第30話 俺はもうお前たちの人間じゃない
特殊部隊は、救助拠点を半円状に包囲した。
隊員たちは統一された黒い装備を身につけ、非殺傷弾と拘束用の装備を構えている。だが、彼らの配置は救助活動のためではない。逃走経路を塞ぎ、対象を確実に確保するためのものだった。
雄馬は、小鳥遊と避難民たちの位置を確認した。
戦闘になれば、彼らを巻き込む危険がある。
「小鳥遊。負傷者を連れて、奥の建物へ移動してくれ」
「でも、あなたは……」
「ここで戦うつもりはない。向こうが道を空ければ、俺は出ていく」
「彼らがそれを認めるとは思えません」
「だろうな」
雄馬は、特殊部隊の指揮官を見た。
男は拡声器を持ち、こちらへ向かって声を張り上げている。
「神代雄馬!繰り返す。武器を捨て、投降しろ!抵抗すれば、必要な措置を取る!」
「俺は武器を向けていない。先に囲んだのはお前たちだ」
「あなたの装備は未知の技術を含み、公共の安全を脅かす可能性がある。国家の管理下で調査を行う必要がある!」
「その装備を渡したら、俺を自由にするのか?」
指揮官は答えなかった。
その沈黙が、答えだった。
雄馬は肩をすくめた。
「やっぱりな」
彼は両手を少し広げた。攻撃の意思がないことを示すためだ。
「最後に言っておく。俺は、誰かを傷つけるためにここへ来たんじゃない。避難民を助けただけだ。道を空けるなら、俺は立ち去る」
「それは認められない。あなたは国家の管理下に置かれる必要がある」
「俺は、もうお前たちの人間じゃない」
その言葉が、拠点の空気を変えた。
指揮官が手を上げる。
「対象を確保しろ!」
特殊部隊が一斉に動いた。
最初の隊員が、拘束用の射出器を構えた。複数のワイヤーが雄馬へ向かって飛ぶ。
彼は横へ跳び、ワイヤーをかわした。背後のコンテナに絡みついたワイヤーが、金属音を立てて締まる。
続いて、二人の隊員が左右から接近した。
雄馬は位相装甲を起動しないまま、最初の一人の腕を受け流した。相手の重心が前へ流れた瞬間、足を払って地面へ倒す。
もう一人の攻撃は、肩をひねって避けた。肘で相手の腕を押さえ、拘束具を持つ手を外側へ向ける。
わずか数秒で、二人が無力化された。
「撃て!」
指揮官の声が響く。
非殺傷弾が連続して放たれた。
雄馬は身を低くし、車両の陰へ滑り込む。弾丸がコンテナに当たり、乾いた音を立てた。装備が未知の技術だからといって、すべての攻撃を受け止められるわけではない。彼は遮蔽物を利用しながら、射線を切っていく。
「ノエル、通信状態は?」
『不安定ですが、応答しています。相手の装備は現代の非殺傷兵器を中心としています。致命的な攻撃を避けながら、制圧することは可能です』
「簡単に言うな。こっちは一人だぞ」
『あなたの身体能力とエグザリアの補助機能を考慮すれば、成功率は高いと推定されます』
「成功率が高くても、怪我人が出たら意味がない」
雄馬は、拠点の方を一瞬だけ見た。
小鳥遊は負傷者を誘導している。避難民たちも、救助隊員の指示に従って建物の奥へ移動していた。
ここから先は、なるべく短時間で終わらせる必要がある。
雄馬はコンテナの陰から飛び出した。
隊員たちが反応するより早く、彼は一人の背後へ回り込んだ。腕を取って姿勢を崩し、地面へ押さえつける。続いて、近くの隊員が構えた射出器を蹴り上げ、狙いを逸らした。
発射されたワイヤーは空を切り、隣の隊員の装備に絡まった。
「何だ、こいつ……!」
隊員たちの動きに、明らかな動揺が広がった。
雄馬は、その隙を利用した。
走り込んできた相手の攻撃を受け流し、腕を掴んで方向を変える。相手が別の隊員とぶつかり、二人が地面へ転がった。
彼は決して、相手の急所を狙わなかった。
骨を折る必要も、命を奪う必要もない。
動きを止めれば、それで十分だった。
だが、特殊部隊は簡単には引かなかった。
指揮官が別の装置を起動する。小型の発生器が地面へ置かれ、低い振動音が周囲に広がった。
雄馬の視界が揺らいだ。
「……これは」
『空間干渉装置です。周辺の位相を乱し、あなたの装備の制御を妨害する目的と思われます』
「俺の装備を知っているのか?」
『少なくとも、未知の位相技術に対する対抗装備を準備していたことは確かです』
雄馬は舌打ちした。
単なる身柄確保のために、ここまでの装備を用意したとは考えにくい。
彼らはエグザリアの存在を知っている。少なくとも、その技術が通常の兵器ではないことを把握している。
そして、最初から力ずくで奪うつもりだったのだ。
「……やっぱり、何か隠しているな」
空間干渉装置の振動が強くなった。
雄馬の腕に、微かな痺れが走る。位相装甲を展開しようとしても、接続が安定しない。エグザリアの出力は、まだ十分に回復していないのだ。
正面から押し切るのは危険だった。
雄馬は、地面に設置された発生器を見た。
