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第33話 特殊部隊の敗北

 地下駐車場の奥には、三人の市民が取り残されていた。


 崩れた柱の陰に身を寄せる男性。足を負傷した女性。そして、彼女の腕にしがみついている小さな男の子。三人とも、突然変わった空間に怯えきっていた。


「大丈夫だ。迎えに来た」


 俺が近づくと、男性は装甲を見て一歩下がった。


「あなたは……ニュースの……」


「説明はあとだ。歩けるか?」


「この人が足を痛めていて……」


「分かった。俺が運ぶ」


 女性を抱え上げる。エグザリアの補助機構が重量を分散し、腕にかかる負荷を軽減した。それでも、領域内の重力変動が不規則で、移動するたびに足場の感触が変わる。


『帰還経路の安定性が低下しています。領域内の空間構造が再配置されています』


「出口は?」


『現在位置から北東へ百二十メートル。ただし、経路の一部が閉鎖される可能性があります』


「なら急ぐ」


 そのとき、天井が大きく震えた。


 コンクリートの隙間から、黒い触手のようなものが垂れ下がる。次の瞬間、壁面が内側から裂け、節足動物に似た裂界種が姿を現した。胴体は細長く、関節の多い脚が壁と天井を自在に這っている。頭部にある複数の光点が、こちらを一斉に向いた。


『対象、未登録の裂界種。局所空間の歪曲を利用して移動しています』


「普通の攻撃じゃ当てにくそうだな」


『はい。次元刃による直接攻撃は有効と推測されますが、周辺空間への影響に注意が必要です』


 俺は市民たちを柱の陰へ誘導した。


「ここから動くな。何があっても、光る線をたどって出口へ向かえ」


 装甲から伸びるビーコンが床を照らす。俺は裂界種に向き直った。


 怪物は一瞬で姿を消した。


 いや、消えたのではない。空間の歪みを利用して、別の位置へ移動したのだ。


 背後で空気が裂ける。俺は身を沈め、頭上を通過した脚をかわした。反撃はしない。相手の動きに合わせて刃を振れば、壁や床まで切断しかねない。


 怪物は天井を走り、柱の陰へ回り込もうとする。


「そっちは通さない」


 俺は足元の床へ装甲の出力を流し、短い衝撃波を放った。床の一部が震え、怪物の脚がわずかに滑る。移動のタイミングが崩れた。


 その一瞬だけ、輪郭がはっきりする。


 次元刃を展開。刃の長さを最小限に抑え、怪物の前脚二本を切り離した。


 裂界種は金属を擦るような叫び声を上げ、壁へ叩きつけられる。だが、倒れない。残った脚を使って距離を取り、再び空間の歪みに潜ろうとした。


『注意。連続使用により位相装甲の安定率が低下しています。現状の出力での長期戦は推奨しません』


「分かってる。だから、長引かせない」


 俺は怪物の移動先を追うのではなく、出口へ続く通路の手前に立った。


 怪物が歪みから姿を現す。俺が待ち構えていたことに気づいたのか、頭部の光点が一斉に明滅した。


 次元刃を振るう。


 狙ったのは胴体ではない。空間を歪める器官らしき、胸部の発光部位だ。


 刃が触れた瞬間、怪物の輪郭が乱れた。周囲の空間を覆っていた歪みが消え、脚が床へ落ちる。俺はすぐに刃を消し、装甲の出力を絞った。


 裂界種は数秒もがいたあと、動かなくなった。


『対象の活動停止を確認。位相装甲の安定率は六一パーセントまで低下しています』


「思ったより消耗したな」


『先ほどの特殊部隊との戦闘に加え、領域内部での移動と救助活動が影響しています。これ以上の戦闘は避けるべきです』


「同感だ」


 俺は市民たちを連れて出口へ向かった。


 外へ出ると、救助隊員たちが駆け寄ってきた。女性を担架に乗せ、子どもを保護者のもとへ引き渡す。俺はその場を離れようとしたが、道路の向こうに並ぶ黒い装甲車が目に入った。


 車両の側面には、管理局の識別章がある。


「神代雄馬。そこで止まれ」


 拡声器の声が響いた。


 武装した隊員たちが車両から降り、道路を封鎖する。前回の部隊より装備が重い。位相干渉を抑える装置らしきものが、複数の隊員の背中に取り付けられていた。


 指揮官が前へ出る。


「政府の命令により、あなたの身柄を確保する。抵抗せず、エグザリアの機能を停止しろ」


「今、人を救助してきたところだ。話なら後にしろ」


「あなたの行動は、国家の管理下に置かれる必要がある。これ以上、独断で異常領域に接近することは認められない」


「人が中にいるのに、許可を待てと言うのか?」


「我々は国民全体の安全を守っている。個人の判断で危険を拡大させるわけにはいかない」


 俺は周囲を見た。救助隊員の一部は、助け出された市民をかばうように立っている。報道陣も集まり始めていた。


「分かった。じゃあ、これから起きることを全部記録しろ」


「何?」


「俺が先に攻撃しないことも、そっちが武力を使うことも、全部だ」


 指揮官が手を上げた。


「確保を開始しろ!」


 隊員たちが一斉に動く。拘束用のワイヤーが飛び、位相干渉装置が唸りを上げた。俺は正面から押し返さず、半歩ずつ位置をずらした。ワイヤーを腕に巻きつけて引き、先頭の隊員の重心を崩す。武器を持つ手首を押さえ、地面へ倒す直前に力を緩めた。


 次の隊員がスタン弾を撃つ。装甲の表面に青白い火花が散った。完全には無効化できない。腕の感覚が鈍くなる。


『電磁干渉を検出。位相装甲の反応速度が低下しています』


「つまり、長くは持たないってことか」


『その通りです』


 なら、短時間で終わらせる。


 俺は地面を蹴り、隊員たちの間を抜けた。装甲の出力は必要最小限。攻撃対象は武器、装置、足元に限定する。次元刃を一瞬だけ展開し、拘束ワイヤーを切断。続いて、位相干渉装置の接続ケーブルを切り離した。


 指揮官が後退する。


「全員、距離を取れ!包囲を維持しろ!」


 だが、連携はすでに崩れていた。俺は一人ずつ無力化し、最後に指揮官の武器を弾き飛ばした。


「殺すつもりはない。だから、もうやめろ」


 誰も動かなかった。


 俺は倒れた隊員たちから距離を取り、装甲の出力を落とした。膝がわずかに揺れる。能力の限界は近い。勝てるからといって、何度も同じことを繰り返せるわけではない。


 俺は記録用の端末を拾い上げ、カメラが動作していることを確認した。


「これが政府の言う安全確保か。俺が救助活動を終えた直後に、武力で拘束しようとした。しかも、異常領域の危険が続いている現場でだ」


 端末を報道陣の方へ向ける。


「映像は公開する。編集するなら、前後を切らずにやってくれ」


 俺は歩き出した。


 政府は俺の力を恐れているのか。それとも、俺が自由に動くことで、隠してきた何かが明らかになるのを恐れているのか。


 答えは、戦闘記録の中にあるはずだった。


 そして俺は、その記録を隠さないと決めた。

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