4話 来客 2
鎧戸がガタガタと鳴り、隙間風が悲鳴の様に音を立てながら、ロウソクの炎はゆらりと揺れる。
マティに与えられたこの東の塔は、城の兵卒達の間で「ゴーストルーク(幽霊の塔)」と呼ばれているらしい。
夜の見回り中、誤ってマティの塔へと迷い込んだ兵士が迷子になったという噂や、女の霊に誘い込まれた男が気が触れて城から去るなどの噂が囁かれ始め、数年が経つ。
マティはくすっと笑う。
塔に入るための扉にはメリアンが施した術がある。その扉の鍵を解けぬ者は迷いの精霊の餌食となるだけのこと。
そして、女の霊とは、おそらくユードだろう。男がどの様な目に合ったかは、おそらくメイスが知っているのだろうが、気が触れるとは残念なことだと、メリアンと数日間は笑いあった。
その塔の最上階の暖かな部屋では、長椅子で楽しげにマティ達の様子を見ていたメリアンが耳をピクピクとさせながらマティに目配せした。
「マティ。話題のスティーブン様の従騎士が来たわよ。」
マティが隙間風の吹く木戸をそっと押し開けると、塔へと続く道を颯爽と歩く若者の姿があった。
彼は兵士の詰め所の前を、苦々しい顔をしながらわざと大きな足音を立てて通り過ぎてゆく。
監視する必要のない持ち場だからと、兵士達は詰め所に酒を持ち込み飲み交わしているらしいが、それが気に入らないという顔だ。
彼はコートを首元に手繰り寄せながら塔への入口へとやってくると、慣れた様子で周りを見渡し、まるで舞台役者のように大げさにクルリと回ると、片手を高々と上げ、「パチン」と、指を鳴らす。
篝火に照らされたそのフレスコ画にでも書いてくれと言わんばかりのポーズそのままで、10秒ほど。
声を殺して笑うマティの髪が、時空のゆがみを感じてゆらりと揺れるのと同じタイミングで塔の扉はゆっくりと開き、その若者を招き入れた。
鎧戸につかまって笑いをこらえるマティを不思議そうに眺めるメリアンは首をかしげている。
「マティ? なんだか楽しそうね? これでみんな揃ったわ。塔の入口を閉じるわね。」
「うん。ありがとう。」
マティは平静を装いながら裁縫テーブルの前の長椅子に座ると、刺繍箱を持ったグウェンが不安そうな顔をして隣に座った。
「マティ様! スティーブン様の従騎士って、ひょっとして・・・。」
マティを挟んで反対側に座ったロージーはグウェンと互いに目配せをしながら手をマティの膝元に置く。
マティは優しくその2つの温もりの上に自らの手を乗せてクスクスと笑った。
「そうだね。君たちの天敵で、この塔の住人の友人だよ。」
姉妹たちに微笑むその部屋の開け放たれた扉の向こうから「相変わらず暇そうにしているな。」と、そこに立つユードに話しかけるの声がする。
「やぁ。ウィリアム・ドービニ。もう帰ってきたのか? 」
マティのベットで転がっていたルノーが飛び起きながら大きな声を上げると、ウィリアム・ドービニが以前より少し伸びた髪を揺らしながら、少しブカブカのコートを身にまとった姿を表した。
彼はルノーには目もくれず先程の舞台役者の続きの様相でマティの前にひざまずく。
マティは口角が上がるのを精一杯こらえながら、コクリと頷く。
「レディ・マティルド様。半年ぶりです。マティ様に置かれましては、変わらずお美しくおられまして、安心いたしました。」
「えーーー! 見た? ロージー! 見たわよね! おぇ。 キモ! ウィリアム・ドービニが、騎士っぽくなってる!」
グウェンは叫びながら「ひぃぃぃ。」と声を上げ、懸命に笑いをこらえるマティの傍らで、気楽そうなロージーはくすくすと笑っている。
ウィリアム・ドービニは目の前で片眉を盛大に上げて大きなため息を付くと、すっと立ち上がりヤレヤレと言いたげに首を振る。
「ガンドレッド様。その様な俗っぽい言葉を並べなおかつ下品な上に間違えている。ぽいっと言うのは騎士ではない者に使う言葉であってスティーブン様の従騎士である正真正銘の騎士に向かって騎士っぽくなっているとは全くもって嘆かわしい。あなたはもう少し語彙力を高めたほうがよろしいようですね。この様なお姿をお父上のヘンリー王がご覧になられたらなんと仰ることやら。まぁおそらく碌な婚姻話がガンドレッド様の元には舞い込まぬでしょうね。」
「うぐぐ。」
どうもウィリアム・ドービニの中で、今の流行りは騎士、という役者になりきる事のようだ。
そう広くもない部屋をまるで舞台の様にして、身振り手振りをつけて熱弁しながらグウェンを言葉でやり込める姿は見るも耐えない。
吹き出しそうになるのを懸命にこらえるマティの側で、ルノーが声を上げて笑いながらグウェンの頭をガシガシと撫で、ウィリアム・ドービニの肩に親しげにもたれかかり、ついてもいない彼のコートの汚れを落とし、襟元を直し始める。
マティは堪えきれずに下を向いて吹き出した。
この構図、先日城にやって来た流行りの役者が演じていた構図だ。
ルノーもウィリアム・ドービニの役者ごっこに乗っかることを決めたようだ。
「1に10で返してくるのはそう簡単には変わらないか。ウィル。妹が済まないな。そうカリカリするな。」
