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ひみつ図書室の名探偵~本の言葉が教えてくれる、学校のふしぎ事件~  作者: 明石竜


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10/11

第十話 最後のなぞと、白紙の本

 展示会の話をひなたにしたのは、翌朝の登校中だった。

 ひなたは「やろうやろう」とすぐに言った。迷いが一ミリもない返事だった。

「でも、何を展示するの?」

「卒業文集の言葉と、ひみつ図書室の歴史。こはるちゃんのスケッチもあるし、黒瀬くんが調べてくれたこともある。それを並べて、この部屋に価値があることを見せたい」

「いいじゃん。いつやるの」

「夏休み前に。工事が始まる前に、校長先生に見てもらう必要があるから」

「あと三週間くらいか。急がないとね」

 ひなたはそう言って、足を速めた。しおりも並んで歩いた。

 三週間。短いようで、どうにかなる長さかもしれない。やることを一つずつ決めれば、きっと間に合う。しおりはそう思いながらも、胸の中に小さな不安があった。

 展示会を開いたとして、うまく伝わるだろうか。言葉を並べるだけで、校長先生の気持ちは動くだろうか。


 昼休み、みんなでひみつ図書室に集まった。

 黒瀬くんが調べてきた内容をノートにまとめてきた。卒業文集に書かれていた言葉の数、ひみつ図書室が登場する記述、貸し出しカードに残った名前の数。几帳面な字で、きちんと整理されていた。

「三十四年分、見た」

 黒瀬くんは、少し得意そうに言った。

「卒業文集の中に、ひみつ図書室らしい場所のことを書いている人が、少なくとも十七人いる」

「十七人……」

 ひなたが目を丸くした。

 しおりは、黒瀬くんが机に並べたメモを見た。

 卒業文集の言葉。

 返却記録のない本。

 白紙に残っていた筆圧。

 なくした鍵。

 白いリボン。

 ノートの切れはし。

 どれも、最初はばらばらの事件だった。

 でも、今なら分かる気がした。

「……全部、同じなんだ」

 しおりがつぶやくと、ひなたがこちらを見た。

「同じって?」

「物が残っていたんじゃない。言えなかった言葉が、物に残っていたんだと思う」

 しおりは、机の上のメモを一つずつ指でたどった。

「こはるちゃんの作文は、出せなかった夢の言葉。校長先生の本は、昔の約束を忘れたくなかった気持ち。月島先輩の鍵は、図書室から離れたくない気持ち。小野寺さんのリボンは、本が苦手だって言えなかった気持ち。卒業文集は、この部屋に助けられた人たちの記録」

 黒瀬くんが、少しだけ目を細めた。

「つまり、ひみつ図書室は、ただの古い部屋じゃないってこと?」

「うん」

 しおりはうなずいた。

「ここは、言えなかった言葉が残る場所だったんだと思う。白紙にも、本にも、鍵にも、リボンにも、ノートにも。ぜんぶ、誰かの気持ちのしるしだった」

 ページの金色の房が、ゆっくり揺れた。

『ようやく、読めたようじゃな』 

 しおりはページを見た。

「これが、最後の謎だったんですね」

『さてな』

 ページは、いつものように少しだけえらそうに文字を浮かべた。

『名探偵なら、自分でそう決めるがよい』

 ひなたが、にっと笑った。

「じゃあ、しおりが決めよう。これは、ひみつ図書室の最後の謎だって」

 しおりは机の上のメモを見た。

 ばらばらだった言葉が、一本の線になっていく気がした。

 明日、これを展示する。

 ただ古い本を並べるのではない。

 この部屋が、どれだけたくさんの言葉を受け止めてきたのかを、見てもらうのだ。


「少なく数えて十七人だから、実際はもっといるかもしれない。直接名前を出していなくても、『放課後に一人でいられた場所』とか『本の部屋』とか書いてある文章がいくつもある」

 黒瀬くんが、ノートを見ながら付け足した。

 こはるちゃんが手を挙げた。

「スケッチ、もう少し描き足しました」

 こはるちゃんがノートを開くと、部屋の全体図と、本棚の様子と、テーブルの上のページが細かく描かれていた。線が丁寧で、影の付け方が本物みたいだった。

「こはるちゃん、すごい」

ひなたが言った。

「もっと描けます。本の背表紙とか、カーテンとか」

「お願いしていい?」

「うん」

こはるちゃんはそう答えて、少し嬉しそうに下を向いた。

 しおりは黒瀬くんのノートとこはるちゃんのスケッチを見た。

材料は集まってきた。あとは、それをどう並べるかだ。

「展示の中心に、記録ノートを置きたい」

 しおりはみんなに言った。

「この部屋の歴史が全部書いてあるノートが棚にあって、ページが言うには昔からあるものらしい。そこに書かれていることと、黒瀬くんが調べた卒業文集の言葉をつなげたら、ひみつ図書室の歴史がちゃんと見える気がする」

