第27話 六年ぶりの戦闘
「死亡扱い、だと?」
雄馬は、兵士の言葉を繰り返した。
彼は南極へ送られた。永久追放に等しい処分を受けたのは覚えている。しかし、死亡したことにされていたとは知らなかった。
兵士は端末を操作し、雄馬の顔と古い登録情報を照合している。
「顔認証の一致率が高い。だが、記録では六年前に極地任務へ派遣され、その後は連絡が途絶えている。管理局の登録は……死亡扱いになっているぞ」
「いつ、誰がそう判断した?」
「それは管理局の記録に――」
「俺が生きているかどうかを、現地で確認した人間はいるのか?」
兵士は答えに詰まった。
雄馬は、それ以上追及しなかった。
答えは分かっている。誰も確認しなかったのだろう。南極へ送られた彼が帰ってくることはない。そう決めつけて、記録上の存在を消したのだ。
六年前と何も変わっていない。
小鳥遊美咲が、兵士と雄馬の間に入った。
「今は身元の確認より、負傷者の搬送を優先してください。まだ避難できていない人がいます」
「しかし、彼は――」
「彼がいなければ、あの人たちは全員、裂界種に襲われていたかもしれません。少なくとも、救助活動が終わるまでは現場の安全確保に協力してもらうべきです」
小鳥遊の声には、強い意志があった。
兵士は不満そうな顔をしたが、反論はしなかった。
雄馬は彼女に目を向けた。
「助かった。話が通じる人間がいてよかったよ」
「いえ。助けてもらったのはこちらですから」
小鳥遊は、周囲の状況を確認しながら続けた。
「ただ、あなたが何者なのかは、いずれ確認する必要があります。今の日本では、身元が分からない人を安全区域へ入れることも簡単ではないんです」
「分かっている。だが、俺は管理局に連れていかれるつもりはない」
「管理局が何をするか、知っているんですか?」
「六年前、あいつらが俺に何をしたのかは知っている」
小鳥遊は一瞬、言葉を失った。
彼女は、雄馬が何らかの事情で国家と対立していることを察したようだった。しかし、それ以上尋ねることはしなかった。
「では、ひとまず救助拠点まで来てもらえますか?あなたの装備についても、危険がないか確認したいんです」
「装備を取り上げるつもりか?」
「いいえ。少なくとも、私はそんなことをするつもりはありません」
雄馬は彼女の目を見た。
嘘をついているようには見えない。だが、彼女一人の意思で、周囲の組織すべてを動かせるわけでもない。
「分かった。案内してくれ。ただし、俺の装備に勝手に触るな」
「約束します」
小鳥遊は頷いた。
救助隊の車両に向かう途中、雄馬は街の様子を改めて観察した。
道路には亀裂が走り、建物の壁には異常領域の影響と思われる黒い染みが広がっている。遠方の空には、薄い膜のような歪みが浮かんでいた。
六年前の日本は、まだここまで崩壊していなかった。
「この街は、いつから封鎖されている?」
「三年前です。最初は小規模な異常領域が発生しただけでした。でも、半年ほどで内部から裂界種が出現するようになって……」
小鳥遊は、フロントガラス越しに街を見つめた。
「最初は軍が対応していました。でも、異常領域が増えるにつれて、軍だけでは手が回らなくなったんです。探索者クランや民間の救助隊も参加していますが、それでも間に合わないことがあります」
「住民は全員避難したのか?」
「いいえ。移動できない人や、家族を探して残っている人もいます。封鎖区域の外へ出るための輸送手段も限られているので……」
彼女の表情が曇った。
雄馬は窓の外を見た。
異常領域が拡大し、都市が封鎖され、人々は避難を余儀なくされている。
それでも、救助隊は活動を続けている。
国家に見捨てられた人間が、今度は見捨てられた人間を助ける側にいる。
皮肉な話だった。
救助拠点に到着すると、テントと簡易コンテナが並ぶ一角に案内された。医療班が負傷者の治療を行い、別の隊員たちは水や食料を配っている。
