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第31話 話政府からの招待状

「管理者の帰還を確認。封印工程を再開せよ」


 裂界種の口から発せられた言葉に、周囲の空気が凍りついた。


 つい先ほどまで、俺を拘束しようとしていた特殊部隊の隊員たちは、武器を構えたまま動けずにいる。路上に倒れた隊員の呻き声。遠巻きにこちらを撮影する市民のスマートフォン。上空で旋回する報道ヘリ。そのすべてが、異様な静けさの中にあった。


 俺は裂界種を見据えた。


「管理者ってのは、誰のことだ」


「識別対象、神代雄馬。管理者権限、部分一致。封印工程の再開を要求する」


「質問に答えろ。お前たちは何を封印している?」


 裂界種の頭部がわずかに傾いた。人間の仕草に似ているが、そこに感情があるのかは分からない。


「回答権限が不足しています」


「都合のいいときだけ俺を管理者扱いか」


 俺は息を吐いた。


 南極の地下でノエルから聞いた話と、今の言葉がつながっている。エグザリアは単なる古代兵器ではない。異常領域の発生や拡大に関わる、何らかの巨大な仕組みと接続している。そして俺には、その仕組みに触れる資格があるらしい。


 だが、資格があることと、命令に従うことは別だ。


「ノエル、こいつの通信を解析できるか」


 視界の端に青白いウィンドウが浮かんだ。


『解析を開始します。対象は通常の裂界種とは異なる通信構造を有しています。外部信号との接続を確認。発信元は複数の異常領域に分散しています』


「こいつは誰かに操られているのか?」


『断定できません。ただし、対象の行動原理には生物としての本能とは異なる命令系統が含まれています』


 つまり、目の前の怪物は、ただ暴れているだけではない。


 俺が考え込んでいる間に、裂界種の胸部が淡く光った。エグザリアの装甲が反応し、俺の腕に薄い痛みが走る。


『警告。対象が管理者識別信号を照合しています。これ以上の接続は推奨しません』


「分かった。こいつとの話は、また今度だ」


 俺は地面を蹴り、位相装甲の出力を一瞬だけ上げた。次元刃を抜く代わりに、裂界種の足元へ衝撃を叩き込む。アスファルトが砕け、怪物の体勢が崩れた。


 その隙に、俺は市民と怪物の間へ割って入る。


「逃げろ!こいつは俺が引き受ける!」


 裂界種は反撃してこなかった。崩れた姿勢を立て直すと、俺をじっと見つめたまま、霧のように輪郭を薄れさせていく。


「管理者……封印工程……再開……」


 最後の言葉を残し、怪物は異常領域の裂け目へ消えた。


 追うべきだったかもしれない。だが、周囲には負傷者がいる。俺はまず倒れていた隊員たちの状態を確認し、救助隊に引き渡した。


 誰かを助けることに、許可はいらない。


 その考えだけは、南極に捨てられる前から変わっていなかった。


◇◆◇


 救助活動が一段落したころ、黒い公用車が現場に滑り込んできた。


 降りてきたのは、濃紺のスーツを着た男だった。年齢は五十代ほど。護衛を従え、まるで最初からこの場を支配しているかのような足取りで近づいてくる。


「神代雄馬さんですね」


「そうだが」


「内閣危機対策室の者です。政府より、正式な招待をお持ちしました」


 男が差し出した封筒には、政府の紋章が印刷されていた。


「招待?」


「あなたの帰還について、政府としても早急に事実確認を行う必要があります。安全な場所でお話ししたい」


「さっきまで特殊部隊に囲まれていたんだがな」


 男の表情は変わらなかった。


「現場の対応には遺憾な点もあったと認識しています。しかし、あなたが持つ技術と能力は、国家の安全保障に直結するものです。政府として放置することはできません」


「要するに、エグザリアを渡せという話か」


 男は一瞬だけ沈黙した。


「詳しい条件は、会談の席で説明いたします」


 封筒の中には、恩赦と復職に関する文書が入っていた。


 俺に着せられた仲間殺しと機密漏洩の罪を再検証する。探索者資格を復旧する。過去の処分を見直し、生活と活動を保証する。並べられた言葉だけを見れば、悪い話ではない。


 だが、最後のページに書かれた条件を見た瞬間、俺は笑いそうになった。


 ――古代兵器エグザリアの管理権を政府に移譲すること。


 ――探索者管理局の指揮下に入り、異常領域対策に全面的に協力すること。


 ――エグザリアに関する情報を、政府の許可なく第三者へ開示しないこと。


 俺の人生を奪った連中が、今度は俺の力を手に入れようとしている。


「断る」


 男は驚いたように眉を動かした。


「まだ条件の詳細をご説明していません」


「読む必要もない。エグザリアは渡さない。管理局の指揮下にも入らない」


「あなたの立場を理解されていますか?政府が恩赦を与えなければ、あなたは依然として国家機密を持ち出した重大犯罪者です」


「その犯罪を証明できるのか?」


 男の口が閉じた。


「俺は六年間、南極にいた。通信も、まともな補給もない場所にだ。そこで生き延びて戻ってきた人間に、今さら恩赦をちらつかせるのか。そもそも、俺を犯罪者にしたのは誰だ?」


「それは、当時の調査に基づく判断で……」


「なら、その調査記録を全部公開しろ。俺が何を盗み、誰を殺したというのか。証拠を出せ」


 男は封筒を持つ手に力を込めた。


「政府にも事情があります。あなた一人の感情で、国全体を危険にさらすわけにはいかない」


「国の事情で俺を捨てたんだろう。今度は国の事情で俺を使うのか」


 俺は封筒を返した。


「招待には応じない。必要なことがあるなら、隠し事をせずに話せ。エグザリアを渡せというなら、二度と来るな」


 男はすぐには動かなかった。やがて封筒を受け取り、事務的な口調に戻る。


「この判断が、あなたにとって不利益になる可能性があります」


「もう十分、不利益は受けた」


 公用車が走り去る。


 俺は背を向け、異常領域の方向を見た。裂け目の奥で、空間が不自然に揺らいでいる。ノエルが警告音を鳴らした。


『周辺領域の歪曲率が上昇しています。先ほどの対象が消失した地点から、微弱な信号が継続しています』


「政府との話より、こっちが先だな」


『政府からの接触は今後も継続すると予測されます』


「好きにさせておけ」


 俺は歩き出した。


 国家に戻るために、南極を生き延びたわけじゃない。


 俺が知りたいのは、あの地下施設の正体と、世界で何が起きているのか。そして、なぜ六年前に俺が捨てられなければならなかったのかだ。


 政府の招待状は、俺を再び檻に入れるための鍵にしか見えなかった。


 だが、断ったことで、連中が次に何をするのかは分かっている。


 今度は、世論を使うつもりだろう。

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