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『The Mace and the Frills』〜鉄槌(メイス)を隠した二メートルの侍女(男)を、それでも姫はエルフと呼ぶ〜  作者: ぽむぽむ(potatobomb.pomupomu)


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5話 来客 3 

「やぁ。楽しそうだな、子どもたち。」


 突然の低くよく通る湿った声が部屋に響いた。


 現れたのは、畏まったユードの肩に手を置く無駄のない仕草ひとつで、その場を制圧する威圧感のある男。

格好はラフなシャツの上に煤けた漆黒のクローク(外套)を羽織った軽装ではあるが、絡み合う模様の描かれた留め具は贅沢な純銀のブローチで、ロウソクの光を反射してキラキラと輝いている。

 穏やかそうに微笑む瞳は朝靄の溶ける蒼然な森の青。その深い色とは対象的に、色の抜けた白銀のつややかな長髪は後ろできつく結ばれ、背中に流れるように落ちていく。


「デービットおじ様?! どうやってここに?」


 マティは思わず大きな声を出した。

 このゴーストルーク(東の塔)にはメリアンの紡いだ精霊の【契約】が働いているはずだ。

 事前にその合図(鍵)を授けられたルノーやドービニたちは、条件を満たしているからまっすぐ部屋に辿り着けるが、部外者が一歩でも入れば、階段は薄い霧に包まれ、精霊たちがその五感を狂わせるはずだった。


 ——デイヴィッドおじ様は、その合図を知らないはずだ。

 マティはメリアンの顔を見る。

 メリアンは大きく目をひらいたまま、デービットを凝視している。

 デービットはメリアンの視線に気にする様子はない。強いて言うなら、メリアンは何故かわからないと言いながら、彼を常に警戒しているので、この様な視線を向けられるのには慣れているといったほうが正しいかもしれない。

 デービットはルノーのそばまで来ると、彼の頭に手を置いて、学校の先生の様に笑顔でメリアン以外の一人ひとりの顔を見つめ、最後マティの深く色づいた緑色の瞳をにこやかな表情で覗き込んだ。


「ん? なんのことだい?」


 部屋のハーブの残り香は、 デービットの硬い皮の様なクロークが翻る度に、森の香りへと少しずつ上書きされていく。


「え・・・。えっと。ま、迷わなかったかと・・・。」

「はっはっは。レディ・マティルド。いくらこの塔ができてから初めて来たとはいえ、この城の中で迷ったりなんかはしないよ。知らないかもしれないけれど、私は君たちの2倍ほどは、ここで遊んでいたからね。」


 マティが口を開く前に、恐れを知らない新人従騎士のウィリアム・ドービニが、自分に戯れ付いていたハリーを押しのけてデービットの前に進み出た。


「デービット殿! ぼ、僕は子どもじゃありません! 僕は・・・。」

「ああ。聞いてるよ。君、隨分優秀らしいじゃない。スティーブンも頼もしい騎士を付けたね。」

「ありがとうございます! デービット殿はヘンリー様のクリスマス宮廷に参加されるためにいらしたんですか?」

「ふふ。そうだよ。クリスマス以外でも用事はあるんだど、まぁ、今はそれでいいかな?」


 ニコニコ笑って答えるデービットに、褒められて高揚した顔のドービニは「触ってもいいですか?」と言いながら、デービットのクロークに触れた。


「これ、最新のデザインですよね。カッコいいです。形もいいけど、なによりもこのコーティング。この表面のテカリと硬さから察するに、蝋引きだけじゃない。 ひょっとして北の国、デービット殿の故郷スコットランド独自の防水加工ですか? だとしたらこれは興味深い! 僕初めて見ました!」

「俺もカッコいいと思ったんすよ! デービット殿いつもすっげーカッコいい匂いしますよね! これの匂いかぁ。俺、腹減ってきた!」


 今度はハリーが割り込んできて、無遠慮にデービットのクロークを撫でると、やはりフワリと森の匂いが強くなる。


 ——なるほど。それがデービットが持ち込んだ森の香りの正体か。ルノーが腹が減ると言っていることから、もしかしたらあのウールの細かい目のクロークには、一般的に塗られる防水加工の蜜蝋の蝋引きだけではなく、獣脂も塗ってあるのかもしれない。もしかしたら蜜蝋よりも軽量化も可能・・・。


