第2話 反攻
◆ ◆ ◆
夢を見ていた。
ずっと昔の俺だ。
貧しい母子家庭だった。
野球のグローブが盗まれた時、俺のせいにされた。
相手の親は俺の口の中が血まみれになるまで殴った。
おふくろは何もできなかった。
東大に合格したが、進学はできず公務員になった。
高卒公務員だ。
運が向いたのは、市議会の大物に気に入られた時からだ。
俺は大卒どもを追い抜かして出世した。
俺は地位を自分のために使わなかった。
精一杯市民のために働いた。
それが大物から受けた恩に報いることになると信じたからだ。
だが大物は俺を売った。
汚職の責任を押し付けられた。
取り調べの刑事に顔面を机に叩きつけられた
久しぶりに鉄に似た血の味が口の中に広がった。
俺は密かに罠を作った。そして大物を陥れた。
俺は大物の代わりに議員になった。
誰のためでもない。俺のために生きる悪徳政治家誕生だった。
◆ ◆ ◆
俺が目を覚ました時、無数の回復魔法が俺に向けられていた。
「枢機卿がお目覚めです!」
安どの声が上がった。
「戦況はどうなった?」
僧侶の女が首を振った。良くないのだ。だが、城が落ちていないだけマシだ。
俺は立ち上がる。
「そのお体では無理です!」
女がすがりつく。俺は女を乱暴に振り払った。
外を見ると、戦場は三つに分かれている。右翼、中央、左翼だ。
右翼は敵の勇者ラインハルトと相対している。
レオンが、勇者に切りかかった。無理だ。あの化け物(勇者)に勝てるはずはない。だが、五分の闘いを演じやがった。よく見ると勇者の剣にためらいがある。全身傷だらけで向かってくる若い騎士の迷いのない目に押されているのだ。
だが、やはり技量が違う。勇者の剣がレオンを弾き飛ばした。ためらいはあっても戦場で手を止める男ではない。勇者の剣が、レオンを切り裂いた、と思った。
何者かが勇者の剣を受け止めていた。近衛隊長のギルベルトだ。
「立て!レオン」
ギルベルトが怒鳴る。近衛隊と護衛隊、ずっと犬猿の仲だったはずだ。
レオンとギルベルトが二人がかりで勇者に切りかかる。
右翼の戦線は膠着した。
中央が崩れ始めた。
反乱軍が最新兵器『バリスタ』を高台に据えたのだ。王国軍の騎士たちが次々とバリスタの餌食となる。後退が始まる。
「まずい。中央が崩壊するぞ」
その時だった。時代遅れの重い甲冑を身に着けた老騎士が、戦斧を旋回させながら飛び出した。バリスタの前にひしめく守備隊をたった一人で突破するつもりだ。
男は”王国の英雄”ジークハルトだと分かった。かつてシュタール峰の戦いで、わずか数十騎で、数千の魔王軍をくぎ付けにした男だ。だが、それは過去の話。今では盛りを過ぎた年寄りに過ぎない。
だが、老騎士は血路を開く。命を削るよう繰り出される斧は、敵兵を薙ぎ払った。
「届くのではないか?」
誰もが、そう思った時、バリスタの矢がジークハルトを貫いた。老騎士は矢を受けたまま前進した。だが、二本目の矢が貫いたとき、絶命した。後、十メートルのところだった。
だが、その死は王国兵を狂兵に変えた。
「ジークハルト様のご遺体を守れ!」
雑兵までが、泣きながら突撃に加わる。ジークハルトの遺体を挟み、すさまじい乱戦が始まった。数で劣る王国兵が、反乱軍を押している。雑兵が敵の騎士に切り倒される。だが、別の雑兵が騎士の腕にしがみつく。さらに別の雑兵が、騎士の鎧の隙間に短剣をねじ込む。
一人の若い軽装兵が、乱戦を抜け出た。バリスタに迫るが、武器は短剣一つだ。これでは何もできない。
若者は城を振り返った。俺と目が合った。笑いやがった。そして何かをぬいた。
一瞬、煙が見えた後、大爆発が起きた。爆薬を身体に巻いてやがったのだ。
中央を苦しめていたバリスタが破壊された。
俺は左翼に向かう。
「お下がりください。そのお体では危険です」
侍女たちがすがりつく。俺はそいつらを振りほどいた。
今、寝ていても、負けたら終わりだ。
『左翼しかない。そして左翼で決まる』
左翼は押されていた。精鋭の近衛兵と護衛兵が右に寄りすぎた。兵も薄い。
逆に敵方は精鋭の獣人隊が中核を受け持つ。
最前線を指揮していた騎士、鋼鉄のディータが討たれた。
左翼が崩れた。それは中央に伝染する。ジークハルトや若い兵の犠牲が無駄になる。
左翼の敵兵が、中央へと流れ込む。ただですら数で劣勢の中央が、前と横から攻撃を受ける。
中央が、崩れた。
「今度こそ、終わったか?」
諦めかけた俺の横を白一色の騎馬隊が駆け抜けた。
「枢機卿閣下、御免!」
勇ましく声を投げ捨てたのは、”ベルセンの白い魔女”、王妹イザベルだった。
唯一まともな王族だ。
白百合騎士団を率い、王太子を守り、城外へ脱出したはずだ。
「イザベル様、王太子はどうなされた?」
さすがの俺も王妹相手には言葉を慎む。
イザベルは振り返って、城の方角をみた。
紫地に鷲と獅子!そこには、王家の旗が翻っていた。
王太子は逃げなかったのだ。四歳のガキが、それを自分で決めた。
イザベルの騎士団は、中央を包囲していた敵の右翼を切り裂いた。味方左翼も立ち直る。
「獣人ども、恩を忘れたか、馬上の君は王妹イザベル殿下であるぞ」
俺は回復した魔力で念話を発動する。
十年前、獣人の森を守ったのは、勇者だけではない。
直接、魔王軍を粉砕したのは、イザベル率いるベルセン王国第三軍だった。
やはり左翼で決まった。最初に獣人隊が引いた。
「王太子殿下、軍をお借りします」
俺は王太子に膝をついた。
恐怖を必死にこらえながら、四歳の王太子は肯いた。
俺は、無傷の王太子親衛隊を中央に投入する。
先頭には俺が立つ。激戦の中、俺は魔力を振るう。
ついに、中央を押し込んだ。
これで反乱軍は右翼と中央が崩れた。
勇者の隊は孤立した。もはや退却するしかなかった。
反乱軍は退却した。