装置の周囲には、三つの小型端末が置かれている。互いに信号を送り合い、一定範囲の空間を乱しているらしい。
ならば、装置そのものを破壊する必要はない。
連携を崩せばいい。
雄馬は、隊員たちの射線を避けながら、最も近い端末へ走った。発射された弾丸をコンテナの陰でかわし、足元の瓦礫を蹴り上げる。
瓦礫が端末に当たった。
小さな火花が散り、端末の光が消える。
振動音が一瞬弱まった。
「今だ!」
雄馬は位相装甲を部分展開した。
全身を覆う必要はない。腕と脚だけに装甲を集中させ、残りの出力を温存する。
次の端末へ走り、装甲で衝撃を受け止めながら、装置を地面から引き剥がした。最後の端末は、次元刃を使わずに、接続ケーブルを引き抜いて停止させる。
空間干渉が消えた。
雄馬は、再び周囲を見回した。
隊員たちは、すでに半数以上が動けなくなっている。残った者たちも、彼の動きを警戒して距離を取っていた。
指揮官が、歯を食いしばった。
「……なぜ、そこまで抵抗する!あなたは国家の保護を受けるべきだ!」
「保護?」
雄馬は、ゆっくりと歩き出した。
「六年前、俺が助けを必要としていたとき、お前たちは何をした?」
指揮官は答えない。
「仲間を失い、冤罪を着せられ、南極へ送られた。生きて戻れる保証もなかった。お前たちは俺を死んだことにして、六年間、何も確認しなかった」
雄馬の声は、静かだった。
「それなのに、今さら俺が力を手に入れたら、保護だの管理だのと言って近づいてくる。俺のためじゃない。自分たちの都合のためだ」
「国家には、国民の安全を守る責任がある!」
「なら、まずは目の前の人間を守れ」
雄馬は、負傷者のいる建物を指した。
「俺がここで怪物を倒したとき、お前たちは何をしていた?俺を拘束する準備だ。避難民を守るためじゃない」
指揮官の顔が歪んだ。
彼は無線機を取り、最後の命令を出そうとした。
だが、その瞬間、雄馬が一歩踏み込んだ。
指揮官の手首を押さえ、無線機を取り上げる。反対の手で肩を押し、相手を地面へ座らせた。
「終わりだ。これ以上、誰も怪我をさせたくない」
指揮官は抵抗しようとしたが、雄馬の手を振りほどけなかった。
戦闘は終わった。
倒れた隊員たちに、致命的な負傷者はいない。雄馬は、動ける者に応急処置を指示し、救助隊員が確認できるよう、装備を外して一か所にまとめた。
小鳥遊が、驚いた表情で近づいてきた。
「あなた……全員、殺さずに止めたんですね」
「殺す理由がない」
「でも、彼らはあなたを拘束しようとしていたんですよ」
「だからといって、全員を殺していい理由にはならないだろう」
小鳥遊は、言葉を失った。
雄馬は、倒れた特殊部隊の隊員たちを見渡した。
彼らもまた、命令に従って動いているだけなのかもしれない。だが、命令だからという理由で、何をしても許されるわけではない。
そのとき、近くにいた救助隊員の端末が鳴った。
誰かが、戦闘の様子を撮影していたらしい。映像はすでに外部へ送信され、通信網を通じて拡散し始めていた。
画面には、黒い装甲をまとった雄馬が、特殊部隊を次々と無力化する姿が映っている。
そして、映像の最後には、彼の声がはっきりと記録されていた。
――俺は、もうお前たちの人間じゃない。
その映像は、管理局の端末にも、ニュース配信にも、一般の通信網にも広がっていった。
国家は、もはや彼の帰還を隠しきれない。
天城厳は、報告映像を無言で見つめていた。
画面の中の雄馬は、特殊部隊を制圧した後も、負傷者を助け、避難民の安全を確認している。
無差別な暴力ではない。
彼は明確な意思を持ち、国家の命令を拒否していた。
「……神代」
天城は、低く呟いた。
「お前は、いったい何を手に入れた?」
そのとき、救助拠点から少し離れた道路で、異常領域の反応が急激に高まった。
雄馬は、誰よりも早くそれを察知した。
空間が裂ける。
黒い亀裂の向こうから、巨大な影が姿を現した。
これまでの裂界種とは違う。全身が黒い装甲のような外殻に覆われ、頭部には複数の光点が並んでいる。人間の言葉を理解しているかのように、その怪物は雄馬をまっすぐに見つめていた。
雄馬は、エグザリアを構えた。
「……またか」
怪物の頭部が、ゆっくりと傾く。
そして、機械的な声が響いた。
『識別完了』
雄馬の背筋に、冷たいものが走った。
『管理者の帰還を確認』
怪物は、彼を攻撃しなかった。
ただ、まるで長い間探し続けていたものを見つけたかのように、その場に立ち尽くしていた。
雄馬は、次元刃を握り直した。
「……お前は、何者だ?」
怪物の光点が、一斉に青白く輝いた。
『封印工程を再開せよ』
その声が響いた瞬間、遠くの空に浮かぶ異常領域が、まるで呼応するように明滅した。
帰還した男を、世界はまだ理解していない。
だが、異常領域の向こう側にいる何者かは、彼の存在を知っていた。




