかっています。ただし、対象は記録媒体の存在を把握していると推測されます』
「三上、今の連中に心当たりは?」
「分からない。でも、俺たちの会話を聞いていた可能性がある」
俺は端末を確認した。音声ログは無事だった。
六年前の任務には、俺に伝えられなかった命令があった。現場の人間には、人的損失を前提にした指示が出されていた。そして、その命令は、管理局の通常の指揮系統から発せられたものではない。
俺は三上を見た。
「お前の証言は、まだ終わっていない。玲奈についても話してもらう」
三上はうなずいた。
「分かっている。今度は、逃げない」
俺たちは、次の証言者のもとへ向かうことにした。
氷室玲奈。
彼女の言葉が、俺を罪人にした最後の一押しだった。




