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第24話 最後の補給

 地上への移動まで、残された時間は多くなかった。


 雄馬は、エグザリア・ヴォイドの居住区画に積み上げられた物資を一つずつ確認していた。


 食料。水。防寒着。工具。簡易医療キット。通信端末。そして、地上へ持ち出す記録媒体。


 どれも、南極に到着したときに渡された物資とは違う。


 地上の技術では解析できない装置もあれば、古代施設の素材を使った小型の補助機器もある。ノエルの説明によれば、その一部はエグザリアの制御補助に利用できるらしい。


「この端末は持ち出せるのか?」


『可能です。ただし、施設との接続機能は制限されます。地上の通信規格に変換するには、別途解析が必要です』


「なら、記録だけでも移しておこう」


 雄馬は端末を操作した。


 地球の異常領域に関する観測記録。プロジェクト・ホエーラーの研究資料。エグザリア・ヴォイドの構造データ。そして、六年前の探索任務に関する情報。


 可能な限り、記録媒体へ複製していく。


 自分が冤罪を着せられた証拠が見つかれば、いつか公表する。地上の異常領域と古代施設の関係が分かれば、原因を探る手がかりになる。


 何より、ノエルが語る情報をすべて鵜呑みにするつもりはなかった。


 彼女は協力者だ。だが、彼女自身も「すべての情報を保持しているわけではない」と認めている。


 古代文明がなぜ地球を隠したのか。なぜエグザリアを残したのか。そして、なぜ雄馬が管理者候補として認識されたのか。


 まだ分からないことが多すぎる。


「ノエル。プロジェクト・ホエーラーの地上観測装置について、もう一度説明してくれ」


『プロジェクト・ホエーラーは、古代施設の存在を発見した人類側の研究計画です。南極の地下に存在する異常な空間構造を調査し、その技術を軍事転用することを目的としていました』


