第四話 うわさ新聞と、白い影
学校新聞が貼り出されたのは、ある木曜日の朝だった。
昇降口の掲示板に、真新しい紙が画びょうで留められていた。しおりはいつもそこを素通りするのに、その日は人だかりができていたから、自然と足が止まった。
見出しが大きく書いてあった。
【緊急取材】使われていない教室付近で白い影?
「えっ」
しおりは思わず声を出した。となりにいたひなたも「えっ」と言った。
記事を読むと、こう書いてあった。
先週の夕方、図書室に残って本を読んでいた六年生が、ろうかの向こうで白い影が動くのを見た。音もなく、すうっと消えたという。
場所は、古い準備室のあるろうかのあたり。目撃者は「幽霊かもしれない」と話した。
記事の最後に、署名があった。
五年二組・黒瀬れん
「黒瀬くんだ」
ひなたが少し声を低くして言った。
「また先に動いてる」
「でも、幽霊って……」
しおりは記事を読み返した。
「白い影、というのは、何かの見間違えじゃないかな」
「だよねえ。でも、みんな信じてるじゃん」
まわりの子たちが、「本当に幽霊いるの?」「怖い」「でも見てみたい」と口々に言っている。掲示板の前が、にぎやかになっていた。
しおりは人混みを抜けて、教室へ向かった。
昼休み、ひなたが「調べようよ」と言った。
「黒瀬に先を越されたくないし、それより、ひみつ図書室のことが広まったらまずい」
「そうだね」
ひみつ図書室は、白い影が目撃された、ろうかの突き当たりにある。新聞に書かれた場所とほぼ同じだ。
記事が広まれば、見にくる子が増えるかもしれない。そうなれば、あの引き戸を開けられてしまう可能性がある。
「ページに相談してみる」
ひみつ図書室へ行くと、ページはいつもの棚の端にいた。今日は房がいつもより立っていた。機嫌が悪いときの形だ。
「ページ、新聞の記事、見ましたか」
『知っておる』
「白い影、というのは何ですか」
ページはしばらく動かなかった。それから、文字をゆっくり浮かべた。
『幽霊などおらぬ』
「じゃあ、何が見えたんですか」
『それを探すのが、おぬしたちの仕事じゃ』
ひなたが「もう少しヒントくれてもいいんじゃ」と言った。ページの房がぴんと立った。
「白いもの、って言ったら何があるかな」
ひなたはイスから立ち上がり、部屋の中をぐるっと見回した。
「服? 紙? カーテン?」
そう言って、窓の方を指さす。
「カーテンはだいだい色だから違うよ」
「布全般、かもしれない。リボンとか、ハンカチとか……」
ひなたは、自分の髪のあたりで結ぶまねをした。
ページが動いた。本棚から一冊、するりと取り出す。テーブルに落ちて、開く。
夜に明かりを求める者は、暗がりを怖れているのではなく、読めないでいる何かがあるのだ。
しおりはその一節を読んだ。
「暗がりを怖れているのではなく、読めないでいる何かがある」
夜の学校の図書室に来ていた、ということ。怖いのではなくて、何かを読もうとしていた。
ひなたが首をかしげた。
「図書室に、夜来る理由って何だろう。借りた本を返しにくるとか?」
「夜の開放日は、毎週水曜だよ。昨日は水曜だったから、開放時間内かも」
「じゃあ、普通に来てただけじゃない?」
「でも、白い影ってくらいだから、こっそりしてたんじゃないかな。人に見られたくなかった理由がある」
しおりはそこまで言って、少し考えた。
人に見られたくない理由で、夜の図書室に来る。
白い何かを身につけている。
ろうかで目撃されて、消えるように去った。
「……その人、図書室を使ってたんじゃなくて、図書室の前のろうかにいたのかもしれない」
「何してたんだろ」
「本を探してた、とか」
「こっそり?」
「昼間にやれないことを、夜にやってた」
しおりは落ち着いて言葉を組み立てた。
「図書室にいるのが、誰かに知られたくなかった」
ページの房が、そっと揺れた。
手がかりは、翌日の昼休みに見つかった。
しおりは返す本を持って、図書室へ向かった。
その前のろうかを曲がったとき、向こうから小野寺さんが歩いてくるのが見えた。
小野寺さんは、しおりに気づくと、少しだけ目をそらした。手には本を一冊持っていた。
何も言わずに、早足で教室の方へ戻っていった。
しおりがその背中を見送ってから、図書室の前まで来ると、床に何かが落ちているのに気づいた。小さくて白い。
拾い上げると、リボンだった。白いリボン。髪に使う、細めのやつだ。
「落とし物か」
しおりは立ち止まって、そのリボンを見た。
さっき、小野寺さんの髪に、いつもの白いリボンがなかったような気がした。
「小野寺さん」
しおりはあわてて小野寺さんを追いかけた。小野寺さんは教室の手前で立ち止まった。
「これ、落としましたか」
しおりがリボンを差し出すと、小野寺さんの表情が、ほんの少し固まった。
「……あたしの」
小野寺さんはリボンを受け取った。
すぐには何も言わなかった。
リボンを手の中でぎゅっとにぎって、それから小さな声で、
「……ありがと」
それだけ言って、教室に入っていった。
しおりは、閉まった教室のドアを見つめた。
ただの落とし物なら、そんな顔をするだろうか。
夜のろうかに白い影。そして、白いリボン。
つながるかもしれない。
そのあと、しおりはひなたにそのことを話した。
「小野寺さんのリボンだったの?」
「うん。返したら、少し変だった」
「変って?」
「ほっとしたみたいな、困ったみたいな顔をしてた。あと、手に本を持ってた」
「本?」
ひなたは少し考えてから、声をひそめた。
「そういえば、聞いたんだけど。朝読のおすすめ本の紹介カード、小野寺さんだけまだ出してないんだって。先生に二回声をかけられてるって、クラスの子が言ってた」
「紹介カード……」
読んだ本の題名と、好きなところを書いて、図書室前に貼り出されるやつ。先週の図書の時間のときに、宿題で出されていた。
しおりは、ページの言葉を思い出した。
夜に明かりを求める者は、暗がりを怖れているのではなく、読めないでいる何かがあるのだ。
「読めないでいる何か、か」
「え?」
「小野寺さん、もしかして、本が苦手なのかな」
ひなたは少し考えて、「あー」と言った。
「紹介カード、まだ出せてないなら、そうかも。でも、小野寺さんってそんな感じしないよね」
「そうじゃない感じを、頑張って出してるのかもしれない」
しおりはこはるちゃんのことを思い出した。将来の夢を隠していたこはるちゃん。見えているものと、本当のこととが、ずれていることがある。
「確かめたい。でも、本人を追い詰めないように」
「うん、しおりが考えた方がいいね、それは」




