第32話 英雄という檻
翌朝、俺の顔は全国のニュース番組に映し出されていた。
『南極追放から生還した元Aランク探索者、神代雄馬氏』
『特殊部隊を単独制圧――驚異の能力、その正体は』
『仲間殺害と機密漏洩の罪で追放された男が、なぜ今になって帰還したのか』
画面の中では、俺が隊員たちを倒す映像が何度も繰り返されていた。編集された映像には、俺が攻撃を避け、武器を叩き落とし、隊員を地面に押さえ込む場面が映っている。
しかし、負傷者を救助隊に引き渡す様子は、ほとんど使われていなかった。
「ひどい切り取り方だな」
俺は安宿の小さなテレビを消した。
エグザリアは外部からの観測を遮断している。ノエルによれば、装甲そのものを解析しようとする信号が複数届いているらしい。宿の窓から見える通りにも、報道関係者らしき人間が何人か立っていた。
顔を隠して外に出ることも考えたが、今は無意味だろう。俺の身元はすでに公表されている。下手に逃げれば、政府に都合のいい物語を補強するだけだ。
『世論分析を更新しました』
ノエルの声が耳元に響く。
「どんな具合だ?」
『あなたを英雄と評価する投稿が三七パーセント。犯罪者、危険人物とする投稿が四二パーセント。判断を保留するものが残りです。なお、短時間で同一文面の投稿が大量に発生しています』
「世論操作か」
『その可能性があります。発信元の一部は、政府関連機関および管理局の広報網と接点を持っています』
英雄に祭り上げる者と、犯罪者として叩く者。正反対に見える二つの動きは、どちらも俺を一人の人間として扱っていない点で同じだった。
英雄なら、国のために戦うべきだ。
犯罪者なら、管理されるべきだ。
どちらに転んでも、俺の意思は必要ない。
スマートフォンが震えた。知らない番号からの着信だった。
無視すると、すぐにメッセージが届く。
『神代さん、政府広報担当です。現在の報道について、あなたの立場を説明する機会を設けられます。ぜひ会見にご参加ください』
続けて、別の番号からも連絡が入った。民間の配信者、ニュース番組、元探索者を名乗る人物。中には、かつての同僚の名前もあった。
俺はすべてを閉じた。
「ノエル。RS-07の現在の状況を確認してくれ」
『日本国内の異常領域、RS-07。拡張速度が上昇しています。領域内部の空間構造は不安定化しており、通常の探索者チームによる調査は危険です』
「被害は?」
『周辺住民の避難は進行中ですが、領域境界の一部が市街地へ接近しています。内部から発生する信号は、南極施設で観測したものと類似しています』
「なら、そっちへ行く」
『政府からの監視が予想されます。接近すれば、拘束の再試行を受ける可能性があります』
「それでもだ。あそこに人が残っているなら、見過ごせない」
俺が身支度を始めたとき、テレビ局の中継映像がスマートフォンに流れ込んできた。画面の中では、政府の広報官が会見を開いている。
『神代氏の能力は非常に高いものと見られますが、その力の全容は確認されていません。本人は国家機関の要請に応じておらず、国民の安全を守る観点から、慎重な対応が必要です』
質問した記者が声を上げる。
『彼が過去に犯したとされる罪について、証拠は公開されるのでしょうか?』
『現在、関係記録を精査しております』
六年前も、同じだった。
記録を精査する。関係機関と協議する。国民の安全を最優先にする。
そう言っている間に、俺は南極へ送られた。
俺が死んだと思われている間、誰も真実を明らかにしようとはしなかった。今になって生きて帰ったからといって、連中が正義を語る資格を得たわけではない。
俺は宿を出た。
◇◆◇
RS-07周辺では、避難誘導が続いていた。
道路は封鎖され、警察車両と救助車両が並んでいる。規制線の向こうでは、灰色の霧が地面から立ち上り、建物の輪郭をゆがめていた。異常領域の境界が、まるで呼吸する生き物のように膨張と収縮を繰り返している。
救助隊員が俺に気づいた。
「あなたは……神代雄馬?」
「そうだ。中の状況は?」
「一般人の避難はほぼ完了しています。でも、地下駐車場に取り残された人がいる可能性があるんです。領域の変動が激しくて、探索者チームも入れません」
「入口はどこだ」
「待ってください!政府から、あなたを接近させないようにと――」
「中に人がいるんだろ」
隊員は言葉を詰まらせた。
「あなたが入って、もし制御不能になったら……」
「制御不能になるかどうかは、俺が決める。中にいる人間を見捨てる理由にはならない」
俺はエグザリアを起動した。
黒い位相装甲が腕から肩へと広がり、背中に沿って薄い光の線が走る。出力は抑える。ここで無闇に力を使えば、周囲の空間を余計に刺激しかねない。
霧の境界へ足を踏み入れた瞬間、世界の音が変わった。
遠くのサイレンが引き伸ばされ、足元のアスファルトが波打つ。建物の壁面には、存在しないはずの扉や窓が浮かび上がっていた。
『領域内部の座標が安定していません。通常の位置情報は信頼できません』
「目印を作る。帰り道を見失わないようにしてくれ」
『了解。位相装甲から微弱なビーコンを配置します』
俺は壁に触れ、装甲から小さな光点を残した。次元刃を抜くのは、まだ早い。
地下駐車場へ続くスロープの先から、助けを求める声が聞こえた。
「誰か!ここにいます!」
俺は走り出した。
画面の中で英雄と呼ばれようが、犯罪者と呼ばれようが関係ない。
今、俺の前にいる人間を助ける。それだけだ。
そして、異常領域の奥で、何かが俺の接近を感知した。
壁の向こうから、機械のような声が響く。
『管理者識別信号を検出。接続要求を開始します』
政府が俺をどう扱うかなど、後回しでいい。
この世界そのものが、俺に何かを要求し始めていた。




