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第19話 眠っていた門番

 最初の揺れが収まったあとも、低い振動音は続いていた。


 雄馬は、まだ痺れの残る右腕を押さえながら立ち上がった。


「ノエル。今度は何が起きた?」


「古代施設の最上位防衛機構が起動した可能性があります」


「最上位?」


「通常の侵入者排除を目的とする防衛装置とは異なり、管理者候補の行動を審査する機能を持つ装置と推測されます」


「……また試験か?」


「過去の記録では、そのように分類されています」


「だったら、試験だと分かるように説明してから起動しろ!」


「起動は、私の制御範囲外で発生しました」


 雄馬は顔をしかめた。


 中枢への侵入経路を切断したことで、施設の制御が正常化すると思っていた。


 しかし、どうやら逆だった。


 外部接続が切れたことで、これまで眠っていた何かが動き始めた。


 中枢管理区画の奥で、巨大な扉が開いた。


 その向こうから、黒い金属の塊が姿を現す。


 高さは、十メートルを超えているように見えた。


 人型に近いが、頭部は存在しない。胸部には円形の発光部があり、四本の腕が左右対称に配置されている。脚部は太く、地面を踏みしめるたびに床が震えた。


 表面には古代文字が刻まれ、関節の隙間から青白い光が漏れている。


「ノエル。あれは何だ?」


「最上位防衛機構。識別名称は、ガーディアン・ゼロです」


「ゼロ……」


「現在、あなたを未承認の侵入者として認識しています」


「俺は管理者候補だろう!」


「候補者と正式な管理者は、システム上、異なる存在として扱われます」


「融通が利かないにもほどがある!」


 ガーディアン・ゼロの胸部が光った。


 雄馬が反応するより早く、床から無数の光線が走る。


「避けろ!」


 ノエルの警告と同時に、雄馬は横へ跳んだ。


 光線が床を貫き、黒い金属に穴を開ける。続いて、四本の腕が同時に動いた。


 一本目が拳を振り下ろす。


 二本目が横薙ぎに迫る。


 三本目が逃げ道を塞ぎ、四本目が追撃する。


 連続攻撃を避けきれず、雄馬は壁へ叩きつけられた。


「ぐっ……!」


 背中に衝撃が走る。


 装甲を展開しようとしたが、エグザリアの出力は十分に回復していなかった。


「ノエル、敵の弱点を探せ!」


「解析を開始しています。しかし、対象の防御構造は通常の兵器とは異なります。外殻への攻撃は、ほとんど効果がありません」


「なら、動きを止める方法は?」


「現在、攻撃パターンを解析中です」


「急いでくれ!」


 ガーディアン・ゼロが、再び距離を詰めてくる。


 雄馬は床を転がり、巨大な拳をかわした。


 拳が壁へめり込み、通路の一部が崩れ落ちる。


 正面から戦えば勝ち目はない。


 次元刃を使っても、あの外殻を切断できる保証はなかった。


 ならば、まず攻撃を観察する。


 雄馬は敵から距離を取り、柱の陰へ身を隠した。


 ガーディアン・ゼロは、すぐには追ってこなかった。


 胸部の発光部が明滅し、四本の腕がゆっくりと動く。


 そして、床面に青白い円が広がった。


「……何をするつもりだ?」


「空間固定フィールドを展開しています。一定範囲内の移動と位相変動を制限する機能と推測されます」


「つまり、逃げられなくするってことか」


「はい」


 雄馬が柱から飛び出した瞬間、身体が重くなった。


 足が床に張りついたように動かない。


 ガーディアン・ゼロが腕を振り上げる。


 このままでは、直撃を受ける。


 雄馬は歯を食いしばり、位相装甲を展開した。


 黒い装甲が右腕を覆う。


 その力を使い、床に固定された身体を無理やり動かした。


 拳が、すぐ横の床へ叩きつけられる。


 衝撃で身体が浮き上がった。


 雄馬は転がりながら、敵の胸部を見た。


 発光部が明滅するたび、床の円が強くなる。


 空間固定フィールドは、胸部の装置から発生している。


 そこが弱点かもしれない。


「ノエル。胸部の発光部を狙えば、フィールドを止められるか?」


