第1話 絶体絶命
生前、俺はF市議会の議長だった。
『令和の妖怪』と呼ばれていた。
まあ、悪徳政治家だ。
融通の利かない市職員には冷や飯を食わせた。
市の不正を暴こうとした刑事は、離島に飛ばしてやった。
マスコミから『街角の聖女』などと呼ばれる女教師がいた。
夜の盛り場をうろつくガキどもに、声をかけて回る女だ。
盛り場の不正は俺の資金源だった。男がらみのスキャンダルをでっち上げてやった。マスコミの見出しが、『街角の聖女』から『街角の性女』変わった。
そんな俺が、見事に畳の上で大往生を遂げた。
そして転生した。
転生先は、破滅寸前の悪徳枢機卿。王国ナンバー2だった。
おい。破滅寸前じゃねえか。この枢機卿・・・。
“(後に勇者となる荷物担ぎを追放する)悪役貴族に転生”なんて、生ぬるい話じゃない。それなら、俺は何とでもできる。
ガキの間にその勇者とやらを始末すればいい。
今の状況は違う!もう既に十万を超す反乱軍が迫っている。
率いるのは聖女アルテシア、先鋒は勇者ラインハルト。もちろん敵だ。
反乱軍は、王都最後の盾、グラビスの要塞を突破しやがった。
王都到着まで、後三日だ。
俺が、悪徳枢機卿に転生したのは、まさにそのタイミングだった。
何が俺にできる?
そんなもん、てめえで考えるしかねえだろう!!
◆ ◆ ◆
「枢機卿!お逃げください。我々が血路を開きます!」
大したもんだ。どこの世界も、できるやつはできる。
目の前の若い騎士は、頬に傷を負い、煤にまみれた顔で言いやがった。
枢機卿直属の護衛隊騎士レオンだ。つまりこの国のエリートだ。
俺はこの三日間、王国の資料を読み漁った。
腐り切っていた。
前世のF市が可愛いくらいだ。王族、貴族、みな私腹を肥やすことしか考えていない。
なかでも、このジイさん、ジュリアス枢機卿は別格のクズだった。
名家に生まれ、若くして権力を得たくせに、生涯を不正にささげたような男だ。
死ぬ直前まで王位をかすめ取ることを考えてやがった。
そんな男のために、目の前の若い騎士は命を懸けようとしている。
「枢機卿!お急ぎください!」
「おい、こら、小僧。誰に上等こいてんだ?あぁ?」
俺は地方議員時代の口調に戻っていた。
枢機卿なら、『若き兵よ。言葉を慎みなさい』とでも言うのだろう。
俺は、外の広場に向かった。馬鹿でかい噴水のある中央広場だ。
反乱軍は正門に迫ろうとしている。
「おい。あの門を開けろ!」
「枢機卿!何をなさるおつもりですか?」
敵が迫る中での開門。意味が分からなくて当たり前だ。
「いいから、開けろっつてんだよ!」
王が亡き今、四歳の王太子を後見する枢機卿の言葉は絶対だった。
正門が開け放たれた。敵兵が殺到する。
城兵たちは皆、わずかな護衛だけをつれた俺を呆然と見守っている。
(ションベン臭い聖女に、お利口さんの勇者か。舐めるなよ、ガキども。おじいちゃんが遊んでやるよ)
まずは正門に殺到したザコ兵士たちを、吹っ飛ばした。
さすが、悪徳とはいえ枢機卿の魔力は絶大だ。
だが相手は十万、焼け石に水だ。だが、俺が必要なのは、わずかな時間の”空白”だけでいい。
俺は念話を発動した。膨大な魔力を持つ枢機卿の念話は味方だけでなく、敵全体の脳裏にも響き渡る。
ここから先は枢機卿の土俵じゃない。二十年間、F市に君臨した悪徳政治家の土俵だ。
「近衛兵ども!お前らは、王家のすねにかじりついた物乞いか?」
近衛兵は王の直属部隊だ。
突然の侮辱とも取れる問いかけに、兵たちは戸惑った。
「ち、違う!」
誰かが叫んだ。
「ではなんだ?」
「我々は王家の剣だ。そして盾だ」
いい答えだ。周囲の兵たちの顔が上がる。
王国軍を支配していた”諦め”に、亀裂が入った。
後はそれを広げていく。
「王家とは何のためにある?」
「国を、民を守るためだ!!」
近衛兵たちは問いかけの意図を悟ったらしい。
誇らしげに答えやがる。
まあ、近衛兵はほどほどに利口だから助かる。これが雑兵なら固まりやがる。
「騎士ども!”護国の誓い”を忘れたか?今こそ、その責務を果たせ!」
「命を惜しむな!名こそ惜しめ!我らは陛下のもと、民とともにある!」
騎士たちが護国の誓いを口にした。泣いている者もいる。
「前線の兵ども、嫁でもいい、ガキでもいい、大切なものを思い出せ。それらはすべて王国とともにある」
城壁、城内、いたるところから歓声が上がる。
敗戦は、確信ではなくなった。
「王のため!」「ベルセン王国に栄光あれ!」「祖国万歳!」
正論、建前、大義、こじつけ、俺はこれらで人を回してきた。
だが、言葉だけではだめだ。人は目に見えた形で動く。
俺はさらに危険な場所に身体をさらした。
「おい、勇者」
名前がすぐに出てこなかった。俺も年だ。
確かラインハルトとか言った。
貧民街の出で、差別と貧困に散々苦しんだ男だ。だが正義の心は捨てなかった。
そして聖女とともに、立ち上がった。
