第35話 天城との対面
天城厳からの面会要請は、翌朝に届いた。
場所は政府庁舎ではない。都心から離れた、警備の厳重な迎賓施設だった。招待状には「非公式協議」と記されている。表向きの記録を残さず、俺と天城だけで話をするつもりなのだろう。
「罠の可能性は?」
俺が尋ねると、ノエルは即座に答えた。
『高いと推測します。ただし、現時点で会場周辺に大規模な武装部隊は確認できません。通信網には複数の暗号化された回線が存在します』
「大規模じゃなければ、十分ってことか」
『あなたの位相装甲は、連続戦闘によって安定率が低下しています。交戦が発生した場合、前回と同じ戦術が通用する保証はありません』
「分かってる。だから、戦うために行くんじゃない」
俺は黒い上着を羽織り、記録媒体をポケットに入れた。美咲が渡してくれた証言と映像は、政府の説明がどこまで事実と違うのかを示す重要な材料になる。
それでも、六年前の真実がすべて分かるわけではない。
俺が南極へ送られた理由。仲間が死んだ探索任務で何が起きたのか。機密漏洩の証拠とされたデータは何だったのか。天城が直接出てくる以上、何かを引き出せる可能性はある。
だが、相手の言葉を信用するつもりはなかった。
◇◆◇
迎賓施設の応接室には、天城が一人で待っていた。
六年前とほとんど変わらない。整えられた髪、隙のないスーツ、相手の反応を観察するような目。彼は俺が入室すると立ち上がり、穏やかな笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、神代」
「俺は、あんたに久しぶりなんて言うつもりはない」
天城の笑みがわずかに薄れた。
「そうだろうな。君には、私を恨む理由がある」
「理由?理由なら六年分ある。どれから聞きたい?」
「今日は、過去を蒸し返すために呼んだのではない」
「じゃあ何だ。エグザリアが欲しいのか?」
天城は席を示した。
「まずは座ってくれ。互いに感情的になっても、話は進まない」
「感情的にさせたのは、あんたたちだ」
俺は座らなかった。天城は短く息を吐き、自分だけ椅子に腰を下ろした。
「君の帰還は、政府にとって予想外だった。南極で生存できる可能性は極めて低いと判断されていたからな」
「生きて帰ってきたら困ることでもあったのか?」
「困る、という表現は正しくない。君が持ち帰ったものが、国家全体の安全保障に関わる可能性がある」
「エグザリアのことか」
「そうだ。君が所有している兵器は、現在の技術体系では説明できない機能を持っている。政府としては、その危険性を把握し、適切に管理する責任がある」
「俺を南極へ送ったときには、そんな責任を考えなかったらしいな」
天城はすぐに答えなかった。
「当時は、君をそのまま国内に置いておくことが難しかった。探索任務の失敗、仲間の死亡、機密情報の流出疑惑。世論も、組織も、君の説明を受け入れる状況ではなかった」
「だから、証拠を調べる代わりに俺を捨てた?」
「当時の判断には、国家としての事情があった」
「便利な言葉だな。国家の事情。組織の判断。安全保障。どれだけ並べても、俺が南極で死にかけた事実は消えない」
天城は両手を組んだ。
「君の過去について、再調査を行う用意がある」
「今さら?」
「君が持つ能力は、異常領域の拡大を食い止める手段になるかもしれない。現に、君が介入したRS-07では、領域の一部が安定したという報告が上がっている。政府は君の力を必要としている」
「やっぱりそれか」
俺は椅子の背に手を置いた。
「俺が必要だから、過去を調べる。俺が役に立つから、罪を取り消す。そういうことか?」
「現実的に考えてほしい。政府には、君の処分を見直す権限がある。探索者資格の復旧も、名誉回復も可能だ。君が協力するなら、過去の罪を取り消すために動こう」
その言葉は、六年前に聞きたかったものだった。
仲間を殺したと決めつけられたとき。機密を盗んだと責められたとき。誰も俺の説明を聞かず、判決だけが読み上げられたとき。
その場にいる誰かが、少しでも事実を調べようとしてくれたなら。
俺は南極へ送られずに済んだかもしれない。
だが、今の天城の口から出てきた言葉は、救いではなかった。必要なものを差し出せば、過去を取り消してやる。そんな取引にしか聞こえない。
「条件は?」
「エグザリアの機能を政府と共有すること。管理局の監督下で活動すること。そして、異常領域に関する調査と封印作業に協力することだ」
「封印作業?」
俺は天城の顔を見た。
「何を知っている?」
