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ひみつ図書室の名探偵~本の言葉が教えてくれる、学校のふしぎ事件~  作者: 明石竜


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9/11

第九話 閉じられる、ひみつ図書室

翌朝、しおりたちが登校すると、教室に向かうろうかの途中に見慣れない紙が貼られていた。


【わかば丘小学校 旧準備室区画 夏休み中改修予定】


しおりは足を止めた。

「旧準備室区画って……」

ひなたが、ろうかの奥を見た。

その先にあるのは、ひみつ図書室だった。

紙の下の方には、小さな字で「備品整理」「老朽化部分撤去」と書かれていた。

しおりは、その言葉から目を離せなかった。

撤去。

本の中なら、読み飛ばせない言葉だった。

「ねえ、ページに知らせなきゃ」

ひなたが言った。

けれど、しおりはすぐにうなずけなかった。

ページは、もう知っている気がした。

そして、知っていて何も言わなかった気がした。


 改修工事の話を正式に聞いたのは、朝の会だった。

 朝比奈先生が黒板の前に立って、「学校からお知らせがあります」と言った。

「今年の夏休みに、校舎の一部を改修する予定が決まりました。対象は、北側のろうかから奥の古い区画です」

 しおりは、ぴたりと固まった。

さっき貼り紙で見た言葉が、先生の声になって教室に落ちてきた。

「安全上の問題で、古い準備室が取り壊されることになりました。夏休み前までに、中の物を整理してください、とのことです」

 先生は淡々と話していた。

クラスのほかの子たちは、ふうん、という顔をしていた。自分たちには関係のない話だから。

 しおりだけが、重たいものが胸に落ちてきたような気がした。


 昼休み、ひみつ図書室の引き戸を開けると、だいだい色のカーテンが光をにじませていて、いつもと同じ静けさがあった。でも今日は、その静けさが少し違う色をしていた。

「ページ」

 ページはテーブルの上にいた。いつもより動きが少ない。金色の房が、低い位置で静かにしていた。

「知ってますか、改修工事のこと」

『知っておる』

「この部屋、なくなるかもしれない」

『そうじゃな』

 ひなたが「なんとかならないの?」と言った。

『わしに建物を変える力はない』

「校長先生に頼もう。校長先生は、ここのことを知ってる。ページのことも」

 しおりは提案した。

『頼むのは構わない。ただ』

「ただ?」

『大人には大人の事情というものがある。気持ちだけでは動かせないこともある』

 しおりは分かっていた。でも、何もしないでいることはできなかった。


 放課後、しおりとひなたは校長室をノックした。

 校長先生は二人を見て、何かを察したような顔をした。

「改修工事の件ですね」

「はい。古い準備室を、残せないでしょうか」

 校長先生は少しの間、机の上で手を重ねていた。

「安全の問題がありまして。あの区画は床の一部が傷んでいて、このままでは使えないんです」

「全部取り壊さなくても、補修するだけではだめですか」

「費用の問題もあります。学校全体の予算を考えると、難しい」

 しおりは次の言葉を探した。でも、校長先生の言葉は正しかった。費用のことも、安全のことも、しおりにはどうにもできないことだった。

「あの部屋に、大切なものがあります」

「本のことですか」

「本だけじゃなくて……ページも」

 校長先生は少し目を細めた。

「ページに、また会いましたか」

「はい。先生も、昔会ってたんですよね」

「ええ。懐かしい声でした。あの文字の浮かび方は、変わっていなかった」

「だから、残したいんです」

 校長先生はしばらく黙っていた。それから、「少し考えさせてください」と言った。


「すぐには答えが出せません。でも、あなたたちが大切に思っていることは、分かりました」


 その夜、しおりは布団の中でずっと考えていた。

 ページが消えるかもしれない。本が全部なくなるかもしれない。あのだいだい色のカーテンも、古い木のテーブルも、金色の房も。


 次の日、ひみつ図書室へ行くと、小野寺さんとこはるちゃんと黒瀬くんも来ていた。ひなたが話したらしかった。

「どうするの?」

 小野寺さんはテーブルの前で腕を組んだ。

「校長先生に頼んだけど、すぐには難しいって」

「じゃあ、あきらめるの?」

