人生最大の罪
俺の恋人、外村茜。
松田さんが襲われたとき、疑念はあった。だが俺はあえて目をそらしていた。
茜は観念したように笑い、俺のほうに向き直った。
「纏先輩には秘密でこっそり守ってあげたかったのになぁ」
「……どういう意味だよ」
「その九六式自動拳銃でずっと戦ってきたんでしょ?」
茜は俺の右手に握られた九六式を見た。
なぜこいつの名前をお前が知っている。
「なんだよ、守るって」
「纏先輩、あたしのこと巻き込まないようにずっと内緒で戦ってきたんですよね? でもそれを知っちゃったから、あたしも纏先輩を守るために戦い始めたんです」
「何を言ってる。桜井は俺の仲間だ、俺の親友だ、ずっとこいつと戦ってきた! それなのになんで殺そうとする!?」
「こいつは、桜井は! 纏先輩を殺そうとしてるんですよ!!」
「なんだと!?」
今まで見たことのない、茜の激昂の表情。
俺は思わず桜井の顔を見上げた。
「そんなわけないだろ!」
桜井は悲痛な叫びを上げた。
「茜、詳しく聞かせろ」
「最初から桜井は纏先輩を殺すために近づいたんですよ。だっておかしいでしょう? こんななんにも不自由してない人間が、友達のいない纏先輩とクラスが同じになったからって2年から急に親友になるなんて」
なんだかひどいことを言われているが、そんなことは今どうでもいい。
俺も桜井が純粋に俺と友達になりたかったわけじゃないことはわかってる。でも茜の言っていることは明らかにおかしい。
桜井が俺を殺してなんのメリットがある。確かにこいつは少しばかりねじが外れてはいるが、俺を殺すなんてありえない。
桜井が俺を憎む理由があるとすれば一つ。茜だ。だが恋敵を殺すほど狂っているわけがない。それに桜井は言った、俺を祝福すると。
「意味のわからないことを言うな!」
「このわからず屋!」
「なんでそう思ったんだよ!」
「だって神崎さんが言ってたもん!!」
「……神崎だと?」
なんでお前の口から神崎の名前が出てくる。
まさか神崎が桜井を排除するため茜に近づき、洗脳したとでも言うのか。
「神崎さんが言ってました。桜井は纏先輩の寝首をかこうとしてると、警察は纏先輩を極秘裏に捕まえて死刑にしようとしてると。だからあたしはそいつらを全員殺す!!」
「なんでそんな妄言を信じる? 常識で考えろよ!」
「纏先輩は神崎さんと会ったことがないからわからないんですよ! 神崎さんが言ってることはどう考えても正しいんです!」
「そんなやつの言うことより俺を信じろ!!」
「信じたいですよっ!! でも纏先輩は騙されてるんですよ……優しいから……!」
茜は涙をこぼした。
「あたしは纏先輩を守る力が欲しくて、田中さんにドーピングしてもらったんです。それが体を蝕むことはわかってる。体がいつまで持つかわからないから、だからあたしは纏先輩に告白したんです」
「誰だよ田中って!?」
「知らないですよ! 神崎さんと一緒にいるなんか気持ち悪い人ですよ! でも神崎さんが言ってたから、田中に任せれば黒木君を守れる力を得られるって!」
「神崎神崎ってうるせえ! 知らないやつのことを信じんじゃねえよ!」
「あたしがそんなバカな女に見えますか!? あたしは纏先輩がいないと生きていけないから、自分の意志で纏先輩を守るんですよ!!」
顔をゆがめ、茜は必死に力説する。
この子は本当に俺のためだけを思って、自らの体すら犠牲にした。
その思いまでは否定できない。行動がいくら間違っていたとしても。
「……わかった、神崎が正しいかどうかは置いておく。君に守られずとも、俺は誰にも殺されねえ。もし桜井や警察が俺を殺そうとしても返り討ちにする」
茜も桜井も黙って俺の言葉を聞いた。
「いいだろ、桜井?」
「……ああ。俺が纏を殺すなんてありえないけどよ。俺はオーバークロッカー様には勝てないしな」
桜井は苦しそうな顔のまま、かすかに口角を上げた。
「だから茜、君が手を汚す必要はないんだ」
俺は茜の目を見据えて言った。
「……わかりました」
茜は憑き物が落ちたように、初めて優しい表情をした。
「ほんとずるいですね、纏先輩。あたしにも背負わせてほしかったのに」
「戦いは男の仕事なんだ。男は女を守らなきゃならない。それくらいやらせろよ」
「ずっとあたしを守ってくださいね、あたしの王子様」
「任せとけ、お姫様」
茜は両手を開き、放たれたナイフは地面に落ちていく。
それを見て桜井は安堵の息を漏らした。
よかった。最悪の事態は回避できた。
桜井、頼みは果たしたぜ。
茜は目を伏せ、薄ら笑いを浮かべた。
待て、なんだその表情は。
「ごめん、嘘」
地面に落ちる寸前、茜はナイフを蹴り上げた。
そして右手でキャッチし、そのまま桜井に突進した。
「死ね!! 桜井!!」
やられた。
桜井は完全に緊張の糸が切れてしまっていた。
その攻撃を受ければ、桜井は確実に死ぬ。
俺は九六式の引き金を引いた。
放たれた.32ACPが茜の背中に直撃した。
ナイフは桜井に届かず、茜はその場に崩れ落ちた。
あまりに時間がなかった。
桜井を守るために、無意識のうちに引き金を引いていた。
……言い訳すんじゃねえ。無意識じゃない。俺は自分の意志で引き金を引いた。
どう考えたって桜井は悪くない、殺させるわけにはいかなかった。悪いのは茜だ。だから俺は茜を撃った。
正義の行為、でありながら許されざる行為。
「ごめん、ごめん……茜……!」
俺はとっさにスマホを取り出した。
救急車は119。救急車は119。あれ、119で合ってるっけ、スマホからかけられるんだっけ。
「それ……やめてください」
茜は俺の携帯を指して言った。
「救急車くらい、呼ばせてくれ……」
「そんなことしたら纏先輩が捕まっちゃうじゃないですか」
「でも、でも!」
「あたしをどこまで悪者にしたいんですか? いいんですよもう、あたしは……」
茜は自らの死期を悟っていた。
俺だってわかってる。
茜を撃ったとき。ガブリエル、金田、偽神崎、アナスタシア。やつらを撃ったときと同じ感触だった。
ナイフだけを狙って撃てなくて何がオーバークロッカーだ。
いや、違う。そもそも茜に九六式の銃口を向けたこと自体が間違っていた。
「……ごめんね、桜井先輩。傷付けて」
桜井は膝をつき、何も言葉を発しなかった。いや、発することができなかった。
俺は茜の小さな肩を抱いた。
この小さな体に大きすぎる罪と代償を背負わせてしまった。なんで気付いてやれなかった。なんで俺は茜を撃った。
「ごめん、茜、ごめん……」
「……纏先輩、そんな顔しないでくださいよ」
茜は右手を上げ、俺の頬を撫でた。弱々しい手つき。
茜の頬に滴が落ちた。
「纏先輩、生きて。それであたしのことを忘れないで……」
「忘れない! 忘れるもんか! だから、死なないでくれ……!」
「纏先輩……好き……」
茜は目を細め、かすれ声で絞り出した。
その言葉からいくばくもなく、茜の手はずり落ちた。
外村茜は死んだ。
俺が殺した。




