1-19 カゴの中のクズ剣
昨日に続き、今日も休日だ。
俺は嫌がるノルをなだめすかして、武器屋へ向かっていた。休日なのに、当たり前のように移動は抱っこだ。宿の部屋を出る時に、当たり前のように抱き上げられるので、俺も首に手を回して座りのいい位置を探すのが週間になっている。
それにしても、道で見かける冒険者らしき人の服装が、ここ数週間でかなり変わった。髪の色も服装もカラフルだったはずが、ノルのような黒やグレーの服装が増えたのだ。ノルの強さは、冒険者に広く知られるようになり(毎日、森狼を一人で3匹倒してたら、そりゃそうなる)、服装を真似する人が増えたのである。今や、ノルは冒険者界隈のインフルエンサーだ。日本だったら「沼る冒険者」として有名人になっていたかもしれない。これからは、森狼装備が流行るのだろうか。ノルの存在が、この町の経済を少し回しているようだ。
「おう、いつかの坊主と兄