雄馬が車両から降りると、周囲の人々が一斉にこちらを見た。
「さっきの怪物を倒した人だ」
「本当に一人でやったのか?」
「装備が見たことない形だ……」
噂は、すでに広がっているらしい。
小鳥遊は雄馬を簡易診察用のテントへ案内した。
「怪我はありませんか?」
「問題ない」
「それでも、確認だけはさせてください。さっきの戦闘で、かなり無理をしたはずです」
「大したことはしていない」
「あなたが大したことだと思っていなくても、こちらはそうではありません」
小鳥遊は譲らなかった。
雄馬はため息をつき、腕を差し出した。簡単な検査が終わるまで、彼はおとなしく椅子に座ることにした。
その間、彼は拠点の通信端末を借り、現在の社会状況を調べた。
異常領域の拡大。探索者制度の変更。封鎖都市の増加。国家による緊急権限の強化。
そして、画面の片隅に表示されたニュースが、彼の目を引いた。
――日本探索者管理局、異常領域対応に関する新たな統制方針を発表。
映像には、管理局の幹部が並んでいた。彼らは異常領域への対処を国家主導で進めると宣言し、民間の探索者に対する登録義務の強化を説明している。
雄馬は、画面を閉じた。
「何か、気になることがありましたか?」
小鳥遊が尋ねた。
「いや。相変わらず、上の人間は立派なことを言うんだなと思っただけだ」
「……あなたは、管理局を信用していないんですね」
「信用できる理由がない」
雄馬は椅子から立ち上がった。
「小鳥遊。ひとつ聞きたい。ここから一番近い、異常領域の観測施設はどこだ?」
「観測施設ですか?この区域なら、旧市街の東側にあります。ただ、今は封鎖区域の内部なので、軍の許可がないと近づけません」
「そうか」
「何をするつもりですか?」
「この街で何が起きているのか、自分の目で確かめたい」
小鳥遊は困ったように眉を寄せた。
「今は危険です。先ほどの裂界種だけでなく、別の個体が出現する可能性もあります。救助隊の護衛をつけるにしても、準備が必要です」
「待っている間にも、誰かが襲われるかもしれない」
「それは……そうですが」
雄馬は、彼女の言葉を遮らなかった。
彼女が言っていることは正しい。無計画に動けば、救助隊の負担を増やす。だが、すべての行動に許可を求めていては、間に合わない場面もある。
「無理に案内しろとは言わない。道だけ教えてくれ」
小鳥遊はしばらく考えた後、地図を取り出した。
「旧市街へ向かうなら、この通りを通ってください。ただし、途中に崩落した地下道があります。迂回する必要があります」
「分かった」
「それと……あなたの身元確認について、管理局から問い合わせが来ています」
雄馬の足が止まった。
「もうか?」
「救助隊の通信記録に、あなたの名前が残ったようです。正式な照会ではありませんが、上層部が関心を持っているのは確かです」
「そうか」
雄馬は地図を受け取り、折りたたんだ。
彼が帰還したことは、いずれ知られるだろう。
だが、こちらから管理局へ出向く必要はない。
必要なのは、現状を把握すること。そして、エグザリアの力をどう使うか判断することだ。
そのとき、救助拠点の通信機から警報音が鳴った。
『旧市街東部で裂界種を確認。避難誘導中の民間人が取り残されている。近隣の救助班は至急応援に向かえ』
小鳥遊が立ち上がった。
「また出た……!」
雄馬は、装備の留め具を確認した。
「場所は?」
「旧市街東部です。今のあなたの目的地と同じ方向ですが、危険です。単独で向かうのは――」
「俺は、見て見ぬふりをするのが得意じゃないんだ」
雄馬はテントを出た。
小鳥遊が後を追う。
「待ってください!せめて、こちらの隊員と一緒に!」
「間に合うなら、そうする」
彼は振り返らなかった。
六年ぶりの戦闘は、まだ終わっていない。
そして、地上に戻った彼を、世界は少しずつ認識し始めていた。




