第18話 エグザリアの真の力
移送装置の床が、低い音を立てて震えた。
雄馬は装置の中央に立ったまま、視界を覆う光が消えるのを待っていた。
だが、移送は完了しなかった。
『警告。中枢管理系統に異常』
『エネルギー供給経路、過負荷』
『防衛機構、制御不能』
「ノエル、何が起きている?」
「移送装置へのエネルギー供給を開始した直後、中枢管理系統に異常が発生しました。外部接続からの干渉が原因と考えられます」
「接続を切り離すんじゃなかったのか?」
「中枢管理区画へ向かうために、緊急経路を開放しました。その操作により、一時的に制御系統の接続範囲が拡大したものと推測されます」
「それで、侵入されやすくなったってことか!」
「はい。申し訳ありません」
雄馬は歯を食いしばった。
移送装置を動かすため、エグザリアの出力を供給していた。その結果、施設の制御系統が不安定になり、外部からの干渉を受けている。
このまま放置すれば、移送どころではなくなる。
「移送装置を停止しろ!」
「停止命令を送信しています。しかし、中枢側からの応答がありません」
「なら、直接止めに行くしかないな」
「中枢管理区画は、現在、封鎖されています」
「管理者権限は?」
「限定管理権限では、緊急封鎖を解除できません」
雄馬は舌打ちした。
また権限不足だ。
だが、今度ばかりは引き下がれない。施設の中枢が暴走すれば、南極から脱出する道も、地上へ戻るための手掛かりも失われる。
「別の経路は?」
「保守用の空間連絡路が残っています。ただし、現在は安定性が低下しており、通行には危険が伴います」
「そこを案内しろ」
「了解しました」
雄馬は移送装置を離れ、細い通路へ走った。
施設内の照明は、ほとんどが赤く変わっていた。床を走る光の線が不規則に明滅し、壁面の一部は空間の歪みによって波打っている。
通路の先では、黒い金属片が浮かび上がっていた。
重力が乱れているのだ。
雄馬が通路を進むたび、足元の感覚が変わった。右へ傾いたと思えば、次の瞬間には身体が上へ引っ張られる。
「ノエル、現在の空間状態を表示しろ!」
「空間座標の一部が不安定化しています。現在の通路は、通常空間と位相空間の境界に接近しています」
「分かるように説明しろ!」
「足元を踏み外すと、通常の通路へ戻れなくなる可能性があります」
「最初からそう言え!」
雄馬は壁に手をつき、慎重に進んだ。
やがて、巨大な扉が現れた。
扉の向こうから、低い振動音が響いている。中央の黒い紋様は、まるで生き物のように脈打っていた。
「ここが中枢か?」
「はい。エグザリア・ヴォイドの中枢管理区画です」
雄馬が扉へ手を触れると、右腕のエグザリアが反応した。
黒い光が腕を包み込み、扉の紋様へ流れ込む。
ゆっくりと、扉が開いた。
その向こうには、巨大な球体が浮かんでいた。
球体の周囲には、無数の環状構造物が回転している。中心部から伸びた光の線は、施設の各区画へとつながっていた。
その一部が、赤黒く染まっていた。
「これが中枢装置か……」
「中枢制御核です。現在、外部接続からの干渉によって、制御情報の一部が書き換えられています」
「止める方法は?」
「制御核から侵入経路を切り離す必要があります。しかし、現在の状態では通常の切断命令が受け付けられません」
「なら、物理的に切り離す」
「その場合、施設の一部が停止する可能性があります」
「構わない。暴走を止める」
雄馬は中枢へ近づいた。
だが、球体の表面から黒い光が伸び、彼の前に壁を作った。
『管理者権限、照合』
『権限不足』
『制御系統への接触を禁止』
「くそっ……!」
次元刃を呼び出そうとしたが、光はすぐに消えた。
移送装置へ出力を供給した影響で、エグザリアの力が不足している。
このままでは、制御核へ届くことさえできない。
「ノエル。出力を引き上げる方法はないのか?」
「あります。ただし、現在の同期状態では、あなたの身体に大きな負荷がかかります」
「どの程度だ?」
「正確な予測はできません。最悪の場合、意識を失う可能性があります」
「死ぬ可能性は?」
「否定できません」
雄馬は、短く息を吐いた。
南極へ送られたときから、死ぬ可能性は常にあった。
だが、今は違う。
ここで自分が倒れれば、施設の暴走を止められない。地上へ戻る手段も失われる。
そして、通信の向こうで助けを求めている者たちも、救えなくなる。
「ノエル。俺は、ただ生き延びるためにここへ来たわけじゃない」
「……」
「自分の力で選ぶために、ここまで来たんだ。危険なのは分かっている。出力を上げろ」
「了解しました。同期率を段階的に上昇させます」
黒い光が、雄馬の身体を包み込んだ。
位相装甲が肩から胸へ、腕から脚へと展開していく。装甲の表面には青白い線が走り、関節部分から淡い光が漏れた。
視界が鮮明になる。
中枢装置を構成する光の線が、一本一本、明確に見えるようになった。
どの線がエネルギーを供給し、どの線が制御情報を伝達しているのか。
今まで感覚的にしか理解できなかった構造が、頭の中へ直接流れ込んでくる。
「これが……エグザリアの本当の力なのか」
「同期率、上昇。位相装甲の制御精度が改善しています」
雄馬は右手を握った。
次元刃が、これまでにない長さと鋭さを持って形成された。
しかし、彼はすぐに斬りかからなかった。
中枢の構造を見極める。
赤黒く染まった線は、外部接続から伸びている。その線は制御核の中心部へ直接入り込み、施設全体の管理情報を書き換えようとしていた。
切断するべきなのは、球体そのものではない。
外部接続を伝える経路だ。
「ノエル。侵入経路を表示しろ!」
「表示します。対象経路は、中央環状構造の下部に集中しています」
雄馬は目標を定めた。
「一撃で切り離す。切断後、施設のどの区画が停止する?」
「外縁部の防衛設備、保守通路の一部、および移送装置が停止する可能性があります」
「分かった」
雄馬は次元刃を両手で構えた。
刃の周囲で、空間が薄く歪む。
全身に負荷がかかり、視界の端が暗くなった。
それでも、彼は止まらなかった。
「これ以上、好き勝手にさせるか!」
刃が振り下ろされた。
黒い光が中枢を横切る。
一瞬、世界から音が消えた。
次の瞬間、赤黒い接続線が断ち切られた。
制御核の表面を覆っていた異常な光が、次々と消えていく。
『外部接続、切断』
『中枢制御系統、再構築開始』
雄馬は膝をついた。
装甲が薄れ、次元刃が消失する。呼吸は荒く、腕には焼けるような痛みが走っていた。
「……止まったのか?」
「外部接続の切断を確認しました。中枢制御系統は、最低限の機能を維持しています」
「よし……」
安堵したのも束の間だった。
施設の奥から、重い音が響いた。
ゴウン。
まるで巨大な扉が開くような音。
続いて、さらに深い場所から、何かが動く気配が伝わってきた。
「ノエル。今の音は何だ?」
ノエルの表情が、わずかに変化した。
「外部接続の切断によって、休眠状態だった装置の一部が再起動した可能性があります」
「一部って?」
「識別できません。該当区画の記録が封鎖されています」
雄馬は立ち上がろうとした。
そのとき、施設全体が大きく揺れた。
床の向こう側から、巨大な何かが動き出す音が響いた。
まるで、何万年もの眠りから覚めた門番が、侵入者を探しているかのように。