「あきらめたくない。でも、どうすればいいか分からなくて」

しおりが答える間にも、ひなたは落ち着かない様子で、本棚とテーブルの間を行ったり来たりしていた。

 黒瀬くんがポケットからメモ帳を取り出した。

「新聞に書く? 学校の問題を記事にして、注目を集めるっていう方法がある」

「でも、ひみつ図書室のことが広まったら、ページが困るかもしれない」

黒瀬くんの鉛筆が、紙に触れる直前で止まった。

「それもそうか」

 こはるちゃんが小声で言った。

「ページちゃん、平気そうだったよね、いつも」

 こはるちゃんは、テーブルの端にいるページを見ながら、小声で言った。

「うん。でも、今日は少し」

 しおりはページを見た。ページはテーブルの端で、房を低くしていた。

 しおりはページのそばへ行った。

「ページ、正直に教えてください。怖い?」

 ページはしばらく動かなかった。金色の房が、一度だけ揺れた。

 それから、ゆっくりと文字が浮かんだ。

『怖いという言葉が正しいかどうか分からぬ。ただ』

「ただ?」

『本が消えるのが怖いのではない。ここで泣いた子のことまで、なかったことになるのが怖いのじゃ』

 部屋が静かになった。

 小野寺さんが、小さな声で「ここで泣いた子」と繰り返した。

「昔、この部屋に来ていた子たちのこと?」

しおりは聞いた。

『そうじゃ。学校になじめなくて、声の大きな場所が苦手で、気持ちをうまく言えなくて、ここへ逃げてきた子たちがおった。その子たちが読んだ本が、ここにある。その子たちが残した言葉が、ここにある。それがなくなれば、その子たちがここにいたことも、消えてしまう』

 しおりはページの言葉を、ゆっくり受け取った。

 逃げてきた子たち。しおりも、最初はそうだった。教室の声が多すぎて、図書室へ向かった。ひみつ図書室を見つけたのも、ひなたに引っ張られたからで、でもここが好きになったのは自分のことだった。

「残したい」

 しおりはページに言った。

「なくしたくない。方法を考える」


 その日から、みんなで話し合いを始めた。

 黒瀬くんが過去の卒業文集を調べると言って、学校の図書室の棚から古いファイルを引っ張り出してきた。

こはるちゃんは部屋の様子をスケッチし始めた。

小野寺さんは「どうやって学校に価値を伝えるか」を考えると言った。

ひなたは「とにかく動く」と言って、黒瀬くんの文集調べを手伝った。


 数日かけて、少しずつ分かってきたことがあった。

 ひみつ図書室は、三十年以上前から存在していた。最初は正式な読書室として作られたわけではなく、一人の先生が「静かな場所が必要な子がいる」と思って、古い準備室の鍵を開けておいたのが始まりだったらしい。

 卒業文集の中に、その部屋のことを書いた子が何人もいた。


放課後、一人でいられる場所があった。


そこで本を読んでいるうちに、学校が少し楽になった。


あの部屋がなかったら、もっと辛かったと思う。


という言葉が、それぞれの文章の中にあった。

 こはるちゃんがそれを読んで、「わたしも、そういう場所がほしかった」と小声で言った。

「今はある」

 しおりが言った。

「うん。あるから、よかった」

こはるちゃんは、小さくうなずいた。

 ページのそばで、しおりは文集の言葉をもう一度見た。

 あるから、よかった。

 それが、この部屋のことだった。ずっとあった。だから、誰かの「よかった」が積み重なってきた。その積み重なりが、ページを生んだのかもしれない。

「ページ」

『なんじゃ』

「この部屋は、昔の子たちに必要だった。今も、必要な子がいる」

『そうじゃな』

「それを、校長先生に伝えたい。文集の言葉と、今の気持ちを、ちゃんと形にして」

『どうやって』

「展示会を開く。ここに価値があることを、ちゃんと見せる」

 ページの房が、すっと上に立った。

『……なかなか言える言葉ではないな、それは』

「ひなたちゃんに言われた言葉、借りました」

『突撃係の言葉は、たまによい』

「本人に言ったら、きっと喜びますよ」

『言うでない』

 しおりは少し笑った。

方法はまだ分からない。校長先生が首を縦に振るかどうかも分からない。でも、何かをしなければ、何も変わらない。

 それだけは、はっきりと分かった。

 窓の外には、まだ明るい空が広がっていた。傾きかけた日の光が、だいだい色のカーテンをやわらかく透かしていた。

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