二
山岸さんを寝かせるのに、沢井は一人で足りた。
肩と膝の裏に手を入れると、山岸さんの体は沢井の腕に寄りかかるようにして、自分から横になった。三年間、二人がかりで、声をかけ合いながら動かしてきた体だった。
「ばあさんがな、また来るて言いよった」
山岸さんは布団の中で言った。
「そうですか」
「あんたも、会うたやろ」
沢井は返事をせずに、カーテンを閉めた。窓の外はまだ暗く、街灯の下の生垣だけが白っぽく浮いていた。
ベッドの足元の車椅子は、ブレーキをかけたままだった。沢井はレバーを起こし、ハンドルを握った。重さを覚悟して押した車椅子は、空の車椅子の軽さで、床の上をするすると動いた。勢いがつきすぎて、戸の枠に足置きが当たった。
7号室は空だった。シーツの山があり、窓のカーテンが、二時に沢井が閉めたはずなのに、また開いていた。沢井は車椅子を窓の前に戻し、ブレーキをかけ、膝掛けを畳んで座面に置いた。カーテンを閉めた。戸を閉めた。それから、もう一度開けて、中を見た。誰もいなかった。
五時に、6号室の鈴木さんがコールを押した。
鈴木さんは、ベッドの柵につかまって起き上がっていた。寝間着の襟が片方だけ内側に折れている。
「主人がな、まだ帰ってこんのよ」
毎朝、だいたいこの時刻に同じことを言う。鈴木さんのご主人は二十年前に亡くなっている。本当のことを言うと、鈴木さんは毎回、初めて聞いたように泣く。泣いて、一時間後にまた同じことを聞く。だから、この施設の職員はみな、同じように答える。
「今日は遅うなるって、さっき電話ありましたよ」
「ほうかね」
鈴木さんは安心して、襟を直させてくれた。それから、沢井の肩越しに廊下を見た。
「あの紺の人、あんたの知り合い?」
「……知らん人です」
「ほな、誰の知り合いかね」
沢井は答えられなかった。鈴木さんも、答えを待っていたわけではなかった。もう目を閉じかけていた。
七時前に日勤の職員が来て、八時半に管理者の岡田さんが来た。
山岸さんは、食堂で朝ご飯を食べていた。自分から行きたいと言ったのだと、日勤の職員が言った。三年ぶりのことだった。山岸さんは自分の車椅子に座り、テーブルの端で、粥を自分の手で口に運んでいた。日勤の職員が、娘さんに電話しようかと言った。岡田さんは、先生にも伝えといて、と言った。食堂の中が、少しだけ明るかった。
申し送りで、沢井は書いたとおりに読んだ。〈04:00 1号室 ご自分で起き上がっておられる。窓の外を見たいとのこと〉。7号室のことは、どこにも書いていなかった。
申し送りのあと、二階から降りてきた村田さんが、沢井の顔を見た。
「沢井さん、ゆうべ、大丈夫やった?」
「うん。ごめんね、夜中に呼んで」
村田さんはそれ以上聞かなかった。聞かれたら、沢井は何と答えたのか、自分でも分からなかった。
帰る前に、事務所で記録を書いている岡田さんに聞いた。
「岡田さん。前に、小野寺さんて方、おられました? 小野寺トシさん」
岡田さんは顔を上げて、少し考えた。
「小野寺? 私が来てからは、おらんねえ。前の施設長の頃のことは知らんけど。なんで?」
「いえ。夢に出てきて」
岡田さんは笑った。夜勤明けは変な夢見るよねえ、と言った。
岡田さんは、この施設に八年いる。沢井は十一年いる。沢井の知らない入居者を、岡田さんが知っているはずはなかった。それを分かっていて聞いたのだと、事務所を出てから気がついた。
見えないものを見たと言いだした夜勤者を、施設は夜に置いておけない。沢井が岡田さんでも、そうする。一人で十八人の命を預かる夜に、そこにいない人の世話を始める職員がいたら、まず休ませる。病院を勧める。それが正しい判断だということを、沢井は知っていた。
だから、誰にも言わなかった。
帰りに、駅前の文房具屋で、エプロンのポケットに入る大きさの手帳を買った。家に着いて、着替えもせずに台所のテーブルで開いた。最初の頁に、日付を書いた。
〈十月二日 一号室。翌朝、自分で起き上がる〉
書いてから、しばらく眺めた。誰が起き上がらせたのかは、書かなかった。書けば、それは記録ではなくなる気がした。
次の夜勤から、沢井は二時の巡視の最後に、7号室の戸を開けるようになった。
老女は、いる晩と、いない晩があった。いる晩は、いつも車椅子に座って、窓のほうを向いていた。カーテンは開いていた。沢井は黙ってカーテンを閉め、シーツの山から膝掛けを抜いて、老女の膝に掛けた。老女は沢井を見上げることもあったし、窓のほうを向いたままのこともあった。最初の晩のように、名前を呼ばれることはなかった。
膝掛けを掛けるのは、怖くないからではなかった。触れるたびに、乾いた冷たい指が、自分の手の甲のすぐ下にあった。それでも、掛けずに戸を閉めることのほうが、沢井にはできなかった。夜中の冷えた部屋で、年寄りを一人で座らせておくことは、十一年、一度もしたことがない。相手が誰であっても、それは同じだった。
夜勤しよったら、たまにあるんよ。先輩たちの言葉を、何度も頭の中でくり返した。
1号室の山岸さんは、日に日に、言うことが増えた。
窓のそばへ行きたい。外の空気が吸いたい。床頭台の写真を、もっと見えるところへ置いてくれ。
写真は、入居のときから床頭台の引き出しにしまってあったものだった。麦わら帽子をかぶった女の人が、畑の畝のあいだにしゃがんで、こちらを見て笑っている。山岸さんの奥さんだった。八年前に亡くなったと、入居のときの書類に書いてあった。
「うちのはな、畑が好きでな」
写真を床頭台の上に立てると、山岸さんは、三年間ほとんど口にしなかった奥さんの話をした。
「大根でも、白菜でも、うちのが作ると、よう太った。わしが作ると、細うなる。土が分かるんよ、あれは」
沢井はその話を、介護記録の〈ご本人の様子〉の欄に、短く書いた。〈奥様のお話を、嬉しそうにされる〉。それは本当のことだった。
手帳には、別のことを書いた。
〈十月九日 一号室。翌日、窓まで行きたいと言う〉