「可能性があります。ただし、発光部は高密度の防御層に覆われています。通常の攻撃では突破できません」


「なら、通常じゃない攻撃をする」


 雄馬は次元刃を形成した。


 刃は短く、不安定だった。


 それでも、使い方次第では突破口になる。


 彼はガーディアン・ゼロへ向かって走った。


 敵の腕が動く。


 一本目を避け、二本目を跳び越え、三本目の攻撃を装甲で受け流す。


 だが、四本目の腕が迫り、雄馬は後方へ弾き飛ばされた。


 次元刃が消える。


「くそっ……!」


 敵は強い。


 単純な出力だけではなく、攻撃の組み立てが巧妙だった。こちらの逃げ道を塞ぎ、動きを制限し、確実に追い詰めてくる。


 力任せに戦っても、勝てない。


 雄馬は呼吸を整えながら、敵の動きを見つめた。


 四本の腕。


 胸部の発光部。


 床に広がる固定フィールド。


 そして、攻撃の直前に必ず生じる、ごく短い停止。


「……そうか」


 彼は、ノエルへ声をかけた。


「フィールドを展開する直前、敵の腕は一瞬だけ止まる。そうだな?」


「映像解析の結果、その傾向が確認されています」


「なら、その瞬間を狙う」


「攻撃を受ける危険が高いと予測されます」


「分かっている」


 雄馬は、再び敵へ向かった。


 今度は、攻撃を避けることだけに集中しない。


 敵の腕が動く順番を覚える。


 最初の攻撃を誘い、二本目をかわし、三本目の動きを利用して四本目の軌道をずらす。


 何度も床を転がり、装甲を削られながら、少しずつ敵の動きを読んでいく。


 そして、機会が訪れた。


 ガーディアン・ゼロが胸部を光らせ、空間固定フィールドを展開しようとする。


 四本の腕が、一瞬だけ止まった。


「今だ!」


 雄馬は、残っていた出力を次元刃へ集中させた。


 黒い刃が伸びる。


 彼は床を蹴り、敵の懐へ飛び込んだ。


 拳が背後をかすめる。


 空間が重くなる。


 それでも、刃は届いた。


 胸部の防御層へ、黒い光が食い込む。


 ガーディアン・ゼロが激しく震えた。


『防御層、損傷』


『空間固定フィールド、停止』


 床の円が消える。


 雄馬は着地と同時に距離を取った。


 ガーディアン・ゼロの動きが鈍くなっている。


「ノエル、今なら止められるか?」


「胸部の防御層が低下しています。再攻撃によって中枢を停止できる可能性があります」


「よし!」


 雄馬は、最後の力を振り絞った。


 位相装甲を全身へ展開する。


 次元刃が、再び黒い光を放った。


 敵の腕が伸びる。


 雄馬はその下をくぐり、胸部へ踏み込んだ。


「これで終わりだ!」


 次元刃が、中枢の発光部を貫いた。


 ガーディアン・ゼロの全身から光が消えていく。


 四本の腕が垂れ下がり、巨体がゆっくりと膝をついた。


 やがて、轟音とともに床へ倒れた。


 静寂が戻った。


 雄馬は次元刃を消し、その場に座り込んだ。


「……何とか、勝てたな」


「防衛機構の停止を確認しました。戦闘記録を保存します」


「もう二度と、こんな試験はごめんだ」


 そのとき、停止したガーディアン・ゼロの胸部から、青白い光が浮かび上がった。


 音声装置が、最後の力を振り絞るように起動する。


『認証……完了』


 雄馬は顔を上げた。


『対象、神代雄馬』


『判定……管理者候補』


 短い沈黙。


 そして、機械音声が告げた。


『否。管理者ではない』


 雄馬の表情が険しくなる。


『解放者だ』


 その言葉を最後に、ガーディアン・ゼロの光が消えた。


 雄馬は、しばらく倒れた巨体を見つめていた。


「……解放者?」


 ノエルは答えなかった。


 いや、答えられなかったのかもしれない。


 古代施設の最上位防衛機構が、管理者ではないと断じた相手。


 それでも、排除するべき敵ではなく、解放者と呼んだ。


 雄馬は右腕のエグザリアを見下ろした。


 自分は何を解放する存在なのか。


 そして、何から解放するのか。


 その答えを知る前に、施設の警告灯が再び点滅し始めた。

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