「お前、いい鎧つけてんな。それ、ミスリルか?」
俺は勇者の鎧をアゴでさす。そして今度は味方の城壁に向かって怒鳴った。
「おい、てめえら、反乱軍ってのは儲かるらしいぜ!」
一瞬、沈黙。しかし、味方の雑兵の中にノリのいい奴がいやがった。
「枢機卿様!アッシも、勇者って奴にあやかりてえ!こっちは支給品の安物だあ。穴が開いてやがる」
城兵の一人が尻を突き出した。ちょうどその部分に亀裂が走っていた。雑兵たちから笑いが上がる。
「生意気言うんじゃねえ、贅沢したけりゃ、まずは”勇者様”になるこった」
俺も煽る、煽る。市議時代を思い出す。俺の演説に有権者たちは、ドッカンドッカンだった。
だが、この俺のセンスのいい煽りも、上品な近衛隊や護衛隊にはイマイチ通じない。受けているのは雑兵だけだ。惜しいことだ。
「まあ、ミスリルはいいぜ。値段に見合う有益な防具だ。だが、その胸のキザったらしい青い宝石は何だ。手前を飾るだけじゃねえか!」
勇者の周りの兵が、青い宝石に目をやった。
「てめえ、その宝石が欲しくて、いくつ町を焼いた?何人、死んだ。何人のガキが飢えた?」
「違う!ラインハルト様は!」
反乱軍の誰かが叫ぼうとした。
「三下は黙ってろ!おい、勇者!てめえ、救世主だろうが、ナニ助けてもらってるんだ?」
俺の前世の街の言葉の汚さは間違いなく”日本ランカー”だった。貧民街育ちの勇者でもついて来れない。
「聖女、てめえもだ。純白の絹たあ、ウチの王妃様並みだな」
俺はニヤニヤと聖女を見る。
「いや、わかってるぜ。誰かが寄付してくれたんだろ?だがそれ、俺の法衣も同じだぜ。お前らはそれを”教会の堕落”とか言ってたんじゃなかったのか?」
さすが十万を率いる女だ。聖女アルテシアは微動だにしない。毅然とした態度のままだ。
――構わない。
聖女をこれで落とすつもりはない。俺が落とすのは周りの駒だ。
「お前は、まあいいぜ。元々は貴族の娘だ。反乱軍なんか始めなくても、絹のドレスくらい仕立てられただろうよ」
俺はそう言った後、聖女の後ろに控える女官どもに視線を向けた。
「だが、お前ら、女官どもはどうだ?貧乏人の娘が、うまいことやった口じゃないか?いいもの着て、いいもん食ってそうじゃないか?」
女官たちが明らかにひるむ。
「この雑兵とどう違うんだ?」
俺は足元の女兵士の死体を蹴った。さっき俺が吹きとばした奴らの一人だ。
死者を足蹴にする。普通なら敵はいきり立つ。
だが、違った。動揺が走った。
清楚な身なりの女官と泥にまみれた女兵士の死体。
違いは明らかだった。
聖女アルテシアと勇者ラインハルトが、自由と平等を掲げて反乱軍を旗揚げしてから、十年がたつ。連中の中にもとっくに差はできている。きれいごとで胡麻化していただけだ。
「おい、獣人!」
今度は獣人隊に目を向ける。常に反乱軍の先鋒を支えてきた。だが、装備は人間部隊より貧しい。
「お前ら、人間と同じもの食わせてもらってるか?」
沈黙があった。
「知ってるぜ。今も区別されてるそうじゃねえか」
獣人たちが目を伏せた
「思い出せよ。てめえらを迫害したのは、貴族か?平民か?」
獣人を差別したのは、同じ生活圏の平民たちだ。貴族の生活圏に獣人は居ない。だから差別しようもない。
井戸を使わせてもらえなかった。石を投げられた。賃金をだまし取られた。子供がさらわれた。
獣人たちの脳裏に様々な記憶がよみがえる。
やったのは貴族ではない。今隣にいる平民たちだ。
獣人たちが反乱軍に入ったのは、勇者ラインハルトが魔王軍から彼らの森を守ったからだ。その時、他の平民たちは、手を差し伸べることはなかった。
「お前らが勝っても、隣にいる奴が、お前らを足蹴にするんじゃないか?そうはならないと信じられるか?」
俺はかさぶたをはがし、隠されていた真実をさらけ出す。
「おい、聖女」
再び俺は聖女に目を向ける。
「王都を落とした後、どうする?国庫にもう金はないぞ。この戦争で使い果たした。重税でも課すか?王国の西半分は王党派だ。そこから絞るか?貴族たちと同じやり方だな」
聖女は答えない。沈黙が最大の抵抗力だ。
「知ってるだろう?ベルギット辺境伯の領都が魔王軍に落とされた。内乱に付け込まれたんだ。どうする?魔王軍も攻め込んでくるぞ」
一本の矢が飛んできた。即座に防御魔法を展開したが、突き破られた。ダメだ、電池(魔力)が切れた。矢は俺の胸に突き刺さった。年寄りには酷だ。
次の瞬間、雨のような矢が俺に降り注ぐ。周りには護衛隊しかいない。こいつ等では矢は防げない。
俺がもうだめかと思った時だった。俺たちの上に無数の防御陣が展開された。
気を失いそうになりながら、城壁を見ると、女王直属の”聖冠魔導隊”が詠唱をしている。俺、いや王位を狙うジュリアス枢機卿を毛嫌いしていた連中だ。隊長のエレノアが、上位黒魔法を放った。反乱軍の弓兵部隊が吹っ飛ぶのが見えた。そして俺の意識は遠のいた。




