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ひみつ図書室の名探偵~本の言葉が教えてくれる、学校のふしぎ事件~  作者: 明石竜


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8/11

第八話 図書室探偵団、解散?

 六月に入ってすぐの昼休み、ろうかで黒瀬くんとすれ違った。

「図書室探偵団は、今日も活動中?」

 からかうような口調だったけれど、悪意はなかった。最近、しおりにも、そういうことが少しずつ分かるようになってきた。

「探偵団じゃないって言ってるじゃん」

 ひなたが返すと、黒瀬くんは、

「でも、事件を調べてるんでしょ」

 と言って、そのまま歩いていった。


 その翌週の昼休み、小野寺さんがしおりの席までやってきた。

「ねえ。ひみつ図書室、あたしも行っていい?」

 しおりは思わず、ひなたを見た。

「どうして知ってるの?」

「ひなたから聞いた。だめ?」

 となりで、ひなたが頭をかいた。

「ごめん。つい話しちゃって」

 幽霊騒動のあと、小野寺さんとは前より話すようになっていた。でも、ひみつ図書室へ来たいと言われるとは思っていなかった。

 しおりは少し考えてから、うなずいた。

「……いいよ」


 こはるちゃんは、小野寺さんが来ると知って「わたしも行っていいかな」と小声で聞いてきた。

こはるちゃんが自分から何かを申し出るのはめずらしかったから、しおりはすぐにうなずいた。

 黒瀬くんは、誰かに聞いたわけではなく、気づいたらろうかに立っていた。「偶然通りかかった」と言ったけれど、ひみつ図書室があるろうかは行き止まりだから、偶然通りかかれる場所ではない。でも、しおりは何も言わなかった。

