第6話 今度の面接
受付を休む曜日を書くために、早苗は黄色い紙を切った。
毎週、と先に書き、その後が空いた。
何曜日でもいいと思うと、何曜日も選べない。
平日に来る客も、土日にしか来られない客もいる。なるべく困らせない曜日を考えているうちに、いっそ休みを書かずにおこうかという所まで戻っていた。
けれど、四月が終わる前に、手芸材料をまとめて買いに行く時間が要る。
大きな店は、電車で二駅先にあった。ここまでの数週間で、同じ黒でも、手元の糸では合わない黒がいくつもあると分かった。
外へ頼む補修を持っていく約束もあった。
住んでいるから、いつでも受付を開けていられる。その考え方を続けたら、外へ出るたび、閉める理由を説明することになりそうだった。
早苗は水曜、と書いた。
叔母に相談していた候補の一つだった。
その下へ、通常の洗濯・乾燥は利用できます、と足す。
七番機の予定は、ここへは書かない。
ガラス戸へ貼る前に、少し離れて見た。
字が細く、背景の道路に紛れている。
もう一枚切り、太いペンで書き直した。
二枚になった紙を並べると、最初の方が、ずいぶん遠慮していた。
夕方、富美がタオルの袋を持って来た。
貼りたての紙を見て、戸を開けてから確かめる。
「水曜は、お休みになるのね」
「受付だけです。機械は使えます。ご不便をおかけして」
「水曜に、何か預ける用事、私にあったかしら」
早苗は、なかったと思います、と答えた。
富美はうなずき、袋を台へ置いた。
「じゃあ、不便になるかは、そのとき考えるわ」
早苗は笑って、すみません、と言いそうになった。
何に謝ろうとしたのか、自分でも分からなかったので、そのまま口を閉じた。
富美が取り出したのは、大小のタオルだった。家で使う分と、古くなって雑巾にする分を、洗う前に分けている。
早苗も、自分の物でそれをしようと思っていたのに、引越しの袋は、まだ半分そのままだった。
「これ、どっちに見える?」
富美が、端の薄くなった一枚を持ち上げた。
「まだ、タオルの方に見えます」
「私もそう思う。でも、引出しが閉まらないの」
「それは、私にもあります」
捨てられない物を、すぐに手放しましょうという話にはならなかった。
富美はその一枚を残す方へ置き、別の、端が裂けた物を雑巾用へ回した。
早苗は糸の色見本を片付け、自分の小机を空けた。
健太が来たのは、富美が通常機を回し始めた後だった。
スーツではなく、いつもの淡いシャツを着ている。紙袋も持っていない。
入口で少し迷ってから、早苗へ会釈した。
「何も預けないんですけど、ちょっとだけ」
声が低かったので、早苗は受付へ通した。
富美は雑誌を開いていた。こちらの用事を尋ねず、ページの端を折りかけて、備え付けだったと気づいて指を離す。
早苗はカーテンを、半分だけ引いた。
健太が、閉めてもらっていいですか、と言ったので、残りも引いた。
「面接、行ってきました」
彼は椅子へ座る前に言った。
早苗は結果を尋ねかけ、口を閉じた。
「お疲れさまでした。座りますか」
「はい。あの、合否は、まだです」
早苗が顔へ出してしまったのだろうか。
健太は少し笑い、椅子へ腰を下ろした。
「先に言っておこうと思って。今日は、そこが決まった話じゃないので」
「はい」
彼は鞄から、小さく畳んだ紙を取り出した。
それを机へ置いても、早苗の方へは向けなかった。
自分の書いた項目を、指で追う。
「仕事が遅くなるのが、毎日なのか、時期によるのか。採用された場合、どこまで担当するのか。それを聞いてきました」
「答えてもらえましたか」
「全部、その場では分からないって。現場へ確認してから返すと言われた所もあります」
はっきりしない答えを聞いて、不安になったという。
それでも、大丈夫です、と面接を終わらせなかった。
確認してもらえるまで、返事を待つことにした。
「何でもできます、って言う方が、まだ楽でした」
健太が紙の角を折り直した。
「できるか考えるの、こっちも時間がかかるので。条件が分かった後で、自分が断るかもしれないし」
「そうですね」
「でも、分からないまま入って、後で全部、自分が悪かったって思うよりは」
言葉の続きは、すぐには出なかった。
早苗は待った。
手元の受付簿へ、何かを書くふりもしなかった。
「今回は、自分で選びたいです」
健太はそう言い、紙を鞄へしまった。
早苗が答える前に、彼は続けた。
「七番機を使ったから、次は絶対うまくいくって、思いそうになりました。でも、面接の前に、普通に緊張したんです。聞く項目も、一個、飛ばしました」
思い出したらしく、少し顔をしかめる。
「勤務する場所。説明の途中で変わることもあるって言われて、そこを聞き直すつもりだったのに」
「あとで確認できそうですか」
「返事の連絡をもらうときに、聞きます。忘れないように、今度は最初に書きます」
早苗は、できたことを褒めるために、飛ばした一項目を消したくなかった。
聞けたことも、次に聞くことも、同じ紙へ置いてよかった。
「話しに来てくださって、ありがとうございます」
早苗が言うと、健太は肩をすくめた。
「何か報告しないといけない、とは思ってないです。でも、言えた方のことも、話したかったので」
「はい。また、お待ちしています」
彼は立ち、カーテンの端へ目を向けた。
早苗が開ける前に、入口の黄色い紙を指す。
「水曜、休むんですね」
「受付を。材料を買ったり、外の用事を済ませたりする日にしようと思って」
「書いてあると、分かっていいですね。僕、来てから閉まってると、勝手に、今日は来たらまずかったのかなって思うので」
早苗はガラス戸の方を見た。
太い字で書き直した紙が、カーテンの隙間から見えた。
健太を送り、店へ戻る。
富美が、乾燥へ移す籠の向きを変えていた。
早苗は通り道へ出していた受付用の椅子を引いた。
「ありがとう。これ、こっちを前にすると、扉に当たらないのね」
富美が自分で確かめた向きを、早苗へ見せた。
早苗はうなずき、隣の空いた台も見た。人が動く分まで荷物を置かないように、料金表の予備を自分の机へ戻す。
ここでの暮らしには、まだ、知らなかった小さい都合がいくつもあった。
夜、早苗は補修の売上を集計した。
材料代を引くと、最初に置いた目標へは、まだ届かなかった。
数字を隠さず、来月必要な分を別に書く。
それから、最初の水曜日の欄へ、二駅先の店、と入れた。
帰りに夕飯を買うだけでなく、途中で何か食べてもいい。
昼の時間まで予定を詰めるのは、やめた。
引出しの中の控え帳は、今夜は開かなかった。
健太が今日、面接へ行って聞いたことは、過去の変更を記録するための話ではない。
普通の受付簿には、仕上がった服の受取日が並んでいる。
早苗はその明日の分を確かめ、作業灯を消した。
店の奥の七番機は、止まったままだった。