「古代施設そのものを作った計画じゃないんだな」


『はい。人類が発見したのは、すでに存在していた施設です』


「そして、地上にも観測装置を残した」


『その通りです。施設内部の記録から、複数の観測装置が地上に設置されたことが確認できます。ただし、計画終了後に回収されたか、破棄されたかは不明です』


 雄馬は、保存データの一覧を開いた。


 そこには、いくつもの観測地点が記録されていた。南極以外にも、北半球の山岳地帯や海底、そして日本国内に複数の地点が存在している。


 そのうち、現在も反応を返している地点はごくわずかだった。


「この装置があれば、地上の異常領域を調べられるのか?」


『可能性があります。古代施設と同じ方式で空間の変動を観測できるため、異常領域の発生原因を調べる手がかりになるでしょう』


「場所は絞れるか」


『最も強い応答を返しているのは、日本の観測装置です』


 地図が拡大された。


 日本列島の中央付近。都市の名前は、旧式の記録と現在の地理情報が一致せず、正確には読み取れない。


 周辺には、赤い警告表示が重なっていた。


「ここは?」


『現在の記録では、封鎖都市に分類されています。異常領域の発生が確認され、通常の交通網は遮断されているようです』


「つまり、地上に戻った瞬間から危険地帯か」


『安全な移動先を指定するには、観測装置の応答が不足しています』


「それでも、そこへ向かうしかない」


 雄馬は迷わなかった。


 観測装置が残っているなら、そこに行く価値はある。異常領域の調査にも、過去の記録の復旧にも役立つはずだ。


 何より、地上の状況を知らなければ、次の一手を決めることもできない。


 雄馬は物資の整理を終え、記録媒体を防水ケースに収めた。


 そのとき、居住区画の奥にある壁面が淡く光った。


『雄馬。未確認の保存領域を発見しました』


「何だ?」


『プロジェクト・ホエーラーの観測記録とは別に、地上から送信されたデータが残っています。保存日時は六年前です』


 雄馬の手が止まった。


「六年前……俺が追放された時期か」


『正確には、あなたの追放処分が確定する直前です』


「表示してくれ」


 壁面に古い映像が浮かび上がった。


 荒い映像の中に、白衣を着た研究者らしき人物が映っている。顔はノイズに覆われて判別できない。背後には、見慣れない機材と、プロジェクト・ホエーラーの標章があった。


 音声が再生される。


 ――観測結果を報告する。地上の異常領域と、南極施設の空間波形が一致した。


 ――この現象は局地的なものではない。地球全体の空間構造に影響している可能性がある。


 映像が乱れる。


 ――管理局への報告は保留する。情報が外部へ漏れた場合、計画そのものが封鎖される恐れがある。


 雄馬は眉を寄せた。


「管理局への報告を保留……なぜだ?」


『記録はそこで途切れています。続きは破損しているようです』


 映像が一瞬だけ鮮明になった。


 画面の隅に、複数の名前が表示されていた。


 その中に、神代雄馬の名前があった。


 そして、その隣には氷室玲奈の名前も。


「……どういうことだ」


『この記録が作成された時点で、あなたと氷室玲奈は同じ探索者グループに所属していました。ただし、二人がこの計画に関与していたことを示す記録はありません』


「俺たちの名前が、勝手に使われた可能性もある」


『はい』


 雄馬は、記録を複製した。


 自分の名前があるからといって、すぐに結論を出すことはできない。だが、六年前の任務と、プロジェクト・ホエーラー、そして地上の異常領域が、どこかでつながっている可能性は高まった。


 彼が追放されたのは、単なる失敗の責任を押しつけられたからではないのかもしれない。


 誰かが、彼の存在を邪魔に思った。


 あるいは、彼が何かを知ることを恐れた。


「ノエル。今の記録を保護してくれ。地上に出たら、俺自身で確認する」


『了解しました』


 雄馬は荷物を背負い、最後の確認を始めた。


 食料は最低限。防寒装備は軽量化。武器の出力は抑制設定に変更。エグザリアの補助機能は、移動中に必要なものだけを残す。


 準備を進めるほど、南極での生活が終わりに近づいていることを実感した。


 ここへ来たとき、彼は何も持っていなかった。


 仲間を失い、信用を失い、国家からも見捨てられた。死ぬまでこの地に閉じ込められるのだと思っていた。


 それが今では、古代兵器を手にし、地上の危機に関わる記録を抱えている。


 だが、力を手に入れたからといって、失った六年間が戻るわけではない。


「……帰ったところで、歓迎されることはないだろうな」


『現在の公的記録では、あなたは重大犯罪者として登録されています。帰還が確認された場合、当局が身柄の確保を試みる可能性があります』


「だろうな」


『それでも帰還しますか?』


 雄馬は、背負った荷物のベルトを締め直した。


「俺は、誰かに許してもらうために帰るんじゃない」


 彼は、地上へ向かう転移装置の方向を見た。


「真実を確かめるために帰る。目の前で助けを求める人間がいたら、助けるかどうかは俺が決める。それだけだ」


 ノエルは静かに頭を下げた。


『理解しました』


 雄馬が最後の物資ケースを閉じた瞬間、地図上の観測装置が強く点滅した。


 日本の封鎖都市。


 その地点から、新たな信号が届いていた。


 今度は、音声ではない。


 古代施設と同じ形式の認証信号だった。


 ノエルの表情が、わずかに変化した。


『雄馬。観測装置の最後の稼働記録が更新されました』


「何があった?」


『現在の地上から、こちらへ接続要求が送信されています』


「誰が送っている?」


『発信者は特定できません。ただし、信号の中に、あなたの識別コードが含まれています』


 雄馬は記録媒体を握りしめた。


 地上の誰かが、自分の帰還を知っているのか。


 それとも、あの模倣する声が、再びこちらへ手を伸ばしてきたのか。


 答えは、封鎖都市にある。


 雄馬は荷物を持ち上げた。


「行こう、ノエル」


 南極での最後の補給は終わった。


 残るのは、門を開くことだけだった。


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