堕天使
土曜日。今日は父さんは朝からゴルフ。
となればすることは決まっている。茜を家に呼んだ。
「おはようございます!」
玄関で挨拶代わりのキス。
そしてそのまま素肌に手を這わす。
「って、ちょっと待ってください!」
茜は俺の体を引き離した。
「ここのとこそんなことばっかりじゃないですかぁ」
「したくないのか?」
「したくないことはないですけど……したいですけど! あたし、ふつーのデートがしたいです!」
「悪い悪い、順序が逆になっちまってたな」
街に出た。
バスタから駅ビル、そしてヨドバシ。桜井とぶらつくときも定番の鉄板構成だ。
いつものルートも、茜と一緒というだけでこんなに楽しいなんて。
「お腹すいたー、お昼ご飯にしましょうよ」
「そんな時間か。何食べたい?」
こんなことになるなら予習しておけばよかった。巷の男女はどんな場所でランチを食べてるんだ。イタリアンなんてサイゼしか知らない。いやサイゼ好きだけどさ。
「ラーメン!」
間違いない。俺たちのソウルフードはラーメンだ。
「んじゃどこにするよ。一蘭か? 一風堂か?」
「あたしあそこ行きたいです、ShinShin!」
「ああ、俺めっちゃ好きなんだよShinShin」
かつて桜井と島本さんと行ったところだ。家から近いから一人でもたびたび行っている。
ラーメン屋、頼んだのは俺も茜も煮玉子入りラーメンかため。俺は替え玉1玉だけど茜は3玉も食べた。その小さな体のどこに入ってんだよ。
昼食をすませ、キャナルシティに向かった。風俗街と目の鼻の先という立地だが、こちらから行けば風俗街は目に付かない。
サーティーワンを食べながら噴水を眺める。
「わー綺麗」
「き……君のほうが綺麗だよ」
「なんですかその歯の浮くようなセリフ!? しかもちょっと恥ずかしがってるじゃないですか!」
「……いいだろ別に。それにまんざらでもなさそうじゃないか」
顔を赤くしたままそっぽを向く茜を抱き寄せる。
そして茜の髪に鼻を近づける。
「いい匂い」
「や、やめてください」
「少し髪伸びたか?」
それを聞いて茜は嬉しそうな顔をした。
「えへへ、実は伸ばしてるんですよ」
「おお、ずいぶん雰囲気変わりそうだな」
「ふふ、楽しみにしててくださいよ~」
キャナルも一通り回って、俺はもうへとへとだが茜はまだまだ元気そうだ。
「天神行きましょう! ジュンクで漫画買いたいです」
「おーいいな。バス乗るか?」
「歩いて行きましょうよ」
「えー、めんどくせえ」
「いいじゃないですかぁ、帰りはバスか電車でいいんで」
「わかったよ」
手を繋いで15分ほど歩きようやくジュンク堂にたどり着いた。おのおの目当ての漫画の新刊を買い、あとで貸し借りすることを約束した。
次に入ったのはパルコ、その中の下着ショップ。
「俺はここにいるべきじゃ……」
「いーんですよ、カップルなんだから!」
目線のやり場に困っていると、茜が呼んだ。
「これかわいくないですか?」
茜が指さしたのは、ピンクで面積の小さいレースの下着。確かにかわいらしいが、それ以上にエロい。
「お前がそれ着てるとこ想像するだけでどうにかなりそうだよ」
「もう! でも買っちゃいますけど!」
次の夜が楽しみすぎる。
買い物をすませ、スタバ。二人ともキャラメルフラペチーノを頼んだ。
「茜さん、つかぬことをお伺いしてもよろしいですか」
「はい、なんでしょう?」
「俺のこと、いつから好きだったんだ?」
「ええー、それ言わなくちゃだめですか!?」
無粋なのは承知の上だ。それでも気になってしょうがない。
茜は頬を染めて目を泳がせる。
「……中学に入学して2日目のお昼、お弁当忘れちゃって、財布も持ってきてなくて。廊下で困ってたら纏先輩がチョコチップスナックを分けてくれたんです。覚えてます?」
「覚えてるよ」
「あのときの纏先輩、ほんとに王子様かと思いましたよ! しかも3本もくれたし」
「大げさすぎんだろ。それにチョコチップスナックを分け与える王子様ってしょっぱすぎだろ」
「自分で言うのもなんですけど、あたし結構モテるんですよ。小学生の時点で下心で近づいてくる人はわかってて」
「とんだマセガキだな」
「だから言ったじゃないですかー。でも纏先輩は純粋にあたしのことを助けてくれて。こんな優しくてかっこいい人がいるなんて中学ってすごいなって思ったんです!」
バカ、下心なんてあるに決まってんだろ。かわいい女の子が困ってるところを助けるなんて。
「たぶんそのときにはもう、纏先輩のこと好きになってました」
茜は上目遣いで遠慮がちに笑った。
「ねえ、纏先輩はいつからあたしのこと好きだったんですか?」
「言わねーよ」
「えーずるい! 恥ずかしかったのに!」
茜から目線を外し、キャラメルフラペチーノに口をつける。だが茜はしかめっ面でじっと俺を見てくる。
「……お前と同じときだよ」
「うそ!? 全然そんなそぶり見せなかったじゃないですか?」
「必死にポーカーフェイス装ってたんだよ。今まで見た中で一番かわいい女の子に話しかけたんだ、内心バクバクだったっつーの」
「ほんとですかっ!? 早く言ってくださいよー、3年半も待たなくてよかったのに!」
「お互い様だろうが」
周りの客に見えないように茜を抱き寄せ、キスをした。
「いいじゃねえか、今こうして愛し合えてんだから」
「ふふ、そうですね」
茜を家まで送って帰ってきた。
茜が買った下着を身に着け、俺を誘惑してくるところを想像してしまった。自分を慰めたくなる衝動に駆られたが、俺は必死にこらえた。
不意に桜井からラインが来た。
『たすけて』
その4文字だけでただ事じゃないのはわかる。
続けて送られてきたのは地図情報。
すぐに返信したが、既読はつかない。
組織に襲われているのか。桜井を追い詰めるとすれば大和、もしくはまだ見ぬ神崎しかいないだろう。
桜井から送られてきたのは俺の家からさほど遠くない場所。
俺はヘアピンをつけ九六式をホルスターに入れ、全速力で走った。たどり着いたのは廃墟と化したビル。
階段をかけ上がり開けた場所に出ると、二人の人影があった。
一方は桜井。その体には痛々しい傷が無数に刻まれていた。顔には大量の汗をにじませ、立っているのがやっとのようだった。
もう一方はパーカーのフードを目深にかぶった子供。こちらは対照的に傷ひとつない。
両手に持ったナイフを桜井に振りかざす。
松田さんを襲ったあの子供だ。
150cmほどの小さな体躯に、靴は黒いジャックパーセル。
「やめろっ!!」
俺に気付いた子供は桜井への攻撃を止めた。
俺はそいつが誰だかわかってしまった。
この体格差で桜井がここまで一方的にやられるのはその相手のせい。
だって桜井はそいつを殴れない。
勘違いであってほしい。
名を呼べば、その希望は儚く打ち砕かれる。だが呼ばずにはいられなかった。
「……茜」
子供はパーカーのフードを脱いだ。そして顔を引きつらせて俺を見た。
「……纏先輩」




