第29話 保護という名の拘束
雄馬が救助拠点へ戻ると、入口には見慣れない車両が停まっていた。
黒い装甲車が二台。側面には日本探索者管理局の標章がある。周囲には武装した職員が立ち、拠点へ出入りする人間を確認していた。
小鳥遊が小さく息を吐いた。
「もう来たんですね……」
「仕事が早いじゃないか」
「あなたを心配しているというより、あなたの情報を急いで確保したいのでしょう」
「だろうな」
雄馬は、車両から降りてきた男を見た。
濃紺の制服。胸元には管理局の認証章。手には薄型の端末を持ち、背後には護衛らしき職員が二人ついている。
男は雄馬を確認すると、丁寧な笑みを浮かべた。
「神代雄馬さんですね。日本探索者管理局、特別対応課の黒瀬と申します」
「何の用だ?」
「まずは、ご無事で何よりです。六年間、消息が途絶えていたと聞いております。私たちとしても、あなたが生存していたことを大変喜ばしく思っています」
「なら、帰還を歓迎してくれるのか?」
「もちろんです。まずは安全な施設へ移動していただき、健康状態の確認と、これまでの経緯についてお話を伺えればと」
「それは任意か?」
黒瀬の笑顔が、ほんのわずかに固まった。
「もちろん、あなたの意思を尊重します。ただ、あなたの装備は未知の技術を含んでいる可能性があります。周囲の安全を確保するため、一時的にお預かりする必要があるかもしれません」
「つまり、装備を渡して、施設へ行けということか」
「誤解しないでください。これは保護措置です」
「保護ね」
雄馬は、黒瀬の背後にいる職員たちを見た。
彼らの腰には拘束具が装着されている。車両の後部には、装備品を収納するためのケースが用意されていた。
保護対象を迎えに来た人間の準備ではない。
捕獲対象を確保するための準備だ。
「断ったら?」
黒瀬は、慎重に言葉を選んだ。
「現在のあなたは、管理局の登録情報と一致する一方、装備や能力について未確認の部分が多い状態です。命令に従っていただけない場合、周囲の安全を守るため、必要な措置を取らざるを得ません」
「それを拘束と呼ぶんだ」
「そう受け取られるのは残念です」
「残念なのは、こっちだよ」
雄馬の声が冷たくなった。
「六年前、俺はお前たちの命令で南極へ送られた。帰還の保証もない場所へだ。そして、誰も俺が生きているかどうかを確認しなかった。今さら戻ってきたら、保護だの安全だのと言って装備を取り上げる。ずいぶん都合がいいな」
黒瀬は答えなかった。
周囲の職員たちが、警戒を強める。
「神代さん。あなたの過去については、正式な記録を確認したうえで対応します。今は、まず安全な場所へ移動してください」
「記録なら、いくらでも改ざんできるだろう」
その言葉に、黒瀬の目が細くなった。
「……その発言は、管理局への重大な疑義と受け取られかねません」
「受け取ればいい」
雄馬は一歩も引かなかった。
小鳥遊が、二人の間に割って入った。
「黒瀬さん。彼は先ほどまで、避難民の救助に協力していました。負傷者も救っています。危険人物と決めつける前に、現場での行動を評価すべきではありませんか?」
「小鳥遊さん、あなたの救助活動には感謝しています。しかし、管理局の案件です。現場の判断だけで決められる問題ではありません」
「現場で起きていることを知らない人たちが、何を決めるというんですか」
小鳥遊の声は強かった。
黒瀬は表情を崩さなかったが、背後の職員が一人、彼女を睨んだ。
雄馬は、小鳥遊を制するように手を上げた。
「小鳥遊。もういい」
「でも……」
「助けてもらったことには感謝している。これ以上、君が巻き込まれる必要はない」
雄馬は黒瀬へ向き直った。
「俺は、装備を渡さない。事情聴取にも応じない。必要があるなら、正式な理由と法的根拠を示せ」
「あなたは現在、死亡扱いとなっていた人物です。登録状態の再確認が必要です」
「それなら、まず死亡扱いにした理由を説明しろ。誰が、いつ、どんな根拠で俺を死んだことにした?」
黒瀬は口を閉ざした。
端末を操作する指が、一瞬だけ止まる。
その反応を、雄馬は見逃さなかった。
「答えられないのか?」
「……ここで説明できる内容ではありません」
「なら、話は終わりだ」
雄馬が歩き出そうとした瞬間、黒瀬が手を上げた。
