↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
56/56

村を去る喜之助

二日後。

村の人口は、半分以下になってしまっていた。

今後の対応について、村人たちは村の長(おさ)の家宅で評定をする事になった。

そこには、喜之助も呼ばれていた。

何と言っても、喜之助は村を崩壊させる原因となった最重要人物である。

評定の内容は今後の喜之助の処分について、真っ向から意見が別れた。

一つ目は疫難の元凶である喜之助を殺す、という物。

もう一つは村から去り、永久に戻ってはならぬとい追放令だった。

後者の案には、避難が飛び交った。

身内や家族を殺された者が、大勢いたからだ。

その者の多くは、喜之助を殺さなければ家族が殺された無念は晴れぬという物だった。

しかし少ないながらも、喜之助を支援してくれる者もいた。

彼らの意見はこれまでの喜之助の村での功績を評価する事で相殺(そうさい)し、処刑はやめるものの、村から追放するという物だった。

どちらにしても、喜之助はこの村に留まる事は出来なかった。

どのみち、刑部たちと闘った時点で命は捨てていたのだから。

もちろん捨てる覚悟が出来ていなければ、今頃は喜之助の方が死んでいただろう。

喜之助は自分が諸兄される事は、厭(いと)わなかった。

死んで罪を償えるなら、喜んでそうするつもりだ。

元々、こんな事になったのは全て己(おのれ)の責任なのだ。

早速、喜之助処刑派の発言が始まった。

「ぶしつけながらご評定に先立ち、申し上げたき儀がございます。

我ら一同、カマイタチの賊徒である魚住喜之助

を、断じて許す分けにはいきませぬ。

喜之助が存命しておる限り、死んだ百姓、稚児らは成仏出来ようはずがありませぬ。

彼らの御霊のためにも、何卒(なにとぞ)喜之助処刑のご検討を」

「仲間ではない。元仲間だったのだ」

喜之助保守派が反対した。

「現在だろうと過去だろうと、かかわり合いがある事に変わりはない!」

処刑派の怒りの炎が、沸き立った。

一方喜之助は何を言われようと、一切言い返さなかった。

この期に及んで何を言おうと、言い逃れに取られると思ったからだ。

「長老殿、どうかご決断を」

村人たちは村長(むらおさ)である、勘兵衛に詰め寄った。

「喜之助を殺すなどとは、このわしが許さぬ!」

勘兵衛は、怒った。

「憎しみに憎しみで返すという事自体、カマイタチのしておる悪魔の所業と何一つ変わらぬ!我々は最後まで、人間であり続けなければならぬ!」

勘兵衛は、喜之助を見た。

「席を外せ。その方の処分は我々だけで話し合おう」

喜之助は黙って立つと、部屋から出ていった。

部屋には、綾音の姿はなかった。

二度と顔を見たくない、と綾音が言っていたのを喜之助は思い出した。


    ―――――――――――――――――――


「入りなされい」

外で待っている喜之助が村人に呼ばれると、部屋に戻った。

「ではこれより、儀の決定を皆様方に申し上げる」

勘兵衛は部屋の中央に座った喜之助に、毅然とした態度で言った。

「魚住喜之助、その方カマイタチの賊徒であったにも関わらず我々を欺き続け、こような甚大な被害を及ぼす結果と相成(あいな)った。

その罪、万死に値する。

しかしながら、喜之助の下ノ庄村での功労も計り知れぬ恩恵がある。

直接の原因であるそちに死ねと申すには、余りに酷なもの。

されどお主がおれば、災いの元凶になるは必定(ひつじょう)。

明日の明け方には、この村を出ていくがよい」

結局、喜之助が村を出る事に決まった。

それには村長の勘兵衛の発言力が、大きかったろう。

「バカヤロー!」

「人でなし!」

喜之助は村人たちの罵声を浴びながら、退場した。


    ――――――――――――――――――――


その晩。

喜之助は茜と子供たちの待っていない我が家に戻った。

また、一人ぼっちに戻ってしまった。

喜之助は大事に飾って、毎日祈りを捧げていた仏像を粉々に破壊してしまった。

神仏なんて、いない。

もう一人ではない、と思い続けた結果がこれだ。


    ――――――――――――――――――


明くる日の朝。

