第16話 封印を守るか、外へ出るか
警告音が、古代施設の内部に鳴り響いていた。
『未登録接続要求を検出。地表接続経路を確認中』
壁面に浮かぶ地球の立体映像。その南極大陸から伸びた赤い線は、海底を通り、複数の大陸を横断していた。
雄馬は、映像の前に立ったまま動かなかった。
「ノエル。接続先を特定しろ」
「解析を継続しています。現在、地表側から大量のデータが流入しています」
「止められないのか?」
「接続を強制切断することは可能です。ただし、接続経路を維持している装置が、施設の防衛機構と連動しています。強制切断によって制御系統が不安定化する危険があります」
「放置した場合は?」
「未登録接続が防衛機構の制御領域へ侵入する可能性があります。最悪の場合、施設全体が敵性存在として誤認され、全防衛兵器が起動します」
雄馬は顔をしかめた。
「つまり、切っても危険、放置しても危険ってことか」
「その認識で問題ありません」
「選択肢を二つ用意して、どちらも地雷とは。古代人は性格が悪いな」
「記録からは、設計者の性格までは判断できません」
「冗談だよ」
雄馬は地図を拡大した。
赤い線の起点は、南極の地下深くにある中枢施設。そこから伸びた経路は、地表のある一点へ集中していた。
その周囲には、赤い警告マークが複数表示されている。
「地表側にも異常が発生しているのか?」
「はい。接続先周辺で、空間変動の数値が上昇しています。通常の異常領域に見られる反応と類似していますが、規模は小さくありません」
「誰かが、ここに接続しているんじゃない。向こう側で何かが起きて、勝手につながった可能性もあるわけだ」
「その可能性は排除できません」
雄馬は舌打ちした。
六年前の研究記録が頭をよぎる。
古代装置へ接続した人類の研究者たち。制御不能になった実験設備。接続の向こうに何かがいる、と叫んでいた研究員。
同じことが、再び起きているのかもしれない。
「接続を維持したまま、向こう側の情報だけ調べることはできるか?」
「限定的な情報の取得は可能です。ただし、通信経路を開いている限り、施設への干渉を完全に防ぐことはできません」
「なら、先に接続を切る方法を探す。必要なら、俺が現場へ行く」
「接続制御室への移動を推奨します。現在地から約四百メートルです」
「案内してくれ」
雄馬が歩き始めると、ノエルの投影映像が彼の横を移動した。
通路の照明は、以前より明らかに不安定になっていた。青白い光が点滅し、床の一部には薄い霧のようなものが漂っている。
古代施設は、何万年も眠っていたとは思えないほど高度な機能を備えている。
しかし、完全無欠ではない。
長い年月による劣化に加え、人類の研究が装置の一部を損傷させた。そして今、正体不明の接続が内部へ入り込んでいる。
雄馬が管理者権限を得たところで、すべてを元通りにできるわけではなかった。
「ノエル。ひとつ聞いておきたい」
「何でしょうか」
「この施設は、何のために作られた?」
「エグザリア・ヴォイドは、古代文明が構築した大規模空間制御施設です。兵器エグザリアは、その施設の防衛および空間干渉を担う装置の一つと推測されます」
「防衛だけじゃないんだな」
「はい。記録には、空間経路の遮断、異常領域の封鎖、外部干渉の排除に関する機能が確認されています」
「なら、今の接続を切ることもできるはずだ」
「理論上は可能です。ただし、現在のエグザリアは完全な出力を取り戻していません」
「結局、力不足か」
「その認識で問題ありません」
接続制御室に到着すると、巨大な円形装置が目に入った。
壁一面に広がる制御盤の中央で、黒い球体が浮遊している。その表面には、無数の細い光が走り、赤い接続線が脈打っていた。
雄馬が近づくと、右腕のエグザリアが反応した。
皮膚の下を、冷たい電流のような感覚が走る。
「これが接続の中継装置か?」
「はい。地表接続を維持するための中継ノードです。現在、外部からのデータ流入によって制御負荷が増大しています」
「接続を切るには?」
「中央ノードの制御端末へ管理者権限を接続してください。接続先の情報を取得したうえで、切断命令を実行できます」
雄馬は球体へ手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、視界に大量の情報が流れ込んでくる。
見知らぬ都市。崩れた建物。赤い光に包まれた道路。そして、空間の裂け目から這い出す巨大な影。
映像の一部には、人間の姿もあった。
武器を構える者。逃げ惑う者。倒れた仲間を引きずっている者。
地上は、すでに平穏な世界ではなくなっている。
「……これが、今の地球なのか」
「取得した映像情報は、接続先周辺の観測記録です。現在の地球全域を示すものではありません」
「分かっている。けど、十分だ」
雄馬は制御端末を操作した。
切断命令を入力する。
しかし、画面には赤い警告が表示された。
『切断不能。外部接続が防衛系統へ侵入』
「何だと?」
「接続先からの信号が、防衛システムの制御領域へ入り込んでいます。現在の状態で切断すると、誤作動を誘発する危険があります」
「先に侵入経路を切り離す必要があるのか」
「はい。そのためには、中枢管理区画へのアクセスが必要です」
雄馬は端末を睨んだ。
また、封鎖された区画だ。
だが、今度はただの権限不足ではない。接続を放置すれば、古代施設そのものが暴走する危険がある。
「中枢への経路を開け」
「現在の権限では、すべての封鎖を解除できません。ただし、接続制御室から緊急経路を確保できる可能性があります」
「可能性ばかりだな」
「確実な方法を提示するには、情報が不足しています」
「なら、試してみるしかない」
雄馬は、エグザリアの力を制御端末へ流し込んだ。
黒い球体が激しく振動する。
赤い光が消え、代わりに青白い光が表面を走った。壁面の一部が開き、奥から細い通路が現れる。
『緊急経路を開放』
同時に、施設全体へ新たな警告が響いた。
『防衛機構、起動準備』
『侵入信号、増大』
雄馬は拳を握った。
「急がないと、本当に手遅れになるな」
彼は通路へ足を踏み入れた。
すると、ノエルが突然、声の調子を変えた。
「接続先の特定が完了しました」
「どこだ?」
地球の映像が再び浮かび上がる。
赤い線は北半球へ伸び、島国の輪郭を照らし出した。
その中心に、ひとつの国名が表示される。
「接続先は、日本国内の異常領域です」
雄馬の足が止まった。
日本。
自分を罪人として裁き、南極へ追放した国。
かつて仲間と共に探索し、そしてすべてを失った場所。
その日本で、何かが起きている。
「……そうか。俺を捨てた国が、今度は俺のいる場所に手を伸ばしてきたわけだ」
「接続の発信元が日本政府であるかどうかは、まだ確認できていません」
「分かっている。だが、確かめる価値はある」
雄馬は通路の奥を見据えた。
南極から脱出する手掛かりが、ようやく見つかった。
だが、地上へ戻ることは、過去へ戻ることでもある。
自分を裏切った者たちがいる世界へ。
そして、まだ知らない危機が待つ世界へ。
雄馬は歩き出した。
今度は、誰かの命令に従うためではない。
自分自身の意思で、真実を確かめるために。




