11話 雪降る書庫の出会い 回想 4
「"プロテア様" 探しってなんだ?」
不思議そうな顔をしているハリーに、ウィルは先程出会ったマティとルノーたちの話をする。
話を聞きながら、ハリーの目がキラキラとしてくるのがわかる。
──真っすぐで憎めないやつだな。俺とは正反対だ。
ウィルは内心そう思いながら、ハリーに丁寧にことの詳細を説明した。
「とにかく、そのブローニュのマチルダ様、もといプロテア様を誰が一番に見つけるかって競争してるんだ。」
「え。俺も探す。そんで俺達の仲間にしようぜ!」
鼻の穴を膨らませてガッツポーズしながらジャンプするハリーをみて、ウィルは思わず声を上げて笑った。
「ははは! 仲間って何だよ。王族だぞ? わかってるのか? 俺も仲間になった覚えねぇし! それにお前、あの白いロングシップ、「ブランシュ=ネフ」の密航はもういいのかよ?」
「ああ! 船乗りどもがうるせぇからな、今回のところは勘弁してやるんだ。"プロテア様" 探しのほうが断然楽しそうだし! そんで、俺、そのプロテア様の話なら聞いたぜ!」
「何だと?」
「船乗りどもが話してた! ブローニュの姫は白鳥だってな!」
想定外の話に、ウィルの頭は一匹
の白鳥で真っ白になる。
「……え? あぁ。まぁ、その、え? 白鳥?」
「ああ。白鳥だ! ブローニュの白鳥姫だろ? お前知らねぇの?」
「……おまえ! 無礼だな! 俺が知らないわけないだろ? 間違えているのは、お前だろ! エルサレム王で、白鳥の騎士と歌われているブローニュのゴドフロア殿の事は知っている! 白鳥なのは、ゴドフロア殿だろ! 俺が今! 探しているのは! そのゴドフロア殿の姪っ子のマチルダ姫だ!」
ウィルはハリーに言われた言葉が聞き捨てならず、思わずハリーの首ぐりを掴みながら叫んでいた。
「……ヤベェなお前。わかったわかった。そう怒るなよ。俺も知ってるぜ? 白鳥の騎士ゴドフロア殿は伝説の騎士だもんな。でも、その姪っ子のマチルダ様も、あ? いや、プロテアだっけ? プロテア様も、白鳥乙女だって、話してたんだ。そういえば、白鳥ってうまいのかな?」
「食うのかよ。お前のほうがヤベェわ。……白鳥乙女かぁ。それだけじゃまだ情報として乏しいな。他には?」
拍子抜けな返答に、怒りを削がれたウィルはハリーを掴んでいた手を離すと、「わりぃ」と小さくつぶやきながら、彼の顔を見た。
胸ぐらを掴んだ相手に、ハリーは「エヘヘ」と照れた笑いを返しながら、素直に答えてくれる。
「……忘れちまった。」
「……ま、想定内だわ。」
「でも、 船乗りのジジイどもならまだいるから、聞いてこようぜ! こっちだ!」
今度はぐるりと方向転換すると、ハリーはウィルの手を引いて再び走り始めた。
「またかよ! お前! 走らなくていいだろ! もう密航は辞めたんだから、コソコソする必要ないし!」
「雨が降る前に聞いとかなきゃいけないだろ。急ぐぞ!」
「……マジかよ。俺のペースでやらせてくれよぉ……。」
ハリーに手を引かれて走りながら見上げた空には、今にも雨が降りそうな雲が広がり始めていた。
***
「なんだクソガキ! また密航しに来たのか!」
港で話しかける人に毎回こう怒鳴られながら、ハリーは「もう辞めたってば!」と笑顔で答え、ウィルを指さす。
「こいつの手伝いをすることにした。なんか聞きたいことあるらしいから、答えてやってくれよ!」
「なんだ、今度は友達連れてきたのか? いいぜ? 話してみな?」
船乗りたちもハリーには毒気を抜かれるらしく、いつの間にやら親しそうな表情になっていく。
「彼からあなた達が噂をしていると聞いたんだが、白鳥の乙女って、どんな人だろうか?」
「ああ。お前らも年頃だからなぁ。そりゃ、聞きてぇよなぁ!」
彼らはいちいち知ったような顔でニヤニヤ笑いながらそう言うと、嬉々とした表情でその噂話を聞かせてくれた。
