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第17話 地上から届いた救難信号

 日本国内の異常領域。


 その言葉を聞いてから、雄馬はほとんど眠っていなかった。


 地表接続を通じて得られた映像には、崩壊した都市と、赤黒い光に包まれた異常領域が映っていた。


 しかし、映像の解像度は低く、場所の詳細までは分からない。


「ノエル。接続先の映像を、もう少し鮮明にできないか?」


「現在の接続状態では困難です。外部信号の一部が、施設の防衛系統と干渉しています」


「つまり、向こうから何かを送り込まれないようにするだけで手一杯か」


「はい。接続を安定させるには、中継ノードの修復が必要です」


「修復するまで、地上の情報は手に入らない?」


「限定的な通信なら可能です。音声信号を優先すれば、映像よりも安定した情報を取得できます」


「なら、通信を試せ」


 雄馬が制御端末に手を置く。


 ノエルが通信経路を開いた。


 最初に聞こえてきたのは、激しい雑音だった。


 何かが崩れる音。人間の叫び声。機械の警告音。


 その奥から、かすかな声が聞こえた。


『……こちら、探索者救助班……応答を求む……』


 雄馬は顔を上げた。


「人間の声だ」


「はい。現代日本語の音声信号を確認しました」


『こちら救助班。異常領域内で孤立した。通信機が破損している。誰か、聞こえているなら応答してくれ!』


 通信は途切れ途切れだった。


 それでも、発信者が助けを求めていることは分かった。


 雄馬はマイクへ近づいた。


「こちらは、南極地下施設。そちらの位置を確認したい。識別コードを送れ」


 返事はなかった。


 数秒後、ノイズが大きくなり、別の声が割り込んだ。


『……繰り返す。識別コード、RS―07……救助班、隊員四名……』


 雄馬は、そのコードを聞いた瞬間、表情を変えた。


「RS―07……?」


「コードの形式は、現代の探索者組織で使用されているものと一致しています」


「そんなはずは……」


 雄馬は、かつて所属していたクランの通信記録を思い出した。


 探索者には、個人識別コードと任務識別コードが割り振られていた。


 RS―07は、特定の地域における救助任務を示す形式だった。


 しかし、南極から日本の通信を受信できるはずがない。通常の通信網が寸断されているのなら、なおさらだ。


「ノエル。発信源の座標を割り出せ」


「現在、通信信号の到達時間と接続経路の情報を照合しています」


 画面に日本列島の地図が表示された。


 赤い点が、東北地方の山間部に現れる。


「発信源は、日本国内の異常領域です。座標の誤差は大きいものの、山岳地帯に位置すると推測されます」


「そこに探索者が取り残されているのか」


「通信内容から、その可能性が高いと判断します」


 雄馬は腕を組んだ。


 助けを求めている者たちがいる。


 だが、自分には救助に向かう手段がない。南極の地下に閉じ込められた状態で、遠く離れた日本の探索者を助けることなどできるはずもなかった。


「ノエル。地上へ移動する方法はないのか?」


「施設には、空間移送装置が存在します。ただし、現在は休眠状態にあり、使用には大量のエネルギーが必要です」


「エグザリアの力で動かせるか?」


「可能性はあります。しかし、移送先の空間座標が不安定な場合、到達地点が大きくずれる危険があります」


「危険というのは?」


「目的地へ到達できない、または異常領域の内部へ直接転送される可能性があります」


「……なるほど。失敗したら、南極より厄介な場所に放り込まれるわけか」


「その認識で問題ありません」


「相変わらず、説明が容赦ないな」


 雄馬は、もう一度通信へ耳を傾けた。


『……残りのエネルギーは、あと十分……』


『隊長、こっちの壁が……動いている!』


『落ち着け!まだ出口はある。救助が来るまで持ちこたえろ!』


 その声を聞き、雄馬の胸が重くなった。


 助けが来ると信じている。


 自分たちが見捨てられるはずがないと信じている。


 かつての自分も、そうだった。


 仲間を信じ、組織を信じ、国家の判断を信じていた。


 そして、その信頼は簡単に踏みにじられた。


「……俺が行ったところで、全員を助けられる保証はない」


「そのとおりです」


「だが、何もしなければ、あいつらは死ぬかもしれない」


「その可能性もあります」


 ノエルは、判断を代わりに下さなかった。


 雄馬は息を吐き、拳を握った。


「空間移送装置を起動する。座標の誤差をできる限り小さくしろ」


「了解しました。移送先の特定には、追加の通信情報が必要です」


「通信を続ける。俺が話す」


 雄馬はマイクをつかんだ。


「こちら南極地下施設。救助班、応答しろ。生存者の人数と、周辺の状況を報告しろ!」


 ノイズの向こうで、声が止まった。


 そして、驚いたような返事が返ってきた。


『こちら救助班……聞こえているのか?応答者の所属を確認したい!』


「所属は今は関係ない。生存者の人数を言え!」


『……四名だ。負傷者が二名。出口が崩れて、移動できない』


「異常領域の中心から離れろ。可能なら、金属製の構造物から距離を取れ。空間変動が強まる兆候はあるか?」


『ある!さっきから、通路の形が変わっている。地図が役に立たない!』


 雄馬は目を閉じた。


 空間の形が変わる。


 それは、かつての任務でも経験した現象だった。


 単なる建物の崩壊ではない。空間そのものが不安定になり、通路の位置や距離が変化する。


 異常領域が拡大すれば、内部にいる人間は出口を見失う。


「ノエル。移送装置の準備は?」


「起動準備を開始しました。ただし、エネルギー供給が不足しています」


「何が必要だ?」


「エグザリアの出力を一時的に移送装置へ供給する必要があります。実行した場合、位相装甲と次元刃の使用が制限されます」


「つまり、向こうへ行ったら戦闘能力が落ちるのか」


「はい」


 雄馬は通信端末を見つめた。


 武器を失うわけではない。


 だが、今まで頼ってきた力を十分に使えなくなる。


 その状態で、未知の異常領域へ飛び込むことになる。


 普通なら、選ぶべきではない。


 しかし、雄馬はすでに決めていた。


「構わない。起動しろ」


「了解しました」


 床面に青白い光が走り、移送装置へ向かって集まっていく。


 円形の台座がせり上がり、中央に黒い空間が生まれた。


 そこから、冷たい風が吹き抜けてくる。


 雄馬は装置の中央へ立った。


「ノエル。帰還できる保証はあるか?」


「ありません」


「だろうな」


「ただし、移送先で中継ノードを確保できれば、帰還経路を再構築できる可能性があります」


「十分だ」


 雄馬は、最後に通信端末へ目を向けた。


『……誰か、聞こえているなら……』


「聞こえている。必ずとは言えないが、助けに行く」


 返事が届いたかどうかは分からなかった。


 移送装置の光が強くなる。


 次の瞬間、雄馬の身体が黒い空間へ吸い込まれた。


 視界が反転し、重力の感覚が消える。


 そして、耳元でノエルの声が響いた。


「移送先の識別を完了しました」


「どこだ?」


「日本国内。かつて、あなたが所属していた探索者クランの管轄区域です」


 雄馬は目を見開いた。


「……何だと?」


 ノエルが続ける。


「救難信号の発信者は、あなたを追放したクランの所属者であることが確認されました」


 次の瞬間、移送装置の光が消えた。


 雄馬は、六年ぶりに地上へ戻ろうとしていた。


 だが、そこに待っているのは、懐かしい故郷ではない。


 自分を捨てた者たちと、崩壊し始めた世界だった。

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