「別に、カリカリなどしていません。王族の血統を担う者としてのご自覚が少し足りないのではないかと思い苦言を呈しさせていただきましたまでのこと。お転婆のすぎるガンドレッド様が、かのブリュンヒルダのようになりでもすれば家そのものが被害を被る結果ともなりかねません。ルーアンの古い物語にもあるでしょう。北の戦乙女ブリュンヒルダは、神との契約を違え、巨大な鉄槌で世界の理を叩き壊すほどのお転婆ですが、言葉の隙間を突いた『偽りの契約』と『入れ替わりの罠』にハメられ、その強すぎる誓いの呪いで国ごと炎に消えたのです。ルノー様に置かれましても血縁者として管理監督する必要がお有りなのでは?」
乗っかりはしたものの、ルノーでは役不足だったようで、がっくりと項垂れ、お手上げというポーズを取るとウィリアム・ドービニの肩口におでこを付けたまま、ルノーは静かにダラに手で合図した。
「グウェン・・・謝れだとよ。」
「ふぇぇん。からかってごめんなさいぃぃ。」
ウィリアム・ドービニは、半泣きで謝るグウェンに、わざとらしいにこやかな表情で笑いかけると、更にグウェンに畳み掛けた。
「分かれば良いんです。分かれば。イングランド王でありノルマンを統べる偉大なる王ヘンリー様の側近の中でも一目置かれるスティーブン様の従騎士ですからね。私を愚弄することはスティーブン様ひいてはヘンリー王を愚弄するも同じ事です。これから宮廷を生きていかれる姫様たちもしっかりお勉強していただきたいものですね。」
「ロージーぃぃぃ。マティ様ぁ。ウィリアム・ドービニがいじめるぅぅ。」
「まぁ。可哀想なグウェン。ウィリアム・ドービニは騎士になっても、口を開けば悪臭を撒くのは変わらないわ。今後も気をつけましょうね。」
思わぬロージーの反撃にその場が凍りつく。
ウィリアム・ドービニは小さな声で「あ、あくしゅぅ・・・」っとつぶやきながら口を抑え、ロージーの顔を見て慄く。
「そんな事よりよぉ、どうなんだよ、ウィル! スティーブン様の従騎士は? すっげー大きな戦とか、もうあったのか?」
寒々とした空気など全く気にしないハリーが、自分より少し小さな身体のウィリアム・ドービニとルノーに覆いかぶさり、大きな声を出しながら二人を抱きしめた。
「うっるさ!」
ルノーは乱暴にハリーを殴りつける。
ウィリアム・ドービニは嫌な顔をしながらハリーの顔に手のひらを当てて追いやろうとするも、ハリーの鍛えられた腕はウィリアム・ドービニの身体をガッチリとロックして離さないでいる。
役者を封印されたウィリアム・ドービニは諦めたかの様にため息を付くと、トゲの抜けた昔の馴染みのある声を出した。
「・・・はぁ。ハリー。お前は、もう少し時勢を読める様に努力したほうが良いんじゃないか? 大きな戦があってこのウィンザーに話が届かないわけがないだろう。図体だけデカくなりやがって。もう数カ月で叙任式をしようっていうのにいつまでガキ気分でいるんだよ。」
「あ。そっかー。じゃ、まだ戦場には出たことないんだ。つまんねー。ワクワクして損したー。」
がっかりとした表情のハリーがウィリアム・ドービニの背に後ろから覆いかぶさり、そのままぐったりと力を抜く。
しっかりとした体格に成長したハリーが上に乗れば、ヒョロヒョロのウィリアム・ドービニは雪にたわむ小枝のように心もとない。
そんな事は気にしないハリーが、ますます体重を載せて架かるものだから、ウィリアム・ドービニは悲鳴を上げた。
「重い。ハリー。早くどけろよ。・・・おまえなぁ、別に戦は戦場だけではないんだぞ? 宮廷は怪物妖怪が跋扈する世界だ。並大抵の装備では太刀打ち出来ない。」
「ええ? そんなにスゲーやつがいるの? 怪物って、ドラゴンとかいるのか? ユードさんみたいなメイスが必要かな? お前、メイスどころかただの剣でもへなちょこ攻撃しか出来ないのに、大丈夫なのか? 」
体重をかけるのを止めて、抱きついたままキラキラした期待顔で尋ねてくるハリーに、ウィリアム・ドービニは得意げな顔を披露する。
「ふん。へなちょこがなんだというのだ。私には剣など必要ない。言葉の刃があるからな。 とんな質問にも答えられる知識! これが最大で最も強い装備だからな。」
「何だ。説教しかしない教会のハゲ親父たちみたいな妖怪しかいねぇのか。つまんねぇー。気をつけろよ。お前もハゲになるぞ。」
ハリーはウィリアム・ドービニの話しを聞いて、心底うんざりした顔で再び彼の背中にのしかっていたが、再び自分のひらめきに顔を輝かせる。
「そうだ。おいウィル。ハゲてないか確かめてやる。おでこ図らせろよ。マティ様、メジャー貸してください。」
「や、やめろ! この馬鹿力! 離せ! 」
ハリーは逃げられないようにウィリアム・ドービニの手足を、体術で習ったようにガッチリとホールドすると、マティにメジャーを要求する。
マティとは昔なじみとはいえ、おおよそ従者とは思えない行動だが、彼には何故かそういう事を超越した明るさでなかったことにしてしまう才能があるのだ。
久々に見るこの風景に、ロージーとグウェンが手を叩いて喜んでいる。
「あははー。ザマァ見ろだ。ウィリアム・ドービニ! マティ様、メジャーどこですか?」
「ふふふ。メジャーね。どこだったかしら。」
マティは笑いながら手元の裁縫箱から視線を上げて手を止めた。
扉の向こうのユードの背中が揺れる。
その気配から、ぴりりとした緊張が伝わった。
「やぁ。子どもたち。元気だなぁ。」
次いで部屋には低い声が響いた。