 五人になった昼休みは、今までより声が多かった。

 小野寺さんはページを見て「しゃべる文字が出てる! かわいい!」と言った。ページの房がぴんと立った。

黒瀬くんはページを観察しながら「これ、どういう仕組み? インクが自動で動いてるのか?」と言って、ページに『うるさい』と書かれた。

「うるさい、は記録していい?」

『するでない』

「じゃあ、しゃべるしおりは取材拒否、と」

『わしはしおりではない。ページじゃ』

「今のは記録していい?」

『するでないと言うておる』

 ひなたが笑いすぎて、テーブルに手をついた。

 しおりも少し笑った。でも、黒瀬くんのノートを見て、すぐに笑うのをやめた。

 黒瀬くんは、ふざけているようで、きちんと書いていた。

 ひみつ図書室。

 案内役、ページ。

 文字で会話する。

 本棚に古い貸し出しカードあり。

 利用者の記録が残っている可能性。

「そんなことまで書くの?」

 しおりが聞くと、黒瀬くんは顔を上げた。

「あとで必要になるかもしれないから」

「何に?」

「分からない。でも、記録って、必要になってから探すと遅いんだよ」

 しおりは、その言葉を少し不思議な気持ちで聞いた。

 言葉は、言えなかった気持ちを残すことがある。

 でも、黒瀬くんは、なくならないように言葉を残している。

 それは、しおりやページとは少し違うやり方だった。

こはるちゃんはページをじっと見て「ページちゃん」と呼んで、ページに『ちゃん付けするでない』と書かれた。

 にぎやかだった。

 しおりは本棚の前に立って、それを見ていた。


 最初の一週間は、それでよかった。

 でも、二週目に入ったあたりから、しおりはなんとなく居心地が悪くなってきた。

 みんなはページに話しかけたり、古い本を見つけて騒いだりしていた。ひなたはすぐに小野寺さんとも仲良くなって、よく笑っていた。

こはるちゃんも、小野寺さんに「絵、見せて」と言われて嬉しそうにしていた。

黒瀬くんは一人で棚を調べながら、時々メモを取っていた。

 しおりは、どこにいればいいか分からなかった。

 ひなたに話しかければいいだけだ、と分かっている。でも、ひなたが小野寺さんと笑っているところに入っていく方法が分からない。

こはるちゃんは絵の話をしているところだ。

黒瀬くんとは何を話せばいいか分からない。

 本棚の前に立って、背表紙を眺めていると、ページがするりと近くへ来た。

『読書係、顔が暗いぞ』

「……そうですか」

『何か言いたいことがあるなら、言え』

 しおりは少し考えて、「なんでもないです」と言った。

 ページの房が、ゆっくり一度揺れた。


 火曜日の昼休み、ひみつ図書室の机の上に、一枚のカードが置いてあった。

 しおりが最初に気づいた。

 小さな白いカードで、図書室の貸し出しカードと同じくらいの大きさだった。そこに、一言だけ書いてあった。


 もう来ないで


 ひなたが覗き込んで、「え」と言った。

 小野寺さんが「なにこれ、だれが書いたの?」と言った。

 黒瀬くんがすぐに「証拠を調べよう。字の特徴とか、カードの出どころとか」と言った。

 こはるちゃんは何も言わずに、カードを見ていた。

 しおりも、カードを見ていた。

 字は、見覚えがあった。でも、どこで見たか、すぐには思い出せなかった。


「だれが書いたか調べよう」という話になって、意見が分かれた。

 ひなたは「外から来た人かもしれない。昨日、知らない子がここのろうかにいたし」と主張した。

 小野寺さんは首をかしげた。

「でも、どうやってここに入ったの。鍵がかかってたんじゃないの」

 黒瀬くんは「カードの紙質から調べるべき。どこで手に入る紙か分かれば、書いた人に近づける」と自信たっぷりに話した。

 こはるちゃんは少しためらってから、小声でつぶやいた。

「……外から来た人じゃないかも」

「なんで?」

ひなたが聞いた。

「なんとなく」

 その「なんとなく」を、しおりは気にした。こはるちゃんが「なんとなく」と言うとき、たいてい何か見えているものがある。

「こはるちゃん、何か気づいた?」

 しおりが聞くと、こはるちゃんはカードに目を落とした。

「……字が、いつもより大人っぽく見える」

「大人が書いたってこと?」

 ひなたが顔を近づけた。

「分からない。丁寧に書こうとしてるだけかもしれないけど」

 しおりはカードを見つめた。

 この部屋に来ないでほしい人。ひみつ図書室を、自分の大切な場所だと思っている人。

 一人だけ、思い浮かぶ人がいた。

「……月島先輩かもしれない」

「え?」

 ひなたが顔を上げた。

「先輩は図書室が好きで、卒業してここを離れることを気にしてた。知らない人がこの部屋に出入りするのが、嫌だったのかも」

「でも、月島先輩がそんなことする?」

「分からない。でも、こはるちゃんも、いつもより大人っぽい字に見えるって」

 言いながら、しおりの胸の中に、いやなものが残った。

 これは推理なのだろうか。それとも、自分が思っていたことを、先輩も思っていると決めつけているだけなのだろうか。

 

しおりはさっそく確かめに行った。月島先輩は、昼休みは学校の図書室にいることが多い。今日もいた。

「私は書いていません」

 月島先輩は、カードを一度見ただけで答えた。

「この部屋に来ないでほしいとも思っていません」

「でも、先輩は図書室を大切にしていて……」

「大切だから、一人で使いたいとは限りません」

月島先輩はカードをしおりへ返した。

しおりは受け取ろうとして、指先を少し滑らせた。


 しおりは何も言えなくなった。

 その言葉は、自分に向けられたもののように聞こえた。


 その日の帰りの会で、朝比奈先生が明日の持ち物などを伝えたあと、最後に付け加えた。

「それから、みなさんが授業で使っている図工室や家庭科室、それに、普段使われていない空き教室や準備室の整理も、明日の放課後から始めます。使っていない紙や壊れた備品がないか、校務員さんに確認してもらいます」

