14話 シュヴォシェ 1
深夜。
城の物見台からウィンザーの王領である森の入口に佇む小さな村、フォレストから火の手があがるのが確認された。
すぐさまウィンザー城の城門が開かれ、凍てつく風の中を騎馬で編成された 一ランス(一隊)四騎十五編成の小隊が粛々と進軍する。
ルノーは震える手で改めてデストリエの手綱を握り直した。
——ついにこの城門が開かれたのだ。この震えは武者震いだ。
ルノーはゴクリと生唾を飲み込む。
「大丈夫ですか?」
後ろから低い声で囁かれ、振り向くとルノーの肩が後ろのユードの胸に当たる。
ルノーはそのまま、ユードの腰回りに目を落とすと、ため息をついた。
「なぁ、ユード。お前マジでそれで行くの? ぜっんぜん、緊張感無いんだけど」
「? 何がですか?」
ユードは濃く茶色く染め上げられたボイルド・レザー製の鎧の上に、マティお手製の黒く長い丈のチュニックを着込み、腰で白い生成りのフリルのエプロンで締めている。大きめのチュニックは膝をすっぽりと隠し、まるでドレスのようだ。そして、ちゃんと頭にはエルフの耳が乗っている。
斜め前で馬を進めているベテラン騎士のコノルが話を聞いていたのか、「ふはっ」と緊張感なく吹き出した。
コノルのゆったりと構えたスタイルは、馬にも伝わるのか、愛馬のデストリエと比べても、リラックスしているのがわかる。
——これから、戦いに行くというのに、コイツら、こんな感じでいいのだろうか。
そうは思いながらも、自分の手の震えが収まっていることに気がついた。
「ルノー様は初陣ですから、ご存知ないのですね。ユードが出陣する際は、マティ様の取り決めでこのスタイルでいくようにと言われています。『この装束がほどかれた時は、どうなるか分かっているな?』との脅し付きですよ。」
「えぇぇ……。マティ、どういう権限持ってんの? あいつ悪魔とでも契約してんのかよ。俺なんて大将なのに、マティの一声のせいで二人乗りのユードのお守り付きとか、ありえねぇし。カッコ悪い」
ルノーは口を尖らせてはいるものの、突然決まったこの初陣にユードが来てくれていることに安堵していた。ちらりと振り返ったユードの壁の向こうに、真剣な顔で、少し緊張した面持ちで手綱を持つハリーの姿も確認して、深呼吸すると馬を撫でる。
”ごほん”と、コノルは切り替えるように大きな咳払いをする。
「さて。では、このへんで真面目に行きましょう。せっかくのヘンリー様の計画に齟齬が生じてしまえば、我々が2日間不寝番をしたことが無駄になってしまいますからね」
そう言うとコノルは馬の脚を早めた。
数日前、突然ノルマンディーでの戦闘からスティーブンがウィルたち数名の従者たちを伴ってウィンザーへと帰ってきた。
ヘンリー王の計画だと、スティーブンから言い渡され、ここ数日間の深夜の待機が続いた。
徴収されたのは、精鋭騎士と、見習い騎士と新人騎士達だ。
初日は緊張して鎧もろくに身につけられない状態だったが、流石に2日めになれば気持ち楽になる。
そしてこなれた三日目のつい先程、フォレストでの出火の報告を受け、数名の精鋭と新人騎士たちは今、城門から出陣している。
11月下旬の深夜は風も凍るような冷たさだが、ルノーとユードを乗せるデストリエは、口からモウモウと白い息を吐きながら、確かな足取りで駆けている。
「なぁ、ユード。フォレスト村の炎上は、ただの野盗集団なのか? この出陣が父上の計画だとすれば、ただの物取り達じゃないってことなんだよな?」
ルノーは背中にピッタリと引っ付いているユードを見上げると、彼は遠方の炎で赤く染まる空を見つめながらつぶやいた。
「そうでしょうね。シュヴォシェ*¹の色合いが強いようですね」
「シュヴォシェ?」
「ルノー様たちは緊張していて話が耳に入っていなかったようですが、ウィルが話してくれましたよ。王の指示で張っていたスターミンスター・マーシャル付近の漁村に見慣れない騎士の一団が上陸したそうです。スティーブン様はその報告を待っていたご様子で、すぐさま我々守備隊の待機を命じられました。」
「スターミンスター・マーシャルって、お前!」
「はい。スターミンスター・マーシャルは、今ノルマンディーで反乱を起こしている男爵達の頭脳と言われている、ウォルラン・ド・ボーモントの荘園があります。おそらくそこを補給地として、近々ゲリラ行動、シュヴォシェに出るだろうとの話でした」
ルノーはガツンと頭を殴られたような気持ちになる。
「は? そんな話聞いてねぇぞ?」
「……誰でも初めてはあるものです。大丈夫ですよ……、ルノー様。」
「うるせぇ! 慰めんな!……”シュヴォシェ”ってことは、結構ガチな戦闘になる?」
「はい。」
「えぇぇ。マジでかよ。聞いてないんだけど……。野盗制圧って、言ってたじゃん」
