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ひみつ図書室の名探偵~本の言葉が教えてくれる、学校のふしぎ事件~  作者: 明石竜


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7/10

第七話 ひなたの転校ノート

 ひなたのノートを見たのは、偶然だった。

 木曜日、三時間目のあとの休み時間に、しおりが図書室から教室に戻ると、ひなたの机の上に一冊のノートが開いたまま置いてあった。ひなたはまだ戻っていなかった。

 しおりは自分の席に座ろうとして、ふと目が止まった。

 ノートのすみに、名前がいくつも書いてあった。岡田さん、中村くん、李さん。その横に、小さな丸や星のしるしがついている。授業のメモではなさそうだった。

 しおりはすぐに目をそらした。

 見てはいけないものを見てしまった、という感じがした。でも、一度見た字は消えなかった。あれは、友だちの名前を書き留めたものかもしれない。たくさんの学校の、たくさんの名前。

 ひなたが転校を繰り返してきたことは知っていた。でも、名前を書き留めているということを、しおりは知らなかった。

 四時間目が終わり、給食の時間が過ぎた。

 昼休みになると、ひなたはいつもなら真っ先に「ひみつ図書室行こう」と言いに来る。けれど今日は、すぐに教室から出ていった。しおりは少ししてから、一人でろうかに出た。

 ひなたは昇降口の近くのベンチに座っていた。足元にランドセルを置いて、中を何度も探していた。

「ひなたちゃん」

 ひなたは顔を上げた。いつもと同じ明るい顔を作ろうとして、でも少し遅かった。

「あ、しおり。ごめん、今日は図書室行けないかも。ちょっと探しものがあって」

「探しもの?」

 ひなたは足元のランドセルをぎゅっと押さえた。

「転校ノート」

「転校ノート?」

「前の学校の友だちのことを書いてるノート。名前とか、好きだったこととか、最後に話したこととか」

 しおりは、机の上に開いていたノートを思い出した。

「机の上にあったノートじゃないの?」

 ひなたの顔が、一瞬固まった。

「見た?」

「少しだけ。名前が書いてあるところだけ。ごめんなさい」

 ひなたは、ランドセルに視線を落とした。

「それは、ただのメモ。転校ノートに書く前に、忘れないように書いてたやつ」

「じゃあ、探してるのは、そのノートじゃないんだ」

「うん。本当の転校ノート。ずっと使ってる方」

 ひなたは少しの間、だまっていた。それから、ベンチの横をぽんと叩いた。

「座っていいよ」

 しおりはとなりに座った。

 ひなたはランドセルを膝の上に置いたまま言った。

「転校、何度もしたんだ。幼稚園の頃から、ほぼ毎年。お父さんの仕事の都合で」

「うん」

「最初の頃は、転校するたびに友だちが増えるって思ってた。新しい学校に行けば、また新しい子に会えるから」

 しおりは何も言わずに聞いていた。

「でも、段々わかってきた。増えるんじゃなくて、置いてくるんだって。また会えるって思っても、だんだん連絡も減って、結局いなくなる。だから書き留めることにしたんだよね。忘れたくないから。でも、書けば書くほど、また増やすのが怖くなって」

「怖い?」

「ここが好きになりすぎたら、また離れるときにつらい。だから、最初からあんまり好きにならなければいいって、どこかで思ってた」

 しおりは、ひなたが毎日明るく笑っているのを思い出した。

初日からクラスになじんで、誰にでも話しかけて、楽しそうにしていた。でもその明るさの裏に、こういう気持ちがあったのか。

「転校ノート、昨日から見当たらなくて」

「どこかに置き忘れたの?」

「かもしれない。でも、ランドセルの中に入れてたはずで」

「それ以外は?」

「……分からない」


 しおりはひなたに「少しだけひみつ図書室に行ってくるね」と言って、その場所に向かった。

ページに話すと、房がゆっくり揺れた。

「ひなたちゃんのノートがなくなったみたいで」

『知っておる』

「どこにあるか、分かりますか」

 ページは少し間を置いてから、文字を浮かべた。

『なくした場所と、なくした理由は、別のことがある』

 しおりはその言葉を繰り返した。なくした場所と、なくした理由は、別のこと。

「つまり……ひなたちゃんは、なくしたくてなくしたかもしれない?」

 ページは何も書かなかった。金色の房が、ゆっくり一度揺れた。

 しおりは、ひなたが話してくれたことを思い出した。好きになりすぎるのが怖い。また離れるときがつらい。だから最初からあんまり好きにならなければいい。

 でも、ひなたはこの学校が好きになっていた。ノートに名前を書き続けていた。それが怖くなって。

「自分で、どこかにしまった。見たくなくて」

 ページはまた、ゆっくり房を揺らした。


 しおりはひなたのところへ戻った。

 ひなたはまだベンチにいた。

「ひなたちゃん、一つだけ聞いてもいいですか」

「なに」

「ノート、本当になくなったの?」

 ひなたは、しおりを見た。

 しばらく黙っていた。それから、小さく笑った。笑いたくて笑ったのではない、という顔だった。

「……ランドセルの一番奥に入れた。見ないようにしようと思って」

「うん」

「でも、見ないようにしたら、なくなった気がして、余計に怖くなって」

 しおりはうなずいた。

「隠したつもりが、本当になくなる方が嫌だった」

「そうだね」

「しおりに分かるの、そういうの」

「少し分かる気がする」

 ひなたはランドセルを見た。

「あたし、また転校するかもしれない。まだ決まってないけど。今までの経験上。だから怖くて」

 しおりは少しの間、どう言えばいいか考えた。大丈夫、と言うことは簡単だ。でも、それは本当のことかどうか分からない。転校するかもしれないことは、大丈夫じゃないかもしれない。

「ひなたちゃんが転校しても、わたしは忘れないよ」

 言ってから、少し恥ずかしくなった。でも、本当のことだから、取り消さなかった。

「わたし、ノートに書くほどちゃんと覚えられるか分からないけど。でも、ひなたちゃんのことは忘れない」

 ひなたは下を向いた。

 しばらく何も言わなかった。

 それから、少し泣きそうな顔で、笑った。

「しおり、またすごいこと言ってる」

 そのあとノートをランドセルから出して、膝の上に置いた。

「捨てるのは嫌だったんだよね、本当は。ただ、見るのが怖かっただけで」

「うん」

「このノート、続けて書いていいかな」

「もちろんだよ」

 ひなたはノートを開いた。一番新しいページに、ゆっくりと書き始めた。

 しおりは横から覗かなかった。でも、ひなたの手が動いているのは見えた。


 放課後、ひみつ図書室でページに報告した。

「ノート、見つかりました。というか、最初からあったんですけど」

『そうじゃな』

「ページは知ってたんですか、最初から」

『知っておった』

「なぜ教えてくれなかったんですか」

『読書係が自分で気づかねば、意味がない』

 しおりは少し考えて、「そうですね」と言った。

ページに答えを教えてもらっていたら、ひなたに聞くことができなかった。聞かなければ、ひなたが話してくれることもなかった。

「ひなたちゃん、またそのうち転校するかもしれないって言ってました」

 ページは少しの間、静かにしていた。

『それでも、今ここにおる』

「うん」

『今ここにおる者のことを、今ここで考えるのが、読書係の仕事じゃ』

 しおりはその言葉を、ゆっくり受け取った。

 先のことを心配するより、今日のひなたが少し楽になったなら、それでいい。それが、今日できたことだった。

 窓の外に、夕方の光が伸びていた。だいだい色のカーテンが、やわらかく揺れていた。



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