第20話 世界はすでに壊れ始めている
ガーディアン・ゼロが停止してから、数分が経過していた。
雄馬は壁にもたれ、呼吸を整えていた。
全身が重い。
位相装甲を限界近くまで展開し、次元刃を連続使用した影響が残っていた。指先には痺れがあり、右腕を動かすたびに鈍い痛みが走る。
「ノエル。俺の身体は大丈夫なのか?」
『生命活動に重大な異常は確認されていません。ただし、筋肉と神経系に過負荷の兆候があります。しばらく能力の使用を控えることを推奨します』
「分かった。少し休ませてくれ」
『了解しました』
雄馬は目を閉じた。
これまで、エグザリアの力を使うたびに、少しずつ感覚が変わってきた。
最初は、装甲と刃を生み出すだけだった。
しかし今は、空間の構造やエネルギーの流れまで、ぼんやりと感じ取れるようになっている。
力が強くなったというより、世界の見え方そのものが変わりつつある。
「ノエル。さっきのガーディアン・ゼロの言葉について、何か分かったか?」
『「解放者」という分類は、通常の管理者候補に対する評価とは異なります。詳細な記録は破損しています』
「管理者じゃなく、解放者か。何を解放するんだ?」
『現時点では特定できません』
「都合の悪い情報は、いつも分からないんだな」
『私の記録領域には欠損が存在します。意図的に隠しているわけではありません』
「分かってる。責めているわけじゃない」
雄馬は目を開いた。
中央区画の壁面には、地球の立体映像が表示されていた。
青い惑星の表面に、無数の赤い光点が浮かんでいる。
異常領域の発生地点だ。
日本列島だけでも数十か所。北米、ヨーロッパ、アジアの内陸部にも同じ光が点在していた。
「これが、今の地球か」
『はい。現在取得できる地表観測情報を統合したものです』
「六年前には、こんなことになっていなかった」
『確認できる記録上、六年前の異常領域の数は現在より大幅に少ない状態でした』
雄馬は地球の映像を見つめた。
自分が追放された六年前。
あの頃も、異常領域は存在していた。探索者たちは危険な場所へ入り、怪物を討伐し、発生源を調査していた。
だが、今のように世界中へ広がってはいなかった。
「この施設が起動したことと、異常領域の増加は関係があるのか?」
『現時点では断定できません。ただし、地表で観測される空間変動の波形と、この施設の外部接続に共通点があります』
「つまり、どこかでつながっている可能性がある」
『はい』
「なら、まず接続先を特定する」
雄馬は身体を起こした。
その瞬間、施設全体が小さく震えた。
壁面の光が明滅し、地球の映像に新しい警告が表示される。
『警告。未登録の外部接続要求を検出』
「またか。今度は何だ?」
『接続要求は、地表側から送信されています。発信源は複数に分散しています』
「地上の人間が、この施設に接続しようとしているのか?」
『可能性はあります。ただし、信号の一部は既知の人類通信規格と一致しません』
雄馬は眉をひそめた。
人間が古代施設を調べているだけなら、まだ理解できる。
だが、信号の一部が人類の通信規格に一致しないというのはどういうことなのか。
「接続を許可したら、何が起きる?」
『予測できません。現在の施設は損傷しており、接続を受け入れた場合、防衛機構や封印システムに影響が及ぶ可能性があります』
「拒否した場合は?」
『接続要求を送信している存在が、別の経路を探す可能性があります』
「どちらにしても面倒か」
『その認識で問題ありません』
雄馬は苦笑した。
地上へ戻るための手掛かりは見つかった。
だが、移動装置を使うには施設の機能を回復させる必要がある。無理に動かせば、残っている防衛機構まで停止しかねない。
それに、地上では何かが起きている。
六年前に自分を捨てた世界は、彼が知らない間に変わってしまったらしい。
「ノエル。地上へ戻る方法を調べろ。ただし、今すぐ移動装置を動かすな」
『了解しました。安全な移送経路を構築するため、地表観測記録と施設の制御記録を照合します』
「それから、外部接続の要求は監視だけにしておけ。こちらから不用意に返事をするな」
『了解しました』
雄馬は地球の映像を見つめた。
赤い光点は、ゆっくりと明滅している。
そのうちの一つが、ほかとは違う周期で光った。
「ノエル。あの地点は何だ?」
『位置を特定します。日本国内の異常領域です』
「日本……」
六年ぶりに戻ることになる国。
自分を犯罪者として記録し、死んだものとして扱っている世界。
そこには、まだ真実を知る者がいるのだろうか。
それとも、すべてが隠蔽されたままなのか。
雄馬は拳を握った。
「帰るぞ。今度は、誰かに許可をもらうためじゃない」
『移送経路の構築には、追加の修復作業が必要です』
「分かっている。まずは、この施設を立て直す」
彼は立ち上がり、中央区画の奥へ向かった。
地上へ戻る道は、まだ開かれていない。
しかし、帰還を妨げている問題は、もはや寒さや孤独だけではなかった。
この施設は、地球のどこかとつながっている。
その接続を通じて、何者かがこちらへ手を伸ばしている。
そして、地上では異常領域が広がり続けている。
世界はすでに壊れ始めていた。
雄馬はまだ知らない。
自分が地上へ戻ることそのものが、封印された何かを動かす引き金になる可能性を。
それでも、彼は歩みを止めなかった。
六年間、生き延びてきた。
今さら、真実から逃げるつもりはなかった。




