第22話 模倣された声
警告表示が点滅していた。
エグザリア・ヴォイドの通信管制室。雄馬は、中央卓に投影された波形を見つめていた。
信号は断続的に届いている。一定の間隔で繰り返される短いパルス。その間には、音声らしき波形が混じっていた。
しかし、地上の通信規格には一致しない。
「ノエル。音声を分離できるか」
『試行します。受信信号には複数の層が存在します。人類の通信方式に似せた外層と、既存の規格に該当しない内層です』
「似せた、というのは?」
『意図的に模倣された可能性がある、という意味です』
雄馬は眉をひそめた。
自然に発生したノイズではない。誰か、あるいは何かが、人間の通信を真似ている。
ノエルが操作すると、音声の断片が再生された。
――こちら、調査班。応答を求む。
ひどく歪んだ声だった。男性とも女性とも判別できない。雑音の奥から、言葉だけが無理やり引き出されているような響きがある。
――繰り返す。こちら、調査班。応答を求む。
「地上の救難通信を録音したものか?」
『照合中です。既知の救難信号との一致率は低いです。ただし、声の周波数と抑揚には、過去に記録された複数の人物の特徴が混在しています』
「複数?」
『はい。単一の話者としては不自然です』
雄馬は再生を止めた。
嫌な感覚が背中を這い上がってくる。
声を模倣する存在。地上の通信を真似て、こちらに何かを伝えようとしている。
あるいは、こちらを誘い出そうとしている。
「発信源を特定できるか」
『通常の通信解析では不可能です。しかし、信号の位相を逆算すれば、空間的な方向を推定できる可能性があります』
「やってくれ」
ノエルの周囲に幾何学的な図形が広がった。
信号の波形が、施設の観測データと重ね合わされていく。複数の曲線が交差し、やがて一本の軌道へ収束した。
その先に浮かび上がったのは、地球の表面ではなかった。
地球を包む空間の外側。
少なくとも、通常の衛星通信や深宇宙通信で想定される位置ではない。
「……地球の外から届いているのか」
『正確には、通常の空間座標だけでは位置を定義できません。信号は、地球の空間構造に重なる別の位相から侵入しているようです』
「異常領域と同じ仕組みか?」
『関連している可能性があります』
雄馬は、先ほどの黒い空と巨大な影を思い出した。
ミツケタ。
あれが単なる幻聴ではなかったとしたら。
「もう一度、音声を再生してくれ」
ノエルが信号を処理し、音声を再構成した。
――こちら、調査班。応答を求む。
同じ言葉が繰り返される。
だが、三度目の再生で、雄馬は異変に気づいた。
最初の音声では、声の最後に短い雑音があった。二度目では、その雑音が少し長くなっている。そして三度目では、雑音の後に、微かな呼吸音が加わっていた。
まるで、聞かれるたびに信号が変化しているようだった。
「止めろ」
音声が途切れる。
「今の信号、再生するたびに変わっていないか?」
『確認します』
ノエルが三つの波形を並べた。
雄馬の指摘どおりだった。音声の一部が、再生するたびに変化している。しかも、その変化はランダムではない。
こちらが解析した情報を、信号の側が取り込んでいる。
『……異常な現象です』
「解析したこと自体を、向こうが学習しているのか」
『その可能性があります。こちらの応答を観測し、模倣精度を高めているように見えます』
雄馬は通信端末から一歩離れた。
相手は人間の言葉を真似ているだけではない。こちらの反応を読み取り、次の信号を変えている。
もしこれが知性を持つ存在なら、通信を続けること自体が危険になりかねない。
「通信を遮断しろ。施設の外部回線をすべて切る」
『了解。外部通信経路を遮断します』
壁面の表示が次々に暗くなった。
だが、最後の一つが消える直前、音声が流れた。
――雄馬。
彼の名だった。
雄馬は動きを止めた。
今の声には、はっきりと聞き覚えがあった。
氷室玲奈。
かつて同じ探索班で行動し、彼が最も信頼していた仲間。そして、彼が冤罪を着せられたとき、彼を救うために何もしなかった女。
彼女の声が、通信装置から聞こえていた。
――雄馬、聞こえる?
「……玲奈?」
『雄馬、応答しないでください』
ノエルの声が、鋭く割り込んだ。
『その音声は、氷室玲奈の過去の記録と一致します。しかし、現在の本人が発信した証拠はありません』
音声は続いた。
――ごめんなさい。あのとき、私は何もできなかった。
雄馬の表情が変わった。
その言葉は、六年前に彼が何度も想像した言葉だった。
玲奈はなぜ黙っていたのか。何を知っていたのか。自分を裏切ったのか。それとも、彼女にも何か事情があったのか。
答えを聞きたいと思わなかったと言えば、嘘になる。
だが、今の声は本物ではない。
彼女が本当にそう言ったのかさえ、分からないのだ。
「ノエル。音声を完全に切れ」
『実行します』
通信が途切れた。
静寂が戻る。
雄馬はしばらく、暗くなった端末を見つめていた。
「……人の記憶を使うのか」
『現段階では、過去に記録された音声を利用していると考えられます。あなたの識別コードを含め、地上の通信記録から情報を取得している可能性があります』
「俺の名前を知っていた理由も、それか」
『断定はできません。しかし、あの信号があなた個人を標的としている可能性は否定できません』
雄馬は目を閉じた。
六年前、自分を犯罪者に仕立てた人間たち。
今、地球の外側から通信を送りつけてくる何者か。
両者に関係があるのかは分からない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
地上へ戻れば、過去の人間と向き合わなければならない。そして、そこには人間だけではない何かが待っている。
「俺を呼び戻したいのか。それとも、誘い込もうとしているのか」
『判断できません』
「なら、確かめるしかないな」
雄馬は通信端末から離れ、移動装置の制御室へ向かった。
その背後で、停止したはずの通信端末が一瞬だけ点灯した。
記録されていない音声が、誰もいない管制室に流れる。
――見つけた。
今度の声は、雄馬の声だった。