背後の職員たちが一斉に動いた。
「神代さん。安全確保のため、同行をお願いします」
「断ると言ったはずだ」
「抵抗しないでください。こちらも、あなたを傷つけるつもりはありません」
「だったら、道を空けろ」
職員の一人が拘束具を取り出した。
雄馬の目が冷たくなる。
「それを使うつもりか?」
「必要な措置です」
「最後に言っておく。俺は、もう誰かの命令で動く人間じゃない」
次の瞬間、職員が踏み込んできた。
雄馬は半歩横へ動き、伸びてきた腕を受け流した。相手の勢いを利用して体勢を崩し、拘束具を持つ手を軽く押し下げる。
もう一人が背後から近づく。
雄馬は振り返らず、足元の動きだけで距離を測った。踏み込んできた相手の手首を掴み、力を逃がして地面へ押さえ込む。
数秒後、二人の職員は動けなくなっていた。
だが、雄馬は骨を折っていない。装甲も展開していない。
相手の力を利用し、必要最小限の動きで無力化しただけだ。
黒瀬の顔から笑みが消えた。
「……あなたは、何をしたんです?」
「見れば分かるだろう。怪我をさせずに止めた」
「その身体能力は、通常の探索者の範囲を超えています」
「お前たちが知っている範囲を超えているだけだ」
雄馬は、倒れた職員から距離を取った。
「これ以上、無理に拘束しようとするな。俺は、無関係な人間を傷つけるつもりはない。だが、身を守るために必要なことはする」
黒瀬は端末を握りしめた。
彼はもう、丁寧な言葉だけで雄馬を連れていけるとは考えていなかった。
それでも、任務を諦めるわけにはいかない。
「……本部へ確認します。ここでの行動は、正式な報告書に記録されます」
「好きにしろ」
黒瀬は部下へ目配せし、車両へ戻った。
その場から撤退するつもりらしい。
だが、雄馬が背を向けた瞬間、黒瀬は通信端末を操作した。
「対象は同行を拒否。身体能力は事前情報を大きく上回っています。通常の拘束手順では対応困難です」
通信の向こうから、短い指示が返ってきた。
「……了解しました。特殊部隊の投入を要請します」
通話を切った黒瀬は、最後に雄馬を見た。
「神代さん。あなたは、今の状況を理解していません。管理局に協力しなければ、あなた自身が危険にさらされることになります」
「脅しのつもりか?」
「忠告です」
「なら、ひとつ忠告を返しておく」
雄馬は、まっすぐに黒瀬を見た。
「俺を南極へ送った連中が、今さら俺を守ってくれるとは思っていない。自分の身は、自分で守る」
黒瀬は何も言わず、車両へ乗り込んだ。
装甲車が去った後、小鳥遊がゆっくりと近づいてきた。
「……これで、本当に管理局と対立することになりますね」
「向こうが最初から、そのつもりだったんだろう」
「それでも、あなたがここで戦う必要はなかったかもしれません」
「そうかもしれない」
雄馬は否定しなかった。
「だが、あのまま連れていかれたら、装備を取り上げられていた。俺が何を知っているか、何を持っているか。それを確かめる前に、装備だけ奪うつもりだったんだろう」
「……どうして、そこまで分かるんですか?」
「相手の目を見れば、大体分かる」
小鳥遊は、複雑な表情を浮かべた。
雄馬は、空を見上げた。
雲の向こうで、空間が微かに歪んでいる。
地上へ戻ったばかりだというのに、彼はすでに国家の組織と対立している。
だが、後悔はなかった。
自分の人生を他人に預けるつもりはない。
そして、管理局が本当に恐れているものが何なのか、いずれ確かめる必要がある。
そのとき、遠くから複数のエンジン音が響いた。
小鳥遊が振り返る。
「……また、車両が来ます」
道路の向こうに、黒い輸送車が列をなして現れた。
その車体には、管理局ではなく、特異災害対策本部の標章が描かれていた。
雄馬は、ゆっくりと息を吐いた。
「今度は、もっと面倒な連中らしいな」
車両の後部ハッチが開き、武装した特殊部隊が次々と降りてきた。
彼らの装備は、明らかに通常の救助活動を想定したものではなかった。
そして、部隊の指揮官が拡声器を手に取った。
「神代雄馬!国家の安全に関わる重大な疑いがある。武器を捨て、その場で投降しろ!」
雄馬は、静かに目を細めた。
保護という名の拘束は、もう終わった。
これから始まるのは、明確な力による強制だった。