「そりゃ、建前上、シュヴォシェされたなんて、言いませんよ。あいつらがやってることは野盗達と変わりませんし。まぁ、でも、むしろ聞いてなかったほうが緊張しなかったんじゃないですかね? よかったじゃないですか。大将。出陣の号令もなかなかでしたよ? ちょっと声裏返ってましたけど」
「お前! 一言多いんだよ! クソが!」
ルノーは肘で後ろのユードの腹を殴るが、びくともしない。
そんなユードとの体格差を感じて、ルノーは深く息を吐き出すと再びしっかりと手綱を握る。
「ヤバい。緊張してきた。おなかいたい」
ルノーがうつむき加減に言うと、後ろから低い声でユードが囁く。
「俺が守ります。」
「ゔっ! ユード、イケメンかよ。思わずキュンとしたじゃねぇか。俺も言ってみてぇぇ」
”あははっ”と笑いながらも、ルノーは背筋を伸ばす。
目の前を走るコノルはまさに手練れた《ナイト》だが、彼には自分たち新人、見習いの面倒の管理と言う足かせがある。
——シュヴォシェということは、政治的背景を持つ。相手は、はるばるノルマンディから上陸する新人などいない訓練された騎士達、チェスに見立てるとしたら《ナイト》だ。
ルノーは先日デイビットが持ってきたチェスを思い浮かべる。
——さしずめ自分たちは騎士は騎士でも、《定石》通りにしか跳べない《ナイト》だ。
「……俺たちはギャンビットの《サクリファイス(犠牲)》か」
思わず呟くルノーの手綱を握る手を、後ろからユードの大きな手が包み込んだ。
「敵と我々の違いは、経験値です。しかし俺は、その経験がないからこそ、今日のこの迅速な出陣が可能だったのだと思っています。慣れてしまうと、コレでいけるだろう、などと手を抜いたり、今回の様に無駄打ちが多い待機などは気持ちがダレてしまいます。緊張感を保てたこと、そして騎士としての適切な順応が備わっていたこと。これらは、今のルノー様達にしか、出来得なかったことなのです」
「そう……なの、かな?」
「そうです。今回の迅速な出陣で、オープニング(序盤)の主導権は支配できるはずです。これだけでも、きっとヘンリー王からは、お褒めをいただけると、俺は思ってます」
「そうか……。そうだといいな! 父上に認めてもらえるチャンスだな!」
振り向いて見上げたユードの顔はいつもと変わらない表情で、なんだか肩の力が抜ける気持ちになる。
頭の上に乗っているエルフを模した尖った耳が、馬の振動で小刻みに揺れているのもなんだか笑えてきた。
ルノーはたまらず吹き出すと、斜め後ろにいる、緊張しきった様子のハリーに目配せをする。
硬い表情で馬を近づけ、顔をよせるハリーに、ユードの揺れる耳を見るように促した。
緊張しているハリーを笑わせようと思った予想に反して、彼はキラキラとした羨望の眼差しをユードに向けると、大きめな声で叫んだ。
「ユードさん! やっぱかっけぇっす! なんかこうしてみてると、ケンタウロスみてぇ! 俺もやっぱ、その耳ほしいっす!」
「ケンタウロスって、そうじゃねぇだろ! ハリー! このいかつい体に、ぴこぴこ揺れる耳を笑うとこだぞ?」
思わずハリーと同じ声量でツッコんでしまい、周りから笑いが起きる。
新人騎士達の笑い声に、少し安堵していると、コノルが振り返ってジェズチャーで、”なにか喋ろ” と言っている。
この場合、兵士たちを鼓舞しろという意味だろう。
「お前らぁ! 帰還後はレディ・マティにユードと同じ耳を作ってもらって、みんなでケンタウロスになるぞぉ!行くぞぉおらぁ!」
我ながら訳の分からない事をいっているとは思ったが、思いの外盛り上がったようで、周りから雄叫びが響く。
「しゃぁ! こらぁ! いくぞぉぉぉ!」
「うぉぉぉぉぉ! ケンタウロスこいやぁぁぁ!」
「マティさまぁぁぁ!」
異様な士気に驚いていると、前にいたコノルが近づいてきて、ニヤニヤしながら、口を開く。
「ルノー様。なんと仰ってましたかなぁ? 悪魔? と、契約してるマティ様でしたっけ? そのマティ様がなんと言いますかねぇ」
後ろからユードが少しムスッとした顔で、ボソリと呟いた。
「勝手に耳を作ってもらうなんて言って……。しりませんからね。俺は。マティ様に叱られても」
その言葉に、マティの深くなってく緑色の瞳を思い出し ”ぶるり” と身震いをすると、高く冷たい星空を見上げるルノーだった。
*1 シュヴォシェ(Chevauchée):中世ヨーロッパにおける、騎兵による急襲・略奪を伴う戦術。敵の領内に深く侵入し、農村や生産拠点を焼き払い、略奪を行うことで相手国の経済基盤を徹底的に破壊する焦土作戦の一種。今回は兵力を引きつける陽動として用いる。
※名前変更ワレラン→ウォルラン(2026.10.09.) ボーモンド→ボーモント(2026.10.21.)
※名前変更 スターミンスター・マーシャル→スターミンスターに変更。文章一部変更(2026.11.04)




