第3話 百年前の廃墟に新しい足跡
鉄板は、想像していたよりも重かった。
雄馬は工具を差し込み、何度も力を加えた。やがて片側が浮き上がり、隙間から冷たい空気が流れ出してきた。
地上の風とは違う。
湿気を含んだ、地下特有の空気だった。
鉄板を壁に立てかけると、その下に金属製の梯子が現れた。
黒ずんだ梯子は、暗闇へ向かって伸びている。
「地下倉庫……にしては、深すぎるな」
雄馬はセンサーを使い、空気の状態を確認した。
酸素濃度に問題はない。温度は地上より高い。電磁反応は不安定だが、完全な故障とも言い切れなかった。
彼はロープを柱に固定し、端末のビーコンを起動した。
万が一、戻れなくなったときのためだ。
一段ずつ梯子を降りる。
数メートル進むと、壁の材質が変わった。
上部はコンクリートだったが、その下には黒い金属の板が埋め込まれている。継ぎ目がほとんどなく、錆も腐食も見当たらない。
懐中電灯の光を当てると、表面が鈍く輝いた。
人類の一般的な建築技術とは違う。
少なくとも、古い捕鯨基地の地下倉庫に使われるような素材ではなかった。
梯子の終点には横向きの通路があった。
床は乾いており、壁面には細い線が幾何学模様のように刻まれている。
雄馬は入口にビーコンを置き、通路へ進んだ。
数歩ごとに立ち止まり、床と壁を確認する。探索者として染みついた習慣だった。
危険な場所ほど、焦ってはいけない。
足元の崩落。空気中の毒物。未知の生物。異常領域では、見えない脅威が命取りになる。
しかし、この通路には、そうした危険とは別の違和感があった。
空間が妙に静かなのだ。
自分の足音は聞こえる。呼吸も聞こえる。
だが、音が壁に反響して返ってこない。
やがて、前方に円形の扉が現れた。
周囲の壁に埋め込まれ、取っ手も蝶番もない。表面には見たことのない記号が刻まれている。
雄馬は扉の手前で立ち止まった。
表面の一部に、擦れた跡があった。
その下には、靴底の跡も残っている。
雄馬はしゃがみ込んだ。
足跡は一つではない。
複数の人間が、この場所を通った痕跡があった。
靴底に残る溝の形状から、少なくとも二人分。片方は扉の前まで進み、もう片方は少し手前で引き返している。
表面に積もった埃は薄い。
ただし、足跡が新しいとは限らない。地下の乾燥した環境なら、古い痕跡が長く残る可能性もある。
「プロジェクト・ホエーラーの連中か?」
雄馬は、その名称を知っていた。
極地における異常エネルギー研究。公表された情報はほとんどなく、軍事機密の一部として扱われている計画だ。
探索者仲間の間でも噂だけは流れていた。
南極で何かを掘り当てた研究チームがいる。研究成果を巡って、複数の国家機関が争っている。
だが、確証はなかった。
雄馬は端末で扉と足跡を撮影した。
そのとき、端末が短く振動した。
電磁反応センサーの数値が急上昇している。
扉の表面に、青白い光が走った。
刻まれていた記号が、一つずつ点灯していく。
中央に、英語の文字が浮かび上がった。
PROJECT WHALER
「やっぱり、関係があるのか」
雄馬が端末を構えた瞬間、扉の向こうから低い振動音が響いた。
ウゥゥゥン……。
機械が起動するような音。
長い眠りから、何かが目を覚ますような音だった。
雄馬はすぐに後退し、退路を確認した。
入口までの通路は確保できている。
異常が起きれば地上へ戻れる。
そう判断した直後、扉の表面に新たな文字が浮かび上がった。
今度は英語ではない。
見覚えのない記号が並び、最後に一つの図形が現れた。
人間の目に似た、円形の紋章。
その中心が、雄馬の立っている位置を正確に向いていた。
まるで、扉の向こうにいる何者かが、こちらを見ているようだった。
「……俺を認識したのか?」
返事はない。
しかし、扉の中央から左右へ一本の光が走った。
閉ざされていた扉が、わずかに動いたのだ。
隙間から、青白い光が漏れてくる。
雄馬の端末に、存在しないはずの信号が届いた。
《認証照合を開始します》
六年前に南極へ送られたとき、彼は自分がここで死ぬのだと思っていた。
それから六年間、誰も彼を迎えに来なかった。
だが、この地下の何かは、今になって彼を認識した。
雄馬は工具を握り直した。
「いいだろう。今度は俺が、お前の正体を確かめてやる」
扉が、さらに大きく開き始めた。