 ペチン とルノーがハリーの手を叩いて行動を制止させる音で、マティは、思考が服飾へと移行していくを静止させられる。


「申し訳ございません。デービット殿。コイツらたまに殿下がスコットランドの王族であり、王妃様の弟って事忘れちゃうんですよね。遠慮せずに生意気なら殴ってください。」

「はっはっは。今更なにを言うんだよ。兄貴が今はあの国は収めてはいるけど、僕は只の弟だよ。だからこそ、僕は安心してこうしてヘンリー様の膝下で遊び暮らせるんだから。ほら。今年も遊びの達人の叔父さんが、おもちゃをもってきたよ。レディ・マティルド。」


 デービットは、ニコニコと笑いながら、手に持っていた大きな箱をマティのすわる裁縫台に置いた。


「ああ。でももう大人の騎士達は、おもちゃより、このクロークの方が良いかな? 気に入ったなら、今度作らせて持ってくるよ。」


 デービットがそう付け加えると、従騎士ウィリアム・ドービニと準騎士のルノーとハリーは、努めて冷静を装いながら、だが鼻息を荒くして喜んでいる。


「ありがとうございます。デービット殿。俺達騎士にとって、この時期のウィンザーの霧はなかなか曲者ですからね。この、霧の濃さと重さは半端ないですから。このクローク、軽いし水弾きも良さそうですよね。」


 たしかに毎年、デービットがこの時期におもちゃを持って遊びにやってくるのは恒例ではあったが、今年は時期的には少し早い。


 ——クリスマス以外の用事とはなんだったのだろう。そのせいで、自分たちの秘密基地への侵入を許してしまったではないか。


 そんな事を考えながら、マティは両サイドの姉妹の期待の眼差しを一身に受けながら、デービットの持ち込んだ木箱を開ける。

中にはさらに、長方形の木の箱が入っていた。


「なぁに? これ? なんだかマス目状に色が分けて組み込まれているわ? 小物入れかしら?」


 首を傾げながら覗き込んむロージーが呟くと、グウェンが身を乗り出して箱を覗いて催促する。


「マティ様! 早く開けて見せて!」

「グウェン。そう急かすなよ。お前さっきウィルに、おしとやかにしろと注意されたばかりだろ?」

「そうですよ。グウェン様。はしたないですよ。しかし御覧なさい。ロージー様がおっしゃった通り、これは組み木と言われる製法で作られた箱ですね。丁寧な仕事がされていますね。やはり北の国の製品なのでしょうか。あまり見ないですね。」


 周りを取り囲むように箱を覗き込む先程まで騎士だと豪語していたルノー達の顔をみて、マティは思わず吹き出して笑う。


「あっはっは。従騎士殿と、準騎士殿たちは、大人だからおもちゃなんて興味ないのではなかったのか?」


 複雑そうな顔でウィリアム・ドービニとルノーが顔を見合わせるなか、ハリーが焦れたように大きな声を出した。


「マティ様! もうそんなの良いから早くそれ、箱から出して見せてくれよ。」


 穏やかな部屋は笑い声で満ち、マティは急かされながら小箱を取り出してテーブルに置く。

 持ち上げた瞬間、小箱の中でカタカタと小さく、なにかが揺れる音がした。



「何か、入っているな? 開けるぞ?」


 マス目になった箱を開けると、白く硬い素材を彫り込んで作られた人形が入っていた。

 白い人形は手触りは冷たいが、石というよりも、角のような硬質だ。

 テーブルの上に置くと、「コト」と軽い音がした。


「この、冠をかぶったのは、きっと王様よね? 王座に座ってるわ。」

「じゃぁ、この少し小さなのは王妃かしら。」

「これ、僧侶のつもりかもしれないが、帽子を横向きに間違って被っている。正しい被り方は尖った山が2つ見える様に被るのに。この人形を作った人間は、それを知らないで作ったのだろう。 調べればすぐに分かるものを、そういう考証の努力を怠る人間がいるから秩序や契約の乱れが生じたりするんだ。全く。」

「この人の形じゃない同じ型複数のやつに掘られてる模様といい、玉座の背もたれの模様といい、手が込んでるな。・・・なぁ、これに似たゲーム、どこかで見た気がしねぇか?」

「この馬に乗ってるのは、騎士だろ。盾持ってるのは戦士か? なんで盾を噛んでるんだ? 狂ってんのか?」


 マティの周りで口々に感想を述べる面々だが、その中の「戦士」という言葉に、マティは自然と重圧な樫の扉の前に控えるユードに視線が向く。

 大きな背中はピクリと動いたように感じたが、特段の変化は見られない。

 同じ感覚だったのか、長椅子に寝そべるメリアンと視線が合い、互いに首を傾げ合う。

 再び白い人形に視線を戻すと、後ろから、デービットの静かな声が降りてきた。


「これは、チェスというゲームだよ。」


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