13話 雪降る書庫の出会い 3
無視をしているのではなく、聞こえていないのは知っている。
ウィルは自分の感情を持て余したまま、深い溜息をついた。
——いつも持っているのはメイスだが、練習はいまだにワスターを使っているんだな。まぁ、あんなもんぶん回してたらそれだけで怪我人が出そうだけど、ユードの事だ、重しとか付いてんだろうなぁ。
3年前にバルフルールで出会ってから、ユードについて剣の稽古をするのがウィルとハリーとルノー三人の日課になっていた。
騎士ではないユードは合間を見てトレーニングに付き合ってくれ、おかげでスティーブンの従騎士になることが出来たと言っても過言ではない。
けれど……。
——ハリーは心酔してるけど、ユードって、ちょっと苦手なんだよな。なんだって、怖いんだよな。なに考えてるかわかんない所あるし。
ウィルは盛大なため息をつきながら雪の溶けた回廊の塀に肘をついてユードの鍛錬を見つめる。
——そもそもあいつの原動力がわからん。
侍女の格好なんてさせられて変なエプロンまでつけさせられて、文句一つも言わずに、徴収された戦場では、なにかに取り憑かれたみたいに頭蓋骨粉砕してさ。
鍛錬のときは外してたから、あの変な耳も流石に戦場では外すのかと思ってたけど、そんな契約でもあるのか、絶対取らないし。
口を開けば、「マティ様に敵を粉砕してこいと言われたので来ました。」とか平気でぬかすし。
あんだけの才能があって、従騎士の誘いもある中で、それを選ばずにただのマティ様の従者として過ごすんだからな。
マジでわからん。
あいつの頭にはマティ様のことしか無いのか?
ウィルは再び溶けていない雪に顔を埋める。
今度はちゃんと冷たい雪の感覚が戻っていることに安堵しながら、再びユードを見る。
——まぁ、でもユードの野郎にプロテア様を見られなくてよかった。
プロテア様の侍女が隠したくなる気持ちもわかるぜ。
おれのプロテア様。おれの天使。おれもユードみたいに戦場で「プロテア様に敵を殲滅してこいと言われました。」とか言ってみてぇかも・・・。ん?
ワスターをぶん回しながら独り自主練に励むユードをぼんやりと見ながら、ひょんなことに気がついたウィルは思わず自分の口を手のひらで押さえた。
——ひょっとして、ユードって、マティ様のことが好きなのか?
そしてそこに偶然、おそらく書庫に行くであろうマティの姿をユードが見つけたようだ。
ワスターを振る手が止まり、ぼんやりとマティの姿を見ている。
——俺の言葉は気づかないくせに、マティ様の気配は察知するのかよ。あいつは獣か?
呆れたように、ウィルはくっくっと笑う。
——全然気が付かなかった。そう考えるとユードの行動。今の俺なら、なんとなく、わかるかもしれないな。
ウィルがニヤニヤとしながら、マティの姿を追ってぼんやりしているユードを見ていると、彼に近づく数人の騎士が現れた。
彼らは鎧を身に着け、剣を携えている。
「よぉ、エルフ殿。今日は耳も女装もしてないんだな! こんなところで鍛錬なんてしなくても、お前の主は妖術が使えるんだろ? お前の護衛なんていらないのではないか?」
「はっはっは。いや、こいつはエルフの耳をつけるのが趣味なんだよ。」
「ははは! 妖術使いと、エルフの格好した変態。お似合いというわけだ。」
ウィルはギリっと奥歯を鳴らして、険しい顔で鼻で笑った。
——彼らは、見たところ、俺と同じ新人のようだ。
戦場で彼がメイスを振る姿をひと目でも見たことのある人間ならば、イキってあのような態度に出られるはずがない。侍女姿にエルフ耳というあの異質さで、圧倒的パワーで敵をなぎ倒す姿は、敵だけではなく、味方からも『ビースト』と恐れられているのだから。
ウィルが様子を見ていると、ユードは彼らを見下ろしながら、つまらなそうな顔をしている。
軽装のユードに、武装した騎士数名。
——明らかにユードの分が悪い。しかし、俺は知っている。何度も見てきたこの状況。ここでユードが余裕な表情の理由を。
「おいおい。事実すぎて、何にも言えないのか? こいつ! はっはっはぁ!」
「そもそも言葉がわからねぇんじゃねえの? エルフ語? 誰か喋れねぇか? ってか、お前エルフ語喋ってみろよ!」
ユードがめんどくさそうな顔で舌打ちすると、一人の男が、剣を抜いた。
「お前、なんかうぜぇな。……なぁ。稽古してるんだろ? 俺達もその稽古一緒にさせてくれよ。」
その男に続いて、騎士たちが剣を構える。
ユードは、雪の降る空を仰ぎながら、ため息をつくと、剣を構える男どもをギラリと見据えた。
一瞬で空気が変わる。
まるで空気が振動して、波動するかのように冷たい何かがユードから発せられる。
ウィルは低い塀を握りしめる。
——いけ! ユード!
空気に圧倒されて、焦った怒号を上げる男たちが、まるでウィルの声が聞こえたかの様なユードに、次々と斬りかかる。
——言いたい事が!
【 ドゥンッ !】
左手で打ち込む拳に、刀が落ちる。
ワスターで受け流されたもう一人の男には腹にドスンと重い蹴りが入り吹っ飛んだ。
——あるんだよ!
【 ガ ッ ヅ !】
背後から斬りかかる男の頭を振り向きざまに掴むと、隣の頭にゴスっと叩きつける。
間髪入れずにワスターの硬い柄で顔面を殴りつける。
——やっぱりマティは!!
【 ボ ォ ゴ ォ ッ バ キ ッ !】
肉が潰れ、骨が軋む鈍い音が泥を撒き散らしながらその場を支配する。
怯えてたじろぐ最後の相手を睨みつけたユードの顔が少しゆがむと、口角が上がりニヤリと笑った。
——かわいいよ!
【 ド ガ ァ ッ !!】
ドタバタと剣を振り上げ無様に突っ込んでくる相手の懐に潜り込み、足を掴むと軽々と担ぎ上げ、泥の地面を舐める敵の群れへと、容赦なく叩き落とす。
目の前の恐ろしいユードの動きに合わせて、妙な「声」が脳裏に浮かぶ。
全身に流れる冷たい汗に身震いしつつも、何故か胸に熱いものが込み上げてくる。
これが、ユードの情熱!
鼓動が上がり、脈打つ血に視界が恋の花で華やぐ。
——すきすき大好き!!
——やっぱ好き!
そうだ。これが俺達の恋!
動かなくなった敵を蹴りつけ、ユードはいそいそとポケットからエルフの耳を取り出し、頭に装着するとマティの消えた方向へと走っていく。
その姿を追うようにウィルの頭に「声」が響く。
——絶対結婚しような!
「・・・耳、つけるんだ・・・」




