第34話 救助隊の選択
動画が公開されたのは、戦闘から三時間後だった。
特殊部隊が俺を包囲するところから、拘束ワイヤーを放ち、武器を構え、攻撃を開始するまで。映像には、俺が先に攻撃を仕掛けていないことがはっきりと記録されていた。
さらに、戦闘の直前には、俺が異常領域から負傷者を運び出す場面も残っていた。
ネット上の反応は一変した。
『政府の説明と全然違うじゃないか』
『救助した直後に拘束って何だよ』
『神代は本当に犯罪者なのか?』
『それでも、あの能力は危険すぎる。管理するべきだ』
疑いが消えたわけではない。だが、政府が一方的に描こうとしていた「危険な犯罪者」という像に、亀裂が入り始めていた。
俺は動画の再生数を追うことに興味はなかった。必要なのは、異常領域の情報と、南極の施設につながる手掛かりだ。
しかし、画面に映った一人の女性の姿が目に留まった。
救助隊の制服を着た女性。短くまとめた髪に、疲労を隠せない顔。現場で俺が救助者を引き渡したとき、何度か声をかけてきた人物だった。
小鳥遊美咲。
彼女は、記者会見の場に立っていた。
『私は現場にいました。神代さんが異常領域から市民を救助してきたことも、その後に管理局の部隊が彼を拘束しようとしたことも、直接見ています』
記者たちのフラッシュが一斉に光った。
『政府は、神代氏が独断で危険な行動を取ったと説明しています。その説明は事実と異なりますか?』
美咲は一度、息を整えた。
『少なくとも、私が見た事実とは一致しません。彼は救助隊の指示を待つことなく領域へ入りましたが、そこには取り残された市民がいました。私たちは危険性を理解していたからこそ、救助に入れなかった。彼はその人たちを連れ戻したんです』
『無許可で領域に侵入したことは問題ではありませんか?』
『問題がなかったとは言いません。ですが、許可が出るまで待っていたら、助からなかった人がいたかもしれません。現場で何が起きていたかを知らずに、彼の行動だけを責めることはできません』
会見を見ながら、俺は眉を寄せた。
「小鳥遊さん、何をしているんだ……」
『彼女は救助隊の職員です。所属組織の許可を得ずに証言した可能性があります』
「分かってる。だから心配してるんだ」
美咲の発言は、政府の説明に真っ向から反するものだった。救助隊には、現場の情報を公表するための手続きがあるはずだ。独断で発言すれば、職務規定違反に問われる可能性がある。
それでも彼女は話していた。
『私は、救助された方々からも話を聞いています。神代さんは、助けた人たちを危険にさらすような行動はしていません。彼がどんな人物なのか、過去に何をしたのか、私にはすべてを判断できません。でも、あの日、彼が誰を助けたのかは、私たちが証言できます』
会見はそこで終わった。
俺はしばらく画面を見つめた。
人間は、簡単に誰かを英雄にする。逆に、証拠が曖昧でも犯罪者と決めつける。俺はその両方を経験してきた。だから、誰かが俺をかばうことに慣れていなかった。
南極へ送られる前、仲間の死を俺の責任だと決めつけた者たちは、誰一人として現場の事実を調べようとしなかった。俺の弁明は聞かれず、報告書は書き換えられ、処分だけが先に決まった。
美咲は、現場にいた人間として、自分が見たことを話した。
それだけだ。だが、その「それだけ」が、俺には重かった。
◇◆◇
夕方、俺の端末に見知らぬ番号から連絡が入った。
『小鳥遊美咲です。急にすみません。少しお話しできませんか』
俺は数秒迷い、返信した。
『今どこにいる?』
指定された場所は、救助隊の詰所から離れた小さな公園だった。俺が到着すると、美咲はベンチの横に立っていた。制服ではなく、地味なコートを着ている。顔色は悪く、何度も周囲を確認していた。
「来てくださってありがとうございます」
「政府に目をつけられるぞ」
「もう、つけられています。上司から呼び出しを受けました。会見のことも、記録に残すと言われています」
「それでも、話したのか」
「はい」
彼女は視線を落とした。
「現場で助けられた方たちが、あなたのことを話していました。あの人は私たちを置いていかなかった、危険な場所から連れ出してくれた、と。なのに、ニュースではあなたが危険な人物だとばかり報じられている。それを黙って見ていることができませんでした」
「俺が本当に善人かどうかは、分からないだろ」
「分かりません」
美咲は迷いなく答えた。
「あなたが過去に何をしたのか、私には判断できません。でも、私が見たことまで否定する理由にはならないと思います」
俺は返す言葉を探したが、見つからなかった。
「政府は、あなたを管理局の管理下に置きたいようです。救助隊にも、あなたと接触しないよう指示がありました」
「それで、わざわざ連絡してきたのか」
「はい。現場で撮影された映像や、救助された方たちの証言を整理しています。必要なら、公表できる形にまとめます」
「そこまでして、何の得がある?」
「得はありません。むしろ、損ばかりかもしれません」
美咲は少しだけ笑った。
「でも、私たちは救助隊です。助けられた人がいたなら、その事実を記録する。それが仕事ですから」
その言葉に、胸の奥がわずかに痛んだ。
俺は六年間、誰にも助けられなかった。助けを求める相手すらいなかった。だからこそ、誰かが自分の立場を危険にさらしてまで証言してくれることが、うまく理解できなかった。
「無理はするな。俺のせいで仕事を失う必要はない」
「あなたのせいではありません。私が決めたことです」
美咲はまっすぐに俺を見た。
「それに、あなたが救助した人たちの中には、子どももいました。あの子が言っていたんです。『黒い鎧のお兄ちゃんが、怖くないよって言ってくれた』って」
俺は顔をそらした。
「……そうか」
「神代さん。あなたは政府と戦いたいんですか?」
「違う。俺は、俺の人生を取り戻したいだけだ」
「それなら、私たちにできることがあるかもしれません」
美咲は、記録媒体を差し出した。中には救助活動の映像、負傷者の証言、現場の時刻記録が収められているという。
「公式発表と違う部分が、いくつもあります。全部を一度に公表できるとは限りませんが、事実を残しておきたいんです」
俺は記録媒体を受け取った。
「ありがとう」
その一言を口にするまで、ずいぶん時間がかかった。
美咲は小さくうなずいた。
「こちらこそ。あなたが救助してくれた人たちの代わりに、お礼を言わせてください」
彼女が去ったあと、ノエルが静かに告げた。
『小鳥遊美咲の証言により、政府発表への疑義が拡大しています。同時に、政府内部で新たな動きが確認されました』
「何だ?」
『天城厳が、あなたとの直接接触を指示しました』
その名前を聞いた瞬間、身体の奥に冷たいものが走った。
六年前、俺に処分を言い渡した男。
俺を犯罪者と決めつけ、南極へ送り出した男。
今度は、本人が出てくるらしい。
逃げるつもりはなかった。
俺が求めているのは、謝罪の言葉でも、形だけの恩赦でもない。
あの男が何を隠しているのか。それを、直接問いただす時が来た。




