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第21話 六年間の空白

 エグザリア・ヴォイドの中枢区画に、静かな警告音が響いていた。


 神代雄馬は、壁面いっぱいに広がる地球の立体映像を見つめていた。青い惑星の表面には、赤い光点が無数に浮かんでいる。異常領域の発生地点だ。


 日本列島だけでも数十か所。ユーラシア大陸の内陸部、北米の沿岸部、南米の山岳地帯、アフリカの一部にも、同じ赤い光が点在していた。


 六年前には、こんな光景はなかった。


 少なくとも、雄馬が知る世界には。


「ノエル。俺が追放された当時の地上記録と、現在の観測データを照合してくれ」


『照合を開始します。地表観測記録、探索者管理局の公開データ、プロジェクト・ホエーラーの保存情報を参照します』


 女性の姿をしたホログラムが、雄馬の横に浮かび上がる。ノエルの輪郭は以前より安定していたが、時折、映像の一部に細かな乱れが走る。先ほどの戦闘で施設の機能が一部停止した影響らしい。


『照合結果を表示します』


 空中に三つの時間軸が現れた。


 六年前。四年前。そして現在。


六年前の地球には、異常領域の記録がほとんど存在しなかった。発生したとしても、局地的な空間異常や原因不明の事故として処理されている。


ところが、五年前を境に状況が変わっていた。


異常領域の発生件数が増加。六年前には内部から未知の生物が出現し、五年前には複数の都市が封鎖された。現在では、国家の防衛組織だけでは対処しきれず、探索者クランが各地の防衛線に参加している。


「……五年前から急激に増えたのか」


『はい。ただし、増加の兆候は六年前から確認できます』


「公開記録にはなかったぞ」


『公開記録と保存記録に差異があります。非公開化されたデータだけでなく、数値そのものが変更された痕跡も確認されました』


 雄馬の目が細くなる。


 数字が隠されたのではない。数字そのものが書き換えられている。


「どの組織が記録を変更した?」


『現時点では特定できません。ただし、一部の認証情報は日本探索者管理局と、アルカディア・クランの旧式端末に由来しています』


 アルカディア・クラン。


 かつて雄馬が所属し、命を預けた仲間たちと共に任務をこなしていた組織。そして、彼を犯罪者として切り捨てた組織だ。


 雄馬は腕を組んだ。


「俺が追放された任務の記録も調べろ。あのとき、俺たちが何を発見したのか。誰が報告書を作成し、誰が承認したのか。全部だ」


『該当する記録を検索します』


 画面に、六年前の探索任務の報告書が表示された。


 任務名は、北部異常地帯・第七次調査。


 雄馬たちは異常領域内部で消息を絶った探索者の捜索と、未知の装置の回収を命じられていた。作戦中、空間が突然崩壊し、仲間の一人が死亡。雄馬は残った隊員を救うために撤退を選択した。


 その後、彼は機密情報を持ち出し、仲間を殺害しようとしたという罪を着せられた。


 だが、今表示されている報告書には、彼が提出した覚えのない記述があった。


 ――神代雄馬は回収対象への単独接触を試みた。


 ――隊員への指示を無視し、独断で装置を起動した。


 ――異常領域の拡大を招いた可能性が高い。


「こんな文章は書いていない」


『報告書の作成日時と承認日時に矛盾があります。本文の一部は、正式な提出後に追加された可能性があります』


「可能性じゃない。追加した人間がいる」


 雄馬の声は低かった。


 怒りが消えたわけではない。だが、怒りだけで動けば、また相手の思うつぼになる。


 必要なのは証拠だ。


 誰が記録を書き換えたのか。何を隠そうとしたのか。そして、なぜ自分が選ばれたのか。


『追加部分の署名情報は破損しています。ただし、変更前のデータ断片が施設内に残っている可能性があります』


「探せるか?」


『エグザリア・ヴォイドの旧式観測網を再起動すれば、地上に残された記録との照合が可能です。ただし、現在の施設出力では全機能を稼働できません』


「つまり、今すぐ全部は調べられないということか」


『はい』


 雄馬は地球の映像を見上げた。


 自分を陥れた人間を追うだけなら、ここで記録の復旧に専念する選択肢もある。だが、異常領域は今も広がり続けている。地上で助けを求めている者がいるのなら、何もせずにいることはできなかった。


 それに、南極に残されたままでは、証拠を手に入れても公表する手段がない。


「まずは地上へ戻る。記録の復旧は、その後だ」


『了解しました』


 ノエルが新たな画面を展開した。


 そこには、雄馬が南極へ追放された直後の観測記録が映し出されていた。異常領域の発生地点と、古代施設の封印システムが反応した地点。その二つは、驚くほど正確に重なっていた。


「これは……」


『異常領域の発生と、封印システムの出力変動には相関があります。地上で発生している異常は、単なる自然現象ではありません』


「古代施設とつながっている?」


『可能性は高いです。しかし、現段階では因果関係を断定できません』


 雄馬は、赤く染まった日本列島を見た。


 六年前、彼は国家の命令に従い、危険な任務へ向かった。その結果、すべてを失った。


 そして今、同じ国家が、異常領域という新たな脅威に直面している。


 偶然なのか。それとも、あの任務からすべてが始まっていたのか。


「ノエル。地上への移動装置を使える状態にしてくれ」


『準備を進めます。ただし、移動経路の確保には、施設の中枢出力を大きく消費する必要があります』


「構わない。ここで答えを待っていても、何も変わらない」


 雄馬がそう告げた瞬間、地球の映像に一瞬だけ別の光景が混ざった。


 見覚えのない黒い空。


 そこに浮かぶ、巨大な影。


 そして、耳元で囁かれたような声。


 ――ミツケタ。


 雄馬は反射的に振り返った。


 だが、背後には誰もいない。


「今のは何だ?」


『不明です。音声データは検出されていません』


「……そうか」


 聞き間違いか。あるいは、戦闘の疲労による幻聴か。


 そう片づけようとしたとき、ノエルのホログラムが小さく揺らいだ。


『雄馬。念のため、ひとつ警告します』


「何だ」


『地上からの通信に、既知の人類の通信規格では説明できない信号が混在しています』


「異常領域からの信号か?」


『まだ断定できません。しかし、その信号は、こちらの観測に反応しているように見えます』


 雄馬は黙って画面を見つめた。


 地上へ戻ることは、単なる帰還ではない。


 自分を追放した世界へ戻り、隠された真実を暴くこと。そして、世界を覆い始めた異常の正体を確かめることだ。


 彼は拳を握り、ゆっくりと開いた。


「なら、向こうが俺を見ているというのなら、こっちから会いに行く」


 ノエルは答えなかった。


 その代わり、地球の映像の端に新たな警告が表示された。


 ――外部通信、受信開始。


 その信号は、地球のどの観測施設からも発信されていなかった。


 それなのに、信号の中には、雄馬自身の識別コードが含まれていた。


 六年前に抹消されたはずの、彼の古い探索者コードが。

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