船乗りたちは、荷積みも行うので、いろいろな場所に出向くので、基本的に顔が広い。
おそらくそこで噂話を仕入れるのだろう。
意外と詳細に "プロテア" の情報を集めることができた。
「で、どうだ?」
ハリーがまるで獲物を捕まえてきた犬が自慢げにしているような顔で聞いてきた。
「お前……。一緒に聞いてただろ? まぁいい。」
ウィルは自身のおでこに手を当て、ため息をつきながら、ハリーの質問に答える。
「船乗りたちの話をまとめると……プロテア様は、ブローニュのマチルダ姫。今回の祝宴には、彼女は父親の代理として来たらしい。何でも父親のブローニュ伯は、亡くなったエルサレム王であった伯父に代わってエルサレム王になる予定だったが、失墜し、今や修道院にこもっているらしい。 そんな状況だが、今回の祝宴とクリスマス宮廷には、王妃の縁者である母親とともに参加する予定だ、とのことだな。」
「ほーん。」
「お前! 聞いてんのか? あ! おい! 鼻くそつけんな!」
「どうなんだ」と、聞いておいて、ハリーは全く話を聞いている様子がなく、鼻までほじり始める始末だ。
鼻くその付いた指をウィルに向けながらヘラヘラと笑いながらハリーが言う。
「家の話とかそんなんどうでもいいから、プロテア様がどんなヤツなのか教えろよ。探せないじゃん。緑の服着てるとか、赤い服着てるとかあるだろ?」
「ヤツじゃねぇだろ。お方だ、馬鹿。そしてお前、着てる服の色で判断するな。服を着替えたらどうやって確認するんだ。お前よく今までやってこれたな? いや、今はこいつのアホな言葉に惑わされている場合ではなかったな。えーっと。プロテア様の白鳥の乙女という異名は伯父さんのエルサレム王ゴドフロア殿にあやかっているだけではなく、姫自身の事らしいな。流れ落ちるような金髪に、優しくつぶらな瞳とふっくらと柔らかそうなつややかな唇。白鳥のような白い肌から続く長い首に優雅に揺れるようにしなやかなその姿は、一度みたら忘れられぬほどの美しさらしいぞ。」
「ウィル、なんか言い方エロいな。」
「な! えぇ? お、俺が言ったんじゃないぞ! 漁師たちの言葉をそのまま言っただけだ! 俺じゃない!」
顔を赤くしながらウィルはハリーの腕を殴りつけると、ゴホンと咳払いをして姿勢をただして、気持ちを切り替える。
「年齢は15歳。俺の4つ上だな。修道院で長く過ごしていらしたらしい。まぁ、そんな噂が流れるくらいなら妥当だな。いつさらわれてもおかしくない。」
「15から4引いたら、えっと、ウィル11歳なのか! 俺は10だ。ちなみにルノー様も同じ年だぜ。おまえちっせぇな? 」
「ああ。道理で……。俺はお前と違って栄養を頭に運んでいるからな。知識を蓄えるために俺は背を伸ばすよりも知識を伸ばす方に特化させた栄養配分を行っているんだ。」
「すっげぇな! そんな事できるのか! 」
「……お前をみてると、全部無駄な気がしてくるよ。」
「お? なんだ? 褒めてんのか? えへへぇ。」
──こいつをみていると、言葉で武装している自分が滑稽に見えてくる。
ウィルは込み上げてくる感情に身を任せ、素直に体現してみた。
「ははは! 褒めてねぇよ! バーカ。それで、プロテア様は探せそうか?」
「おう! 金髪で色白だな!で、美人か。 年齢は15歳。で、何色の服着てそう?」
「わかるかぁ! 服の色で判断するのやめろって言っただろ!」
「白鳥の乙女だから白かな?よーし、行くぞウィル!」
張り切って小躍りしながらはしゃぐハリーをみて、ウィルはがっくりとうなだれると、深くため息をついた。
「……そうだな。俺達、見つけられないかもな……。そんな予感がするよ……。」
空からは、パラパラと冷たい雨が降り始めていた。
それは、このバルフルールでの華やいだ色鮮やかな夜を漆黒の海──容赦なき異教の『狩場』へと導く、大嵐の最初の一雫だった。