 しおりは顔を上げた。

 普段使われていない準備室。

 ひみつ図書室も、整理されるかもしれない。

 明日の放課後。

 それまでに、このカードの意味を確かめなければならない。


 帰りの会が終わると、しおりは一人で、ひみつ図書室に向かった。

 ページはテーブルの上にいた。

「カードをだれが書いたか、分かりますか?」

 ページは少しの間、静かにしていた。それから、文字を浮かべた。

『分かっておる』

「教えてください。明日、ここが整理されるんです。カードも捨てられるかもしれない」

『答えを聞くだけでは、また同じ間違いをするぞ』

 しおりは言葉に詰まった。

 月島先輩を疑ったことを言われているのだと分かった。

『読書係は、本当にその字を知らぬのか』

 しおりは、もう一度カードを見た。

 最初から、見覚えがあると思っていた。

 字の形だけではない。文字の間の空け方も、「来」の最後を少し長く払うところも、どこかで何度も見ている。

 しおりは自分のノートを取り出した。授業のメモを書いているページを開き、カードの字と並べた。

 息を止めた。

 同じだった。

 カードに書かれているのは、しおりの字だった。


 思い出した。

 二週間前、まだみんなが来る前の昼休みに、しおりは一人でここにいた。机に座って、本を読んでいた。

 そのとき、少しだけ、このことを書いた。

「みんなが来るのが怖い」とは書けなくて、短い言葉だけ書いた。

それをカードに書いて、本の間にはさもうとした。

でも、うまくはさめなくて、机の上に置いたまま、次の授業のチャイムが鳴ったから忘れてしまった。

 ページが、それを出してきたのだ。

 しおりはページを見た。

『気づいたか、読書係』

「……ひどい」

『ひどくはない。読書係が書いたものは、読書係のものじゃ。向き合う必要がある』

 しおりはイスに座った。

「わたしが書いたって、みんなに言わなきゃいけない?」

『それも、読書係が決めることじゃ』


 翌日、しおりはみんなに話した。

 声が震えた。でも、言わなければいけないと思った。

「カード、わたしが書いてた」

 しばらく、誰も何も言わなかった。

 ひなたが「え」と言った。

「覚えてなかった。二週間前に書いて、そのまま忘れてて、ページが出してきたみたいで」

「どうして書いたの?」

小野寺さんが聞いた。責める声ではなかった。

「……みんなが来るのが怖かったから」

「怖かった?」

「ここが、自分だけの場所じゃなくなる気がして」

 小野寺さんは少し黙った。こはるちゃんも、黒瀬くんも、何も言わなかった。

「ごめんなさい」

「怒ってないよ」

ひなたがすぐに言った。

「でも、そんな気持ちがあったんだね、しおり」

「うん。自分でも気づいてなかったけど」

 ひなたはしばらく考えていた。それから、ぱっと顔を上げた。

「じゃあ、しおりの場所のまま、みんなの場所にもすればいいじゃん」

「え?」

「ここはしおりの場所でしょ。でも、みんなもいていい場所にもなれるじゃん。どっちかじゃなくていい」

 しおりはひなたを見た。

 ひなたは、難しいことを簡単に言う。でも、それが本当のことだと思う。

「……そうかな」

「そうだよ。ね?」

 ひなたは小野寺さんとこはるちゃんを見た。二人ともうなずいた。

黒瀬くんは少し間があってから、「まあ、そういうことでいいんじゃないか」と言った。


 その日の放課後、朝比奈先生が言っていたとおり、整理が始まった。

けれど、今日は図工室だけみたいだった。

ひみつ図書室には、ほかに誰も来なかった。

しおりはページに報告した。

「話してきました」

『そうか』

「ひなたちゃんが、しおりの場所のまま、みんなの場所にもすればいいと言ってくれた」

『なかなか言える言葉ではないな、それは』

「うん。ひなたちゃんって、ああいうとき、ちゃんとした言葉が出てくる」

『突撃係は、動くだけの者ではない。読書係も、少しずつ分かってきたか』

 しおりは少し笑った。

「わたし、ここを独り占めしたかったんだと思う。ここが好きだから」

『それは悪いことではない。好きな場所を好きと思う気持ちに、罪はない。ただ』

「ただ?」

『好きなものは、分かち合うと増えることがある』

 しおりはその言葉を、ゆっくり受け取った。

 本棚が、夕方の光の中でひっそりと並んでいた。一冊一冊の背表紙が、静かにそこにある。本は、一人で読んでも、誰かと読んでも、そこにある。変わらずに。

 しおりは立ち上がって、棚の前に行った。

 本を一冊、そっと引き出した。

 次に誰かが来たとき、いっしょに読みたい本を、探し始めた。


 そのとき、ろうかの向こうで、先生たちの声がした。

「北側の古い区画、そろそろ確認が必要ですね」

「夏休み中に工事が入るかもしれないから」

 しおりは、思わず顔を上げた。

 北側の古い区画。

 それは、このひみつ図書室がある場所だった。

 ページは何も書かなかった。

 ただ、金色の房だけが、静かに揺れていた。


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