「いい。記録ノートを借りられるか、ページに確認して」

黒瀬くんがすぐに賛成した。

 ページはテーブルの端で聞いていた。

『記録ノートは使ってよい。ただし、丁寧に扱え』

「もちろんです」

 しおりは言った。

「でも、一つだけ変なことがある」

黒瀬くんが、調べてきたノートの端を指で押さえた。

「白河ゆきえ、って名前が出てくる年の文集だけ、図書室のことを書いたページがない」

「ない?」

ひなたが身を乗り出した。

「破れてるの?」

「破れてはいない。目次にはある。でも、そのページだけ抜けてる」

しおりは息をのんだ。

白河ゆきえ。

校長先生の、名前。

そのページがなければ、校長先生にいちばん届けたい言葉が、届けられないかもしれない。

「どこかに落ちたのかな」

 こはるちゃんが不安そうに言った。

「文集って、学校の記録室にあるんだよね。別の箱にまぎれたとか?」

 ひなたが言うと、黒瀬くんは首を横に振った。

「記録室の箱は確認した。少なくとも、同じ年度の箱にはなかった」

「じゃあ、だれかが持っていったってこと?」

 小野寺さんの声が少し低くなった。

 しおりは、文集のページが一枚だけ抜けているところを想像した。

 そこだけ、ぽっかり白く空いている。

 白紙の作文用紙に残っていた「ごめんね」の文字を見つけたときと、少し似ていた。

 なくなった言葉。

 でも、本当に消えたわけではない言葉。

 ページの金色の房が、静かに揺れた。

『抜けた言葉は、読みたかった者のそばに残る』

「読みたかった者のそば……?」

 ひなたが首をかしげた。

「校長先生が持ってるってこと?」

「今の校長先生が持っているなら、たぶん覚えているはず」

 黒瀬くんが言った。

「じゃあ、昔の校長先生が読もうとしていたもののそば、ということかもしれない」

 しおりはゆっくりと言った。

「校長先生が、あのころ何度も借りていた本……」

 こはるちゃんが、はっと顔を上げた。

「童話集?」

 棚の整理をしていたときに見つけた、古い童話集。

 貸し出しカードに、白河ゆきえの名前が何度も残っていた本。

 しおりは本棚の方へ向かった。たしか、あの本は棚の奥の方に戻してある。

 背表紙の金の文字が、夕方の光を受けて、少しだけ光っていた。

 しおりはその本をそっと引き出した。

 ページをめくる。古い紙の匂いがした。

 すると、真ん中あたりのページに、薄い紙が一枚はさまっていた。

「あった」

 声が、自分のものではないみたいに小さく出た。

 それは卒業文集の一ページだった。

 端が少し黄ばんでいて、折り目がついている。でも、文字は読めた。

 題名は、こうだった。

 ――放課後の小さな図書室

 名前のところには、白河ゆきえ、と書いてあった。

 みんなが、しおりの手元をのぞき込んだ。

 しおりは、ゆっくり読み始めた。

 そこには、校長先生が子どものころ、教室でうまく話せなかったこと、でも古い図書室では急いで言葉を出さなくてもよかったことが書かれていた。

 最後の方に、一文があった。


 この部屋が、いつかだれかの逃げ場所ではなく、戻ってこられる場所になりますように。


しおりは、その一文を読み終えて、しばらく何も言えなかった。

 逃げ場所ではなく、戻ってこられる場所。

 それは、今のしおりがひみつ図書室に感じているものと、少し似ていた。

「これ、展示の中心にしよう」

 ひなたが言った。いつもの明るい声だったけれど、少しだけ震えていた。

「うん」

 しおりはうなずいた。

「これを、校長先生に見てもらいたい」

 ページの金色の房が、ゆっくり揺れた。

 文字は出なかった。

 でも、それはまるで、ずっと探していた言葉が戻ってきたことを、こっそり喜んでいるみたいだった。


 記録ノートを棚から取り出したのは、その日の放課後だった。

 古い革の表紙で、中は縦書きの細かい字がびっしり並んでいた。

最初のページには「読書部屋記録」と書いてあった。日付と、来た子の名前と、借りた本の名前と、短い一言が、ずっと続いていた。

 しおりはそっと読み始めた。

 最初の記録は三十五年前だった。

「今日、初めてここへ来た。教室より静かで、息ができた」

次の日も来た子の記録があった。

また別の日に、別の子が来た記録があった。

 読み続けると、だんだん名前が増えていった。一人から二人、二人から五人。雨の日に来た子、発表会の前日に来た子、泣きながら来た子。短い一言が、それぞれに違っていた。

「しおり、どうしたの? ずっと同じページ見てる」

「……読んでた」

「なに書いてあるの?」

「いろんな子が、ここに来てたんだよ。ずっと昔から。みんな、それぞれの理由で」

 ひなたも覗き込んだ。

「ほんとだ。三十年以上前の子が書いたのか」

「ここに来た子は、みんなどこかで生きてるんだよね、今も」

「そうだね」

 しおりはノートをそっと閉じた。

この記録を展示の中心に置けば、ひみつ図書室の意味が伝わる気がした。今の話だけじゃなくて、ずっと続いてきた話として。