「君が何を見たのか、すべてを把握しているわけではない。ただ、南極の施設と現在の異常領域に関係があることは、こちらも確認している」
「なら、最初から話せ。南極の施設について、政府は何を知っていた?」
「それは機密事項だ」
「またそれか」
俺は椅子から手を離した。
「俺を犯罪者にしたときは、機密だから説明できないと言った。今度は協力しろと言いながら、また機密だから話せない。あんたは、俺に何を判断させたいんだ?」
「情報を一度に公開することはできない。混乱を招く危険がある」
「国民の安全を守るためか。それとも、あんたたちの立場を守るためか?」
天城の目が鋭くなった。
「君は、国家がどれだけ複雑な判断を迫られているか理解していない。異常領域は世界規模の危機だ。各国が資源を求め、軍事利用を進め、対策を競っている。君一人の感情で、すべてを変えられるわけではない」
「俺一人の感情?」
笑いが漏れた。自分でも驚くほど、冷たい声だった。
「俺が南極で六年間生き延びたのは、感情の問題か?俺の人生が奪われたのは、国際情勢のせいか?仲間の死を押しつけられたのは、組織の都合か?」
天城は黙った。
俺はポケットから記録媒体を取り出し、テーブルに置いた。
「これは、救助隊の小鳥遊美咲から受け取った記録だ。俺が市民を救助した映像と、現場の証言が入っている。政府の発表と食い違う部分もある」
「それを私に見せて、何を求める?」
「別に、あんたに見せる必要はない。だが、これから俺の行動を犯罪だと決めつけるなら、事実を隠さずに判断してもらう」
「君は、政府と敵対するつもりなのか?」
「俺は、あんたたちの命令に従わないと言っているだけだ」
天城はしばらく俺を見つめていた。やがて、初めて疲れたような表情を見せた。
「神代。君の力は必要だ。異常領域を放置すれば、多くの人間が死ぬ。君が協力しなければ、救えない命があるかもしれない」
「分かっている」
「なら、なぜ拒む?」
俺は即答できなかった。
異常領域が拡大していることは、俺自身が見てきた。裂界種はただの怪物ではない。南極の地下にあった施設と、世界各地の異常領域はつながっている。放置すれば、取り返しのつかない事態になる可能性もある。
だからこそ、俺は調べるつもりだった。
国家に命令されたからではない。誰かに恩赦を与えられたからでもない。
俺自身が、助けるべき人間を見捨てたくないからだ。
「協力するかどうかは、俺が決める。エグザリアを渡すつもりはない。管理局の監督下にも入らない。必要な情報を隠したまま、俺だけを使おうとするなら、話は終わりだ」
「過去の罪を取り消す機会を、君は捨てるのか?」
その言葉で、俺の中に残っていた何かが切れた。
俺は天城をまっすぐに見た。
「俺の人生を返せるのか?」
応接室が静まり返った。
「六年前に失った時間を返せるのか。仲間を殺したと決めつけられた日々を消せるのか。誰にも信じてもらえず、吹雪の中で死にかけた夜をなかったことにできるのか。俺が戻れなかった場所も、失ったものも、全部返せるのか?」
天城は答えなかった。
「できないだろう」
俺は記録媒体をテーブルに残したまま、扉へ向かった。
「俺は、世界がどうなろうと知らないと言ったわけじゃない。異常領域を調べる。人が危険にさらされていれば助ける。だが、それはあんたたちに命令されたからじゃない」
扉を開ける直前、天城が言った。
「神代。君が拒んでも、政府は君を放置できない」
「好きにしろ」
俺は振り返らなかった。
「ただし、次に俺を犯罪者と呼ぶなら、証拠を出せ。次に俺を使おうとするなら、隠していることを全部話せ。俺はもう、あんたたちの都合で動く人間じゃない」
廊下を歩きながら、ノエルが静かに告げた。
『天城厳との会話中、複数の暗号化通信が発生していました。会話内容の一部が、外部へ送信された可能性があります』
「盗聴か」
『可能性が高いと判断します』
「なら、あいつも本当のことを全部話すつもりはなかったんだろうな」
施設の外へ出ると、夕暮れの空が赤く染まっていた。
俺は足を止め、遠くのビル群を見上げた。
国家は俺を必要としている。だが、必要とされることと、信頼されることは違う。
そして、俺が本当に知りたいことは、まだ闇の中にある。
南極の地下施設。エグザリア。管理者という呼び名。封印工程。そして、六年前の探索任務。
それらが一本の線でつながるとき、俺はきっと、国家が何を隠していたのかを知ることになる。
そのとき俺は、もう一度選ぶことになるだろう。
誰のために戦うのか。
誰の命令を拒むのか。
そして、世界を救う力を手に入れた人間に、本当に世界を救う義務があるのかを。




