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第36話 消された探索記録

 天城との面会を終えた夜、俺は小鳥遊美咲から受け取った記録媒体を、ノエルの解析領域へ接続していた。


 救助現場の映像や証言記録には、政府発表との食い違いがいくつも残されていた。だが、それだけでは六年前の事件を覆す証拠にはならない。俺を犯罪者にした報告書が間違っていたと証明するには、事件そのものを調べ直す必要がある。


「ノエル。六年前の探索任務に関する記録を探せるか」


『公開されている情報と、あなたが所持していた旧式識別情報を照合します。該当する任務は、北部第七異常領域調査作戦。任務コードはNA―0719です』


「当時の報告書は?」


『管理局の公開データベースには、最終報告書が一件存在します。ただし、添付資料の一部が削除されています』


「削除?」


『正確には、添付資料が存在した痕跡だけが残されています。最終報告書には、現場ログの全件照合を完了したと記載されていますが、保管番号が連続していません』


 俺は画面をのぞき込んだ。


 任務は、異常領域内で発生した空間変動の調査だった。俺たちはAランク探索者を中心とする少数精鋭のチームとして派遣され、領域内部の観測装置を回収する予定だった。


 作戦中、異常領域の構造が突然変化した。通信が途絶え、仲間の一人が行方不明になった。俺が最後に確認したとき、そいつは確かに生きていた。だが、帰還後に提出された報告書では、俺が独断で作戦を変更し、仲間を危険な区画へ誘導したことになっていた。


 さらに、回収対象だった機密データを俺が持ち出し、その隠蔽のために仲間を見捨てた――それが、俺に突きつけられた罪だった。


「現場の記録が残っていれば、そんな説明が嘘だと分かるはずだ」


『その可能性はあります。しかし、現場ログの原本は管理局の閉鎖サーバーに保管されています。外部からのアクセスは遮断されています』


「政府が隠しているってことか」


『意図的な隠蔽か、機密保護に伴う措置かは、現時点では断定できません』


「便利な言い方だな」


 俺は椅子の背にもたれた。


 天城は面会の場で、過去を再調査する用意があると言った。だが、俺が自分で調べようとすれば、重要な記録は閉ざされている。再調査の許可を待っていれば、証拠が消される可能性もあった。


「公開記録だけじゃ足りない。別の保管先を探そう」


『当時の任務に参加した探索者、現場で使用された携帯端末、民間クランの複製記録が候補になります』


「まず、クランの記録だ」


 俺はかつて所属していた探索者クランの名称を入力した。六年前、俺たちの任務を管理していた組織だ。国の管理局と連携していたが、独自の任務記録も保管していたはずだった。


 検索結果には、任務の受注記録、参加者一覧、報酬の精算記録が表示された。しかし、作戦の詳細を記したファイルだけが見当たらない。


「こっちもか」


『奇妙な点があります。最終報告書の作成時刻は、任務終了から二日後です。しかし、あなたの処分を前提とする内部文書は、任務終了の翌朝に作成されています』


「何だと?」


 画面に表示された文書番号を確認する。閲覧権限はない。だが、文書の存在と作成日時だけは、索引データに残されていた。


 報告書が完成する前から、俺を処分するための文書が用意されていた。


 それだけで冤罪が証明できるわけではない。緊急時に処分方針の草案が作られることも、理屈の上ではあり得る。


 しかし、別の記録もあった。


 任務終了後、俺の識別情報を使って提出されたデータの受領時刻が、俺が医療施設へ搬送された時刻と重なっている。俺はその時点で意識を失っていた。データを送信できる状態ではなかった。


「誰が、俺の識別情報を使った?」


『送信元の記録は改ざんされています。通信経路の一部が欠落しており、送信端末の識別番号も上書きされています』


「つまり、誰かが俺になりすました可能性がある」


『はい。少なくとも、記録だけを根拠に、あなた自身が送信したと断定することはできません』


 胸の奥に、冷たい怒りが広がった。


 俺は六年間、仲間を殺した卑劣な男として扱われてきた。世間は報告書を信じ、管理局は資格を剥奪し、政府は俺を南極へ送った。


 その根拠となった記録が、最初から信用できるものではなかったとしたら。


「ノエル。改ざんされた痕跡を、消さずに保存してくれ。元データがなくても、何が変更されたのか分かるように整理する」


『了解。記録の複製を作成します。外部への送信は行いません』


「まだ公表はしない。確実な証拠を集める」


 俺は画面を閉じた。


 怒りに任せて情報をばらまけば、政府は「偽造されたデータだ」と主張するだろう。俺自身が犯罪者だとされたのと同じように、証拠を示す側が信用できないと決めつけられる可能性もある。


 必要なのは、改ざんを示す痕跡だけではない。それを裏づける証言と、記録が作られた経緯だ。


 そのとき、端末に一通のメッセージが届いた。


 送信者の名前は、三上修司。


 六年前、同じ任務に参加した元仲間だった。事件の後、彼は公の場で俺の行動を批判し、管理局の調査に協力したと報じられていた。それ以来、連絡を取っていない。


 メッセージは短かった。


『神代。お前が戻ってきたと聞いた。話さなければならないことがある。記録を調べているなら、もう時間がない』


 続けて、待ち合わせ場所と時刻が記されていた。


「ノエル、三上の現在の所在を確認できるか」


『公開情報では、探索者資格を失効後、表立った活動は確認されていません。直近の通信記録には不自然な遮断が見られます』


「罠かもしれないな」


『その可能性は否定できません』


 俺はメッセージを見つめた。


 当時の証言を変えた人間。俺を見捨てた人間。あるいは、何かを知りながら黙っていた人間。


 どれであっても、会う価値はある。


 俺は返信を打った。


『行く。今度は、何も隠すな』


 送信した直後、ノエルが警告を発した。


『管理局の閉鎖サーバーから、あなたが照会した記録番号へのアクセスがありました』


「誰が?」


『権限を持つ端末です。アクセス後、関連ファイルの一部が削除されています』


 画面に赤い警告表示が点滅した。


 俺が記録を調べ始めたことに、誰かが気づいた。


 そして、まだ残っている証拠を消そうとしている。


 俺は端末を握りしめた。


 六年前の事件は、過去の話ではない。


 今も誰かが、真実を隠し続けている。

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