 翌日の昼休み、しおりは記録ノートを持ってひみつ図書室へ行った。

 ページのそばに置いて、「展示の中心にしたい」と話そうとした。

 ノートを開いた。

 しおりは、目を疑った。

 白紙だった。

 昨日、びっしりと字が並んでいたページが、まっさらになっていた。次のページも、その次も。全部が白紙だった。

「ページ」

 しおりの声が、少しかすれた。

「ノートの字が消えてる」

 ページは動かなかった。房も揺れなかった。

「ページ?」

 ゆっくりと、文字が浮かんだ。いつもより薄かった。

『知っておる』

「なぜ消えたんですか」

『わしの力が弱まっている。工事が決まってから、少しずつ』

 しおりは、その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。

「ページが弱まると、記録ノートの字も消える?」

『この部屋にあるものは、わしとつながっておる。わしが薄れれば、ともに薄れる』

「じゃあ、このまま工事が進んだら」

 ページは答えなかった。でも、答えなくても分かった。


 ひなたを呼んだ。ひなたは白紙になったノートを見て、「うそ」と言った。

「ページが弱まってるって。工事が決まってから」

「でも、ページは普通にしてたじゃん、今まで」

「普通にしてたんじゃなくて、普通にしようとしてたのかもしれない」

 ひなたはページを見た。

「ページ、大丈夫?」

 ページはしばらく何も書かなかった。それから、薄い文字が浮かんだ。

『大丈夫という言葉は、たいていそうでない者が使う言葉じゃ』

「正直に言って」

『……ここがなくなれば、わしも薄れる。それだけのことじゃ』

「それだけのこと、じゃないよ。ページがいなくなるじゃん」

 ひなたにそう言われたが、ページは何も書かなかった。

 しおりはノートを持ったまま、イスに座った。展示会の中心にしようとしていたものが、白紙になってしまった。字が消えたノートは、展示に使えない。

 でも、字が消えたという事実は、ある。

 しおりはそこで、少し立ち止まった。

 これまでの事件を、頭の中でたどった。

 こはるちゃんの作文。なくしたのではなく、隠していた。でも、気持ちは紙に残っていた。

 月島先輩の鍵。卒業を考えていた気持ちが、手の動きに出ていた。

 小野寺さんの白いリボン。本が苦手だと言えなかった気持ちが、落とし物になって残っていた。

 ひなたのノート。隠したのは、好きになりすぎるのが怖かったから。でも、ノートそのものは消えていなかった。

 全部に共通していたのは、言えなかった気持ちだった。形が見えなくなっても、気持ちはどこかに残っていた。

「ページ」

『なんじゃ』

「記録ノートの字は消えた。でも、わたしたちは昨日読んだ。覚えてる」

 ページは動かなかった。

「展示会に置くべきなのは、消えた字じゃなくて、わたしたちが受け取った気持ちかもしれない」

 ひなたが「どういうこと?」と言った。

「過去の記録をそのまま見せるんじゃなくて、わたしたちが受け取ったものを、わたしたちの言葉で書く。三十年以上前の子が書いた言葉も、校長先生が残した本も、ひなたちゃんのノートも、こはるちゃんの作文も。全部が、言えなかった気持ちを誰かに届けようとしてた話だった」

 ひなたは少しの間、考えていた。

「つまり、しおりが文章を書くってこと?」

「うん」

「人前で読む?」

 しおりは少しだけ悩んだ。

「……展示会だから、読む場面があるかもしれない」

「大丈夫?」

「分からない。でも、やらないと何も変わらない」

 ひなたはしおりを見た。それから、にっと笑った。

「あたしがとなりにいるから、大丈夫」


 その日の夜、しおりは机に向かった。

 白紙の原稿用紙を前にして、鉛筆を持った。

 何を書けばいいか、しばらく分からなかった。でも、ページの言葉を思い出した。好きなものは、分かち合うと増えることがある。

 しおりは書き始めた。

 うまい文章じゃなくてもいい。誰かに届けばいい。

 これは、ひみつ図書室を守るための文章だけじゃない。

 ここで出会った言葉を、次の誰かに渡すための文章だ。

 タイトルを書いた。


 ひみつ図書室で見つけたもの


 鉛筆が動いた。止まって、また動いた。夜が少し深くなっても、しおりは書き続けた。窓の外に、静かな空があった。

 書いていると、ひみつ図書室のことが頭に浮かんだ。だいだい色のカーテン。古い本の匂い。金色の房が揺れる音。

こはるちゃんが「しおりちゃんが聞いてくれて、うれしかった」と言った声。

月島先輩が「ここが好きなんです」と言ったときの目。

ひなたが「しおりの場所のまま、みんなの場所にもすればいいじゃん」と言ったときの顔。

 全部が、言葉になっていった。

 しおりは書き終えて、鉛筆を置いた。

 うまく書けたかどうかは分からない。でも、書いた。それは確かだった。

 明日、みんなに読んでもらおう。そう思いながら、しおりは電気を消した。

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