3話 来客 1
「マティ! 来たぜ! おいユード! 今日はすごかったな!」
競うように階段を駆け上がる複数の足音とともに、開け放たれた扉の前に君臨するユードに体当たりしてきたのは一人の少年。
少年はその勢いのまま蒸気した顔をほころばせながら、部屋で裁縫をしていたマティの元へとやってきた。
「いらっしゃい。ルノー。」
マティが微笑みながら右手を上げると、ルノーの右手とが触れ合い、「パチン」と音を鳴らした。
「ウェーイ。俺の勝ちぃ。」
ふんぞり返って勝利宣言するルノーの声は、ここ数日前までとは違い、かすれている。
来年には14歳の叙任式を迎えるという彼だが、彼女の知る限りいつまでたっても少年のままだ。
そういえば、とマティは思い出す。
ユードが声が変わり始めた時期、ちょうど4年前だ。
当時8歳だったマティは、12歳で声変わりを迎えたユードのかすれた変な声に驚いて、「私のユードを返して!」と、泣いてダダを捏ねた。
その時のユードの困り果てた顔を思い出しマティは、くっくっくっ と笑った。
そこに、こんどは短いズボンを履いた少年が息を切らして現れて、背中からでも想像できる仏頂面のユードに体当たりした。
少年はユードの横で背筋を伸ばすとマティに傅いた後、そのままその場でヘタりこんた。
「ルノー様! ずるい! 俺に勝ちたいばっかりに、お化けがいるって言って騙すなんて!」
ついで少女が現れユードに飛びつき、しばらくして、ゆっくりと階段を上がってきた少女はユードにタッチする。
「マティ様、こんにちは! 兄様に騙されるハリーが間抜けなんじゃない?」
「マティ様、ご機嫌よう。 ハリーはお化けが苦手なんですもの。しょうがないわよね。ねぇマティ様。」
冷たい塔の壁を遮る布が賑やかな足音に揺れ、ハーブの残り香とひだまりの様な温もりが部屋に満ち、同じ顔をした双子の少女達の鈴の音のような声がマティの心を慰める。
「グウェンにロージーもよく来たね。」
マティはこの少年たちの訪れを心待ちにしていた。
ヘンリー王が外で作らせた、この騒がしい家族たちの存在は、自由のきかない王宮での暮らしを救ってくれている。
「この勝負の勝者には、ユードのメイスを使用する権利が与えられる契約だ。さぁ、ユード。戦利品を握らせろ!」
かすれた声が、全くもって威厳を損なっているが、ルノーはまるで国王かの様な横柄さでユードの隠し持つメイスを要求した。
「ルノー殿。今は職務中です。後ほどで。」
「えー。何だよ。硬いこといいやがって。どうせ誰も来やしないだろ? 下の門兵だってサボって何処かに行ってたぜ。今日のマティの力を見て、もうその必要がないってことで撤収したのか?」
ルノーは人懐っこい笑顔で、ぶっきらぼうな態度のユードにぶら下がるように絡んでいった。
「俺に聞かれてもわかりませんよ。ルノー殿の方が知り合いも多い。聞いてきたらいいじゃないですか。」
スカートをめくり上げ、中のメイスを物色しようとしたルノーは、ユードに襟首ごとつまみ上げられ、口を尖らせた。
「ウィリアム・ドビーニが居たらなぁ。あいつなら何でも知ってるんだけどな。いいなぁ。俺もスティーブン殿の随従騎士になりてぇー。」
つまみ上げられ、ぷらんぷらんと脚を揺らしているルノーを、ユードはため息を付きながら ぽいっ とマティの部屋に投げ入れる。
ルノーは、猫のように地面に着地すると、「わっはっは!」と盛大に笑って喜んだ。
「・・・ルノー殿は、いつまでたってもガキが抜けませんね。あなたは相続権はないとは言え、一応王族でしょう。随従つける側が何言ってるんですか。」
「ユードまでお小言かよ。そんな事言うならお前、敬えよ。昨日の訓練でも俺の事、ボコボコにするじゃん。もうずっと言ってるけど、そろそろよくね? ユードが随従になってくれよ。来年の騎士叙任式、一緒にしようぜ。な、頼むよ。俺の従騎士になって!」
そんな二人の会話に全く頓着しない活発そうな表情のグウェンが、「兄様ずるいわ。次は私よ!」と、ユードに飛びつくと身体をよじ登り、頭に付けたエルフの耳やら髪の毛はくしゃくしゃにかき乱される。
賑やかな子どもたちにおもちゃにされながらも、ユードはロージーとにこやかに談笑しているマティの顔をちらりと見る。
視線に気がついて少し首をかしげるマティだが、ユードは無表情に視線を扉の外へ向けた。
「・・・俺はマティ姫の、護衛です。騎士は遠慮します。」
「はぁぁぁ。相変わらずお前はバカだよ。選択肢があるのに選ばないなんて、男じゃねぇよ。」
「もっと」とせがむグウェンをなだめながら優しく床に下ろし、不満を垂れるルノーを尻目にくしゃくしゃになった髪をユードが整えていると、マティが手招きする。
ユードがマティの座る椅子に近づいて傅くと、髪とエルフの耳を丁寧に整え始めた。
「・・・俺はエルフだから良いんです。」
「・・・わっかんねぇー。お前エルフじゃないじゃん。何言ってんだよ。それ、付け耳だし。」
その言葉にマティの手がピクリと止まる。
「ルノー。ユードをからかうのもいい加減にしろ。君には美的センスというものがないからわからないかもしれないが、このユードの美しい髪を飾るのはこの耳。この耳があるからこそ、この神秘が完成されるんだ。見ろ! ロウソクの光を浴びて白く美しく透き通るこの美しく鋭利な耳先。この角度!」
そう言われたルノーはがっくりと頭を抱え、珍しく真面目な顔をしてマティを強い口調で攻めた。
「あー。もう、わかったわかった。それでもなマティ! お前ももうユードを解放してやれよ。もったいないんだってば! 今日もコイツの戦力見ただろ? こんなところで立たせてないで、このチェニックの下のメイスを戦場でもっと振らせようぜ! っていうか、俺に頂戴!」
その言葉を聞いてマティの瞳の色が濃い緑色に染まり、口元には不敵な笑みが称えられている。
「へぇ。ルノー。良い覚悟だな。私からユードを貰い受けようと言うならば・・・力ずくで奪うがいい。ユード! ルノーが対戦を所望だ!」
「ちょいちょい! ずりぃーって! そこはマティと対戦って流れじゃん! なんでユード出すんだよ! 無理に決まってんじゃん!」
「はて? ユードは私のエルフ。エルフの力は私のもの。なんの問題が?」
「おまえ! エルフって言ってるけど、もうそれ召喚じゃん! 自分のことエルフって受け入れてるユードもやべぇし。お前ら怖ぇよ! マジで!」
素手で構えるユードを前に、ルノーは脱兎のごとく部屋を逃げ回る。
長椅子に寝っ転がったメリアンがその様子を見ながらニヤニヤして口を挟んだ。
「ルノー。ハーフ・エルフのあたしからみてもマティとユードは異常よ。問題ないわ。」
「いや、問題だらけだろ!」
突っ込みを入れるルノーに、マティの側に大人しく座っていたロージーが頬を膨らませてよく通る可愛らしい声で訴える。
「お兄様。マティ様をいじめないで。」
走るルノーをわけもなく追いかけていたグウェンは、ルノーに飛びつきながら、ロージーと同じ顔で頬を膨らませた。
「そうよ。お兄様。ユードはマティ様のものよ! 邪魔しないで!」
「・・・俺が悪いのかよ・・・。おい。ハリー。お前なにしてんの?」
グウェンに体当たりされて床に転がったルノーは、相変わらずの無表情で持ち場に戻るユードの隣をひっついて歩くハリーに声をかける。
「俺、ユードさんみたいになりたい。ユードさんみたいにロージー様とグウェン様を守るんだ。マティ様、俺にもエルフの耳作ってください!」
「・・・お前は、駄目だ。」
キラキラした顔でマティにエルフの耳を所望するハリーを見て一時固まったユードは、マティが答える前にその申し出を無下もなく遮る。
「えええ。ユードさん。なんでですか!」
「・・・。」
すがりついてくるハリーを引きずる無言のユードは少し気まずそうな顔をしている。
「ユードさん! なんとか言ってくださいよぉ。」
犬っころの様にユードの周りを駆け回り、色々な角度から頼んでユードの許しを得ようとするハリーを見て、ロージーが首をかしげて呟く。
「・・・見た目?」
「ロロロロ、ロージー様?!」
部屋の外の冷たい石の床にべシャリと両手をついて、悲しげな声を上げるハリーのその様子を見て、思わずマティは、吹き出して笑った。
「まぁ、耳はおいておいて」
と、笑いを押し殺しながらふくれっ面をするハリーに、にこやかに宣言した。
「ハリーもルノーと一緒に叙任式に参加するんだろう? ハリーの衣装は私が用意しよう。」
「え? まじですか? やった! 嬉しいっす! じゃ、俺、ユードさんとおそろいのヤツが良いっす! 作ってください!」
マティの言葉に飛び上がって喜んだハリーは、小躍りしながらユードのエプロンのフリルとチェニックとを自分にあてがうと「これ、作ってください!」と、とびきりの笑顔で微笑んだ。
「・・・お前。その格好したら連れて歩かないからな。」
ルノーは不満そうな顔で首を振ると大きなため息を出した。
「ええ? なんで? ルノー様、ユードさんの事、従騎士にしたいって言ってたじゃん! 俺をユードさんの代わりだと思ったら良いじゃん! ユード派! かっこいいでしょ!」
「うるせぇよ。お前なんかがユードの代わりになんかなるかよ。それになんだよユード派って。とにかくユードの衣装は駄目!」
ルノーはそう言うと、涙ぐんですり寄ってくるハリーの顔を邪険に押し戻すと、マティに改まってお辞儀をする。
「レディ・マティルド、ハリーも俺に作ってくれるのと同じ雰囲気のヤツ、ご用意願えますか?」
「よろしい。善処いたしましょう。」
少年少女が小さな宮殿で繰り広げるままごとのような空間の中に、ルノーとマティのくすくすと笑い声が響く。
それを横目にしょんぼりと肩を落とすアンリの肩に、グウェンの手がポンと乗せられると、ハリーは慰めてくださいとでも言いたげにグウェンを見上げる。
「なんでだよぉぉ・・・。なんで駄目なんだよぉ。グウェン様ぁ。」
「・・・顔?」
「・・・グウェン様までぇ。より具体的に貶してくるぅぅ。」




