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人生で一度だけ、あの日へ言葉を届ける洗濯機  作者: 雨宮 弦
第4章 同じ結末、違う道

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第21話 家族だけでは足りない

 誠は、姉が予約を確かめるのだと、早苗に話していた。

 翌日の相談へ、二人で持っていく物を分ける。

 七番機の運転が終わるころ、彼が開いた手帳には、その用事が書いてあった。

 早苗にも、それを聞いた覚えがあった。

 でも、控え帳の利用前の状況は、違っていた。


 遅れて外へ相談した。現在、姉とは必要な連絡を中心に、分担の話で意見が合わない。


 同じ所もある。

 姉と揉めていることは、いまの誠からも聞いていた。

 違うのは、最初に家族の外へ相談した時期だった。

 早苗の記憶では、退院した父の今後について、かなり早い段階で相談を始めていた。


「明日、二人で行くのも、今の方なんですね」


 誠は手帳を見たまま言った。

 早苗は、どちらの記憶を話しているか、先に確かめることにした。


「前の方には、その用事はありませんか」


「ないです。相談先も、今の担当の人とは、違います」


 彼は少し黙った。

 しばらくしてから、六年前の食卓の話を始めた。

 一人では支えきれないと言ったとき、姉は、私だって全部は無理、と答えたという。

 誠は、全部やれとは言ってない、と返した。

 祝いの日の片付けは、途中で止まった。


「ああ、結局、喧嘩かって思いました。言わなかった方なら、その場では、喧嘩してなかったので」


「でも、姉が、二人とも無理なら、外に聞いてみないとって。それも、ちょっと怒った言い方でした。何で自分たちだけで決めようとしてるのって」


 誠はその文を思い出し、苦い顔をした。


「俺は、最初から、それを言ってくれればよかったと思ったんです。姉は、最初から、一人でできるって言わないで、と」


 ただ、無理だという話が、その場の相談になった。

 連絡する先を調べ、事情を伝え、どんな手助けが使えるのかを、条件も含めて確かめる。

 父自身の希望を聞く必要もあった。

 その手順へ進んだのが、前の記憶より早かった。


「それでも、揉めます。予定を変えるとき、どっちが連絡するかとか。金額だけで同じに数えられない用事もあって」


 早苗はうなずいた。

 外へ相談したら、家族の会話が要らなくなるわけではなかった。

 誠は、昔の分担表を全て覚えているわけではないと断りながら、二つの記憶の大きい違いを話した。

 前の方では、自分が困ってから姉へ頼み、その頼み方を巡って、また関係が遠くなった。

 新しい方では、初めからどちらにもできない用事があると、言い合った記憶があった。


「父も、誰に何を頼むか、一度は話したんです。でも、父が言ったことを、こっちが、そのままでいいのかと、また心配して」


 誠は短く笑った。


「俺たちが黙ってれば、何でも、父の希望どおりというわけでもないし。だから、相談した方がいいんですね」


 早苗は、そうすれば必ず正解が出るとは、答えなかった。

 明日、会う人へ何を聞くかは、いまの姉弟が決めることだった。

 自分は、彼の話を、必要な分だけ控え帳へ記した。

 姉と対立は続くが、外の相談を早く始めた。

 父の状態が、魔法で若いころへ戻ったわけではないことも、本人へ確認した。


 上着を取り出すと、誠は表の襟を先に整えた。

 それから裏へ返し、白い文字を探した。

 内側の脇に、一文があった。

 『俺一人では、支えきれない』

 早苗は読み上げず、本人が指で示した所を確かめた。


「これ、姉に見せても、前の方のことは、覚えてないんですね」


「はい。二つの記憶があるのは、使ったご本人だけです」


 誠はうなずき、上着を表へ戻した。

 彼は自分から、そのことを話した。


「前の方では、もっと俺が抱えてたって、言いたくなりました。でも、姉には、ない話なんですよね。それを、いまの貸しにするのも、違うか」


 早苗はその判断を取り上げず、黙って聞いた。

 彼は縫い目のある上着を、ゆっくり畳んだ。

 受取票とハンカチを戻し忘れないよう、袋の外へ先に分ける。


 翌日の夕方、誠から、受付で少し話せるかと連絡があった。

 早苗は通常の仕事が終わる時刻を伝えた。

 彼が来たとき、今度は、式服の袋を持っていなかった。

 机へ手帳を置き、相談で分かったことを、全部ではなく、家で決める必要のある所だけ話した。


「担当の方へ、何を聞きたいか、二人でそろえてなかったんです。姉は、いまの負担を聞きたくて、俺は、来月からどうするかを先に聞きたくて」


 まず現在の用事を出し、それから予定を見直すことになったという。

 終わった後、姉と二人で、時間を取った。


「俺、姉に、手伝ってくれるならって言ったんです。それで、また怒らせて」


 早苗は顔を上げた。


「私も、父のことをしてるのに、全部そっちの仕事みたいに言わないでって。言われて、ああ、そうかと。でも、その場では、すぐには返せなくて」


 誠は膝の上へ目を落とした。

 姉が外で何をしていたか、いまも全てを知っているわけではない。

 前より早く相談した人生でも、知らない所は残っていた。


「だから、誰が何をしてるかを、もう一回、出しました。できない分も。姉に全部持ってもらう話に、また戻りそうだったので」


 書く係と、確認の連絡をする係を、次の一回について分けた。


「姉は、予約の変更を待ってる時間も、予定を空けてるんだって言いました。俺は、電話一本の用事だと思ってたんです」


 誠は手帳の余白を見た。

 訪問した回数だけなら、自分の方が多い。その数だけで、全体の負担を比べようとしていたという。

 待っている時間や、返事を確かめる用事も出してみると、どちらも思っていた形ではなかった。

 同じだけへ正確に割れる表ができたわけではないが、次に何を動かせるかは、少し具体的になった。


「父も、自分で買物へ行きたい日があるって。俺が、どうせついでだからと買って置いて、本人の予定を聞いてないこともありました」


 相手が何を頼みたいかを、先に聞く。

 その一つも、彼が現在の手帳へ残したことだった。早苗は、家族の表を自分の控え帳へ写さなかった。

 姉が相談先との予約を確認し、誠は父へ聞くことと、普段の用事の記録をまとめる。

 次に予定が変わったとき、どこへ知らせるかも決めた。

 一生同じ分担を守る誓いにはしなかった。


「父の返事を、俺が先に考えないようにしないと。聞く前に、たぶん嫌がるからって、こっちでやめることがあるんです」


 早苗は自分の両手を見た。

 彼へ、よく分かりますという言葉で、自分の事情を重ねなかった。

 明日の用事へ手を伸ばす誠には、誠の家の続きがあった。


「姉とも、また、合わないと思います」


 誠が言った。


「でも、次に何を話すかは、前よりある気がします」


 控え帳に、新たな改変が起きたと記す必要もなかった。

 今日は、現在の二人が話し直した報告だった。


 誠は帰る前、前に教えた補修の連絡方法を確かめた。

 式服を次に着る予定はまだないが、しまう前に、服に合う手入れをもう一度確認するという。

 早苗は、自分で分からない所は専門店へ、と前と同じ案内をした。

 彼も、はい、と、前より短く答えた。


 店の外へ出た誠は、鞄からスマホを取り出した。

 誰に何を送っているかを、早苗は見なかった。

 自分の机へ戻り、誠が手帳を置いていた所を拭いた。

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