第23話 兵器を使う代償
移動装置の起動準備には、想定以上の時間がかかっていた。
エグザリア・ヴォイドの最下層。巨大な円形空間の中央に、黒い環状装置が浮かんでいる。周囲には複数の制御柱が立ち並び、床面には古代文字に似た光の紋様が走っていた。
地上と南極をつなぐ、空間転移装置。
それが正常に稼働すれば、雄馬は南極を離れ、日本のどこかへ移動できる。
ただし、問題があった。
『移動装置の起動には、エグザリアのエネルギーを大量に消費します』
ノエルが装置の構造図を投影した。
「どの程度だ」
『現在の蓄積量の約四割です。さらに、起動中は施設の防衛機能と封印システムへの供給が制限されます』
「四割……」
雄馬は図面を見つめた。
先ほどのガーディアン・ゼロとの戦闘で、施設の一部はすでに停止している。そこへ移動装置を起動すれば、残された機能もさらに弱まる。
「地上へ戻った後、ここはどうなる?」
『起動時間と出力によります。最悪の場合、エグザリア・ヴォイドの一部区画が完全に停止します』
「封印システムにも影響するのか」
『はい。エグザリアは兵器であると同時に、施設全体の制御中枢でもあります。戦闘に出力を回せば防衛機能が損なわれ、移動に出力を回せば封印維持機能が低下します』
雄馬は小さく息を吐いた。
強力な武器を手に入れたからといって、何もかも自由にできるわけではない。
エグザリアは無限の力を生み出す装置ではない。限られたエネルギーを、何に使うか選択する必要がある。
「地上に戻らず、ここでエネルギーを回復する方法は?」
『施設の外部観測装置を再稼働させ、自然空間から微量のエネルギーを回収する方法があります。ただし、現在の状態では完全回復まで数か月以上かかる見込みです』
「数か月か」
『その間にも、地上の異常領域は拡大する可能性があります』
雄馬は答えなかった。
ここで待てば、施設を守ることはできるかもしれない。だが、地上の人間を救うことはできない。
逆に、今すぐ移動装置を使えば、地上へ戻ることはできる。けれども、この施設を維持するための力を大きく削ることになる。
どちらを選んでも、代償はある。
「……ずいぶん不便な兵器だな」
『設計思想としては、兵器単体ではなく、惑星規模の封印システムとの連携を前提にしているようです』
「つまり、俺一人で使いこなすことを想定していない」
『その可能性は高いです』
雄馬は苦笑した。
古代宇宙文明が何を想定してこの装置を作ったのかは知らない。しかし、少なくとも、追放された男が南極の地下で目覚め、単独で地上へ帰ろうとする状況は考えていなかっただろう。
「ノエル。移動に必要な最低出力を計算してくれ。余分な機能は止めていい。ただし、封印システムの最低限の維持機能は残す」
『計算します。……最低出力での起動は可能です。ただし、転移先を正確に指定することはできません』
「どういう意味だ」
『現在の地上空間は、異常領域の影響で座標が不安定です。通常の座標指定では、移動先が安全な場所になる保証がありません』
「海の中や、建物の壁の中に出る可能性もあるということか」
『理論上は否定できません』
雄馬は頭をかいた。
「ずいぶんと親切な説明をありがとう」
『事実を伝えることが、私の役割です』
「そうだったな」
ノエルの表情は変わらない。だが、雄馬は彼女が冗談を理解していないわけではないことを、少しずつ知り始めていた。
彼はエグザリアの制御画面に手を伸ばした。
黒い装甲が腕を覆い、手首の内側に青白い光が走る。起動状態のエグザリアが、装置と接続を開始した。
瞬間、足元の紋様が明るくなった。
環状装置の中心に、暗い空間が生まれる。
同時に、雄馬の視界に警告が浮かんだ。
――エネルギー供給率、低下。
――防衛機構、待機状態へ移行。
――封印維持出力、縮小。
「まだ出力を上げていないぞ」
『接続だけで、想定以上のエネルギーが消費されています。外部からの干渉が残存している可能性があります』
雄馬はすぐに接続を切った。
環状装置の光が弱まり、空間の歪みが消える。
「さっきの信号か?」
『関連は不明です。しかし、移動装置が外部空間へ接続しようとした瞬間、未知の信号が活性化しました』
「向こうも、この装置を利用できる?」
『可能性があります。接続を維持した場合、こちらが移動するだけでなく、外部から何かが侵入する危険があります』
雄馬は、装置の中央を睨んだ。
地上へ帰るために必要な門。それが、敵を招き入れる入口にもなり得る。
「安全に接続する方法はないのか」
『あります。ただし、エグザリアの出力を一時的に引き上げ、外部からの干渉を排除する必要があります』
「それをやれば、施設への負担が増える」
『はい。防衛機構の一部と、複数の観測区画が停止する可能性があります』
雄馬はしばらく黙っていた。
選択肢は二つ。
危険を承知で出力を上げ、地上へ戻る道を開くか。あるいは、施設の機能を守るために、ここで足を止めるか。
だが、もうひとつの可能性もある。
「ノエル。移動装置とエグザリアの接続を分離できるか?」
『通常の構造では不可能です。しかし、位相装甲を介して出力を限定すれば、接続範囲を制御できる可能性があります』
「試す価値はある」
『危険を伴います』
「危険がない方法を探している時間はない」
雄馬は装甲を展開した腕を、環状装置の制御柱へ向けた。
黒い装甲の表面を、青白い光が走る。
エグザリアの出力がゆっくりと上昇し、環状装置の外縁に光の輪が形成された。今度は、先ほどのように空間全体が歪むことはない。
光の輪は安定している。
だが、その代わりに、施設の別区画から警告音が響き始めた。
『封印維持出力が低下しています。これ以上の出力上昇は推奨できません』
「ここまでか」
雄馬は接続を解除した。
装置の光が消え、周囲の空気が静けさを取り戻す。
完全な成功ではない。しかし、突破口は見えた。
エグザリアの出力を限定し、外部からの干渉を遮断しながら移動装置を起動する。その方法なら、施設への負担を最小限に抑えられるかもしれない。
「次は、地上の座標を絞る。正確な場所を指定できなくても、危険な場所を避けることはできるはずだ」
『地上観測記録を再解析します』
ノエルが新しい画面を開いた。
そこには、南極以外の場所に設置された古代の観測装置が表示されていた。大半は停止しているが、いくつかの装置には、微弱な反応が残っている。
その一つが、日本列島の中央部で点滅していた。
『地上の観測装置から、断続的な応答を確認しました』
「場所は?」
『日本国内です。ただし、周辺は異常領域に覆われています』
「そこを経由しないと移動できないのか」
『現状では、その可能性が高いです』
雄馬は、点滅する光を見つめた。
帰還への道は、見つかった。
だが、その道は安全な道ではなかった。
そして、エグザリアを使うたびに、彼は何かを失うことになる。
それでも、進むしかない。
雄馬は制御画面を閉じた。
「ノエル。移動装置を再調整してくれ。次は、確実に門を開く」
『了解しました。ただし、地上の異常領域を経由する必要があります』
ノエルの声が、静かな施設に響いた。
雄馬は、その言葉を聞きながら、黒い環状装置を見上げた。
門の向こうに何が待っているのか。
それを知るためにも、彼は進まなければならなかった。