まだ日が完全に昇らぬ内から旅支度を整えた喜之助は、誰にも見送ってもらわずにひっそりと村を出るつもりだった。

これ以上、村にとどまって侮蔑(ぶべつ)の目で見られ続けても仕方ない。

まだ皆が寝ている内に出ようとした時、何者かがこちらに駆けてくる音を聞いた。

それは、権兵衛爺さんだった。

喜之助は、振り返った。

「待ってくれ!」

権兵衛は喜之助の近くにたどり着くと、しばらく呼吸を整えてからしゃべった。

「やはり喜之助の事だから、人知れずに旅立つと思ったわい。

これから、どうするつもりじゃ?」

「当てはありません」

喜之助は正国を腰に差すと、答えた。

「その刀、持っていくのか?」

「道中も安全とは言い切れません。

そのような事態に備えて、この刀は必要不可欠なもの」

「じゃが、あんなにこの刀を使うのは嫌だと言ってたじゃないか」

「改心したのだ。

今のわしには、この正国は無くてはならぬ物。

この先、どうなるか全く分からぬ」

「喜之助、お前こそ真の日本男児じゃ。達者でな」

権兵衛との別れの際、つい喜之助は弱音を吐いた。

「誰でも変われるはずだと思っていた。

新しい魚住喜之助として、幸せに生きる事が出来ると思っていた。

だが、結局元通りになってしまった。

一人で生きるのが儂(わし)の運命なら、それに逆らうまい。

では、御免(ごめん)」

喜之助は編笠(あみがさ)を被ると、トボトボと歩き出した。

権兵衛は朝日と一緒に、喜之助が去って行くのを見守った。

どんどん喜之助は小さくなり、やがて見えなくなった。


    ――――――――――――――――――


落胆しながら歩く喜之助は、茜と結婚した時の

神社の神主を、思い出した。

あのクソ神主の言う通りに、なってしまった。

やはり、儂の悪(あ)しき運命は変えられるものではなかったのだ。

それにしても、何故儂はこんな宿命ばかり背負わなければならないのだろうか?

神主なら儂の宿命について、知っているのかも知れない。

そう思うと居ても立ってもいられず、峠(とうげ)を越えた場所にある例の神社の元へ駆けて行った。

 

  ――――――――――――――――――――


神社には着いたが、誰も人の気配がない。

所々にクモの巣が張り、錆び付いていた。

廃神社になっていたのだ。

立ちすくす喜之助は、通りがかりの農夫に声を掛けられた。

「お侍さま、どうかなすったんで・・・?」

農夫は刀を差している喜之助を、侍だと勘違いした。

「一つ、教えてはくれぬか。

ここの神主は、どこへ行ったのじゃ?」

「神主さんですか・・・、三年ぐれえ程前に忽然と姿を消してしまいましてねえ・・・。

それっきり消息不明で・・・。

今しゃあ、この有り様で」

「そうか。かたじけない」

三年前、といえば儂と茜が結婚した頃だ。

喜之助はまた編笠を被り直すと、また当てのない旅を続けた。


   ――――――――――――――――――――


日は大分、暮れかけていた。

道は時折、旅籠(はたご)へ急ぐ旅人が通りがかるくらいだ。

何も生きる目標を見失った喜之助は、すれ違いざま二人の侍と肩をぶつけた。

そのまま通り過ぎようとする喜之助に、侍が怒鳴った。

「待て、ぶつかっておいて謝らぬつもりか、無礼者!」

腹の虫の居所が悪くなっていた喜之助は、怒って振り向いた。

正国を抜くと二秒で侍二人を斬り殺し、また何気なく旅路を歩いて行った。

 

   ―――――――――――――――――


数年後。

今日も綾音は機(はた)を織るのに、余念がなかった。

機を織る最中、時々喜之助の事を思い出す事がある。

本当にあの男が出ていってくれて良かった。

出て行かなければ、自分が殺していた所だ。

思い出すだけで、腸(はらわた)が煮えくり返る。

茜は隣村の村長の息子と結婚し、今は二人の息子がいた。

近頃、近隣の村の者から妙な噂を聞いた。

東海道中に、恐ろしい追い剥ぎが出るというのだ。

綾音には悲しくも、その追い剥ぎが誰なのか分かっていた。

魚住喜之助だと言う事が。


       【完】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。