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『The Mace and the Frills』〜鉄槌(メイス)を隠した二メートルの侍女(男)を、それでも姫はエルフと呼ぶ〜  作者: ぽむぽむ(potatobomb.pomupomu)


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7話 雪降る書庫の出会い 1

 昨日からの白い雪がウィンザーを閉ざしている。

 太陽は重く分厚い雲に隠れ、その雲は白い小さな氷の結晶をゆらゆらと気まぐれに落としている。

 ウィリアム・ドービニは、北の宮殿の廊下を手持ちの明かりのゆらめくなか、柔らかな床を踏みしめ進む。

 い草とハーブの混ぜられた廊下のブワブワとした感触が、冷たく固いものに変わり、固くのめされた皮の靴の硬質な音が廊下に響いた。

 ウィリアム・ドービニは目の前の石の壁に据え付けられた、天井近くまで高くそびえる大きな扉の前で立ち止まると、口から白い息を吐き出し指に集める。

 かじかんだ指先がフワリと緩む。

 もう一度、口から白い息を吐き出すと、今度は恐る恐るといった雰囲気で、冷たく凍った鉄のリングに触れる。

 美しく黒光りする獅子が二匹彫り込まれ尻尾でつながったリングは、大きなぎょろりとした目を光らせウネウネとしたたてがみを踊らせる獅子が咥えている。


 ──触れるとぱくりと口を開けてそのまま手を飲み込まれやしないか?


 ウィリアム・ドービニはそんな考えが頭をよぎり、この扉の前でいつも尻込みしてしまうのだ。

 口が開かないのを確認しながら、ゆっくりとそのリングを扉に当てると、コンと冷たい音が鳴る。

 ウィリアム・ドービニが2回打ち鳴らそうとリングを上げた瞬間、目の前の小さな覗き扉が横に素早くスライドして、ギョロリとした目が現れた。


「誰だ。」

「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 ウィリアム・ドービニは叫びながら握っていたリングから素早く手をはなすと、その勢いで思わずドシンと尻もちをつく。


「何だ、また来たのか小僧。今度はなにが気になったんだ?」


 大きな扉の中央がくり抜かれたようにパカリと開くと、その潜り戸から、薄く古ぼけたフードを被った老人が顔を出した。


「じじじじ、ジジイぃぃぃ! ま、毎回毎回!」

「がっはっはっはぁ! 毎回毎回おもしろいのぅ。学習せぬお前が悪いわぃ。いい加減慣れろ。そのドアノッカーは噛つきゃせん。」


 老人は扉をそのまま開け放ったまま扉の中へと消えていく。

 ウィリアム・ドービニは歯をぎりぎりと鳴らしながらお尻のハーブをはたくと、ドスドスと足音を立てながら潜り戸をくぐった。

 漆喰の壁を照らすランプは明るく部屋は暖炉の熱であたたかい。

 ぷんと獣の匂いが漂い、先程の尻もちで身体に付着したハーブの香りが余計に心地よく感じ、半年来れなかっただけなのに妙に懐かしく感じた。


「ジジ、いや、あー。……書写室監殿……。ちょっと聞きたいことがある……っす。」

「なんじゃ、気持ちが悪いのぅ。言葉をやっと覚えたと見えるが……。まだまだじゃな。わしゃ、書庫守じゃ。がっはっはっはぁ!」

「うるせぇ! ジジイ。クソ!」

「おい、小僧。そんなことより、お前さんいつものは今日はないのか?」


 枝編み椅子のふかふかの毛皮にすわった書庫守りのジジイは、手をクイクイと動かすと、出せと要求してくる。

 ウィリアム・ドービニはその言葉に待ってましたという表情をすると、手に持っていた袋を見せる。


「おい、ジジイ。今回のはなぁ、超レアものだぜ。ウィンザーに存在は確認されていたものの、姿を見せたことがなかったあの伝説のイノシシの超貴重な干し肉だ。ウィンザーの厨房記録における過去最大級の個体、いわば精霊級のイノシシをあのマティ様の侍女ユードが完璧に制圧したんだぜ。その驚天動地な大きさはその場で解体されて持ち帰られた伝説サイズ。ジジイ、書庫にこもりっぱなしで知らなかっただろ? まぁ俺も実際その場面に居合わせたわけじゃない。俺はなんといってもあのスティーブン様の従騎士として、ウィンザーを離れていたからな。とにかくその超巨大イノシシの肉をウィンザーの厨房の・・・」

「ああぁ。鬱陶しいのぉ、相変わらず。ほれ、御託はいいからその袋の中に入っているのをよこせ。」

「おぃ! 聞けよジジィ! こっからだろ! このウィンザーの厨房のコックが厳選した……。」

「あー。わかったわかった。小僧お前より、わしのほうがウィンザーの厨房は知っとるし、そこで作られる燻製の味も小僧よりも遥かに知っとるわ! よ・こ・せ!」


 椅子から見上げるその眼光に圧されてたじろぎながら、ウィリアム・ドービニは渋々手に持っていた袋を差し出すと、ガバリと奪われる。


「全く。言葉を覚えたての子どもが拙い話をしている様だな。言葉の魔力をちっとも理解しとらん証拠じゃ。真の書記官(カペラヌス)の言葉とは、たった一行で世界を縛る契約にもなりうる。お前のはただの知識の垂れ流しじゃ。」

「……別に俺、書記官にならねぇし。スティーブン殿のような圧倒的な騎士になって戦場で武功をあげてくんだ。」

「ふん。勝手にするが良い。それで、小僧、何か知りたくてここに来たのではなかったか? また熱心に追いかけているアーサーの伝説か?」


 干し肉を食いちぎりると、ジジイは手元の書物に目を落としながら、さも興味なさそうに口をモゴモゴと動かす。


「あ……。アーサーの伝説は……。ちょっと、今なんか、ブリュンヒルダの伝説が気になって。」

「……ほぅ。ブリュンヒルダ……。 北の乙女戦士じゃな。なんじゃ、小僧。小僧らしく昔話でも話してやろうか? がっはっはっはぁ!」

「小僧じゃねぇし。俺はもう騎士だ。」

「ふん。小僧まだ従騎士じゃろうが。随従を付けられるようになってから虚勢を張るんじゃな。では昔話でない、ブリュンヒルダとは何だ? 」


 いつも作業をしながら片手間で話を聞くジジイの手が、珍しく止まっている。

 ウィリアム・ドービニはコクリと頷くと、部屋の端に置いてあった折りたたの椅子を引っ張り出しジジイの側に座ると、テーブルに積まれた羊皮紙をいじりながら、先日のマティの部屋での話を始める。


「先日、東の塔のレディ・マティの部屋で、デービット殿がいらして、その時にブリュンヒルダ話を聞いた・・・っす。それが、戦乙女ブリュンヒルダが持っていたとわれる、魔法の刻まれた北の最果ての地の高貴な武器 というのが、フランクの地、あるいはノルマンディーに眠っているという噂ってのがあるらしくて。ここルーアンにはその戦乙女の物語があるじゃないっすか? なにか記録があるのではないかと思って……来たっす。」

「ぼう。テービット殿か。スコットランド王家の血を引くお方だ。我々よりも北の最果ての話はよく聞くし、文化に触れることもおおいだろうな。」

「そうっすね。チェスというゲームをお持ちになってくださいました。」

「チェスだと? デービット殿がお持ちとなると、あの北のものか! なかなかの美品らしいではないか。そういえば、遥か東のゲルマニアの地に嫁がれたマティルダ皇后も美しい『シャルルマーニュの白き軍勢』というチェスをお持ちだぞ? こちらは南、ローマ帝国で作られたのチェスだ。マティルダ皇后が海の向こうの帝国からお持ちになったその宝物は……噂ではな、それは異国の巨大な象の牙を削り出した重密な彫刻で、数百年の歳月を経て、まるで熟成した昏い蜂蜜のような妖しい艶を放っておるという。天蓋に座す王妃《クイーン》の冷徹な眼差しや、戦車の車輪の一筋にいたるまで、完璧な秩序が封じ込められている……。」


 いつになく身を乗り出して熱く語っていたジジイが気まずそうな顔で顎髭をなでると、毛皮の背もたれに身を預け干し肉をパクリと口に咥えた。


「と、昔ウェルトミンスターに来た旅の修道士が、酒の席で熱っぽく語っておったわ。」

「……へぇ。聞いた話にしては、随分と詳細っすね。その修道士、よっぽど目が良くて、よっぽど話が上手かったんだなぁ。」


 ウィリアム・ドービニが感心していると、手元にころりと干し肉が転がされる。


「一つやろう。そういえば、お前しっとるか? ブローニャのマチルダ姫が今このウィンザーに来ておるぞ?」

「は??」

「ほれ、お前以前言っておったろぅ。美しき白鳥の乙女、ブローニュのマチルダ姫。『まだ見ぬ追憶の白鳥乙女』であったかの? この度のウィンザーでのクリスマス・コート(宮廷会議)に参加されるとのことで、もうこの城に入っておられるらしいぞ。」

「え?? ちょ、え?? ジジイ、正気か?」


 ウィリアム・ドービニは手元の干し肉を握ったままうろたえる。


「ああ。そういえば、マチルダ姫といえば、あれじゃな、ゲルマニアの地に嫁がれたマティルダ皇后も間に合うならば、とクリスマスはこちらに帰ってくる予定であったな。」


 うろたえたまま、さらなる情報に追加され、思考は停止し、混乱する。


「ちょ、ちょっと、ジジイ、ややこしくなるから、マチルダ様情報追加するの止めてくんない? それでなくても東の塔のレディ・マティルド(マティ)がいるっていうのに! ってか、マチルダ多すぎだろ!」

「知るか。わしが付けたわけじゃないわい。」


 ウィリアム・ドービニは、握りしめていた干し肉をポロリとテーブルに落とすと、次第に熱くなっていく頬と耳に手を当てる。


「え、ていうか、どういうこと? 『まだ見ぬ追憶の白鳥乙女』、あの、マチルダ姫が、このウィンザーに?」


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