第21話 家族だけでは足りない
誠は、姉が予約を確かめるのだと、早苗に話していた。
翌日の相談へ、二人で持っていく物を分ける。
七番機の運転が終わるころ、彼が開いた手帳には、その用事が書いてあった。
早苗にも、それを聞いた覚えがあった。
でも、控え帳の利用前の状況は、違っていた。
遅れて外へ相談した。現在、姉とは必要な連絡を中心に、分担の話で意見が合わない。
同じ所もある。
姉と揉めていることは、いまの誠からも聞いていた。
違うのは、最初に家族の外へ相談した時期だった。
早苗の記憶では、退院した父の今後について、かなり早い段階で相談を始めていた。
「明日、二人で行くのも、今の方なんですね」
誠は手帳を見たまま言った。
早苗は、どちらの記憶を話しているか、先に確かめることにした。
「前の方には、その用事はありませんか」
「ないです。相談先も、今の担当の人とは、違います」
彼は少し黙った。
しばらくしてから、六年前の食卓の話を始めた。
一人では支えきれないと言ったとき、姉は、私だって全部は無理、と答えたという。
誠は、全部やれとは言ってない、と返した。
祝いの日の片付けは、途中で止まった。
「ああ、結局、喧嘩かって思いました。言わなかった方なら、その場では、喧嘩してなかったので」
「でも、姉が、二人とも無理なら、外に聞いてみないとって。それも、ちょっと怒った言い方でした。何で自分たちだけで決めようとしてるのって」
誠はその文を思い出し、苦い顔をした。
「俺は、最初から、それを言ってくれればよかったと思ったんです。姉は、最初から、一人でできるって言わないで、と」
ただ、無理だという話が、その場の相談になった。
連絡する先を調べ、事情を伝え、どんな手助けが使えるのかを、条件も含めて確かめる。
父自身の希望を聞く必要もあった。
その手順へ進んだのが、前の記憶より早かった。
「それでも、揉めます。予定を変えるとき、どっちが連絡するかとか。金額だけで同じに数えられない用事もあって」
早苗はうなずいた。
外へ相談したら、家族の会話が要らなくなるわけではなかった。
誠は、昔の分担表を全て覚えているわけではないと断りながら、二つの記憶の大きい違いを話した。
前の方では、自分が困ってから姉へ頼み、その頼み方を巡って、また関係が遠くなった。
新しい方では、初めからどちらにもできない用事があると、言い合った記憶があった。
「父も、誰に何を頼むか、一度は話したんです。でも、父が言ったことを、こっちが、そのままでいいのかと、また心配して」
誠は短く笑った。
「俺たちが黙ってれば、何でも、父の希望どおりというわけでもないし。だから、相談した方がいいんですね」
早苗は、そうすれば必ず正解が出るとは、答えなかった。
明日、会う人へ何を聞くかは、いまの姉弟が決めることだった。
自分は、彼の話を、必要な分だけ控え帳へ記した。
姉と対立は続くが、外の相談を早く始めた。
父の状態が、魔法で若いころへ戻ったわけではないことも、本人へ確認した。
上着を取り出すと、誠は表の襟を先に整えた。
それから裏へ返し、白い文字を探した。
内側の脇に、一文があった。
『俺一人では、支えきれない』
早苗は読み上げず、本人が指で示した所を確かめた。
「これ、姉に見せても、前の方のことは、覚えてないんですね」
「はい。二つの記憶があるのは、使ったご本人だけです」
誠はうなずき、上着を表へ戻した。
彼は自分から、そのことを話した。
「前の方では、もっと俺が抱えてたって、言いたくなりました。でも、姉には、ない話なんですよね。それを、いまの貸しにするのも、違うか」
早苗はその判断を取り上げず、黙って聞いた。
彼は縫い目のある上着を、ゆっくり畳んだ。
受取票とハンカチを戻し忘れないよう、袋の外へ先に分ける。
翌日の夕方、誠から、受付で少し話せるかと連絡があった。
早苗は通常の仕事が終わる時刻を伝えた。
彼が来たとき、今度は、式服の袋を持っていなかった。
机へ手帳を置き、相談で分かったことを、全部ではなく、家で決める必要のある所だけ話した。
「担当の方へ、何を聞きたいか、二人でそろえてなかったんです。姉は、いまの負担を聞きたくて、俺は、来月からどうするかを先に聞きたくて」
まず現在の用事を出し、それから予定を見直すことになったという。
終わった後、姉と二人で、時間を取った。
「俺、姉に、手伝ってくれるならって言ったんです。それで、また怒らせて」
早苗は顔を上げた。
「私も、父のことをしてるのに、全部そっちの仕事みたいに言わないでって。言われて、ああ、そうかと。でも、その場では、すぐには返せなくて」
誠は膝の上へ目を落とした。
姉が外で何をしていたか、いまも全てを知っているわけではない。
前より早く相談した人生でも、知らない所は残っていた。
「だから、誰が何をしてるかを、もう一回、出しました。できない分も。姉に全部持ってもらう話に、また戻りそうだったので」
書く係と、確認の連絡をする係を、次の一回について分けた。
「姉は、予約の変更を待ってる時間も、予定を空けてるんだって言いました。俺は、電話一本の用事だと思ってたんです」
誠は手帳の余白を見た。
訪問した回数だけなら、自分の方が多い。その数だけで、全体の負担を比べようとしていたという。
待っている時間や、返事を確かめる用事も出してみると、どちらも思っていた形ではなかった。
同じだけへ正確に割れる表ができたわけではないが、次に何を動かせるかは、少し具体的になった。
「父も、自分で買物へ行きたい日があるって。俺が、どうせついでだからと買って置いて、本人の予定を聞いてないこともありました」
相手が何を頼みたいかを、先に聞く。
その一つも、彼が現在の手帳へ残したことだった。早苗は、家族の表を自分の控え帳へ写さなかった。
姉が相談先との予約を確認し、誠は父へ聞くことと、普段の用事の記録をまとめる。
次に予定が変わったとき、どこへ知らせるかも決めた。
一生同じ分担を守る誓いにはしなかった。
「父の返事を、俺が先に考えないようにしないと。聞く前に、たぶん嫌がるからって、こっちでやめることがあるんです」
早苗は自分の両手を見た。
彼へ、よく分かりますという言葉で、自分の事情を重ねなかった。
明日の用事へ手を伸ばす誠には、誠の家の続きがあった。
「姉とも、また、合わないと思います」
誠が言った。
「でも、次に何を話すかは、前よりある気がします」
控え帳に、新たな改変が起きたと記す必要もなかった。
今日は、現在の二人が話し直した報告だった。
誠は帰る前、前に教えた補修の連絡方法を確かめた。
式服を次に着る予定はまだないが、しまう前に、服に合う手入れをもう一度確認するという。
早苗は、自分で分からない所は専門店へ、と前と同じ案内をした。
彼も、はい、と、前より短く答えた。
店の外へ出た誠は、鞄からスマホを取り出した。
誰に何を送っているかを、早苗は見なかった。
自分の机へ戻り、誠が手帳を置いていた所を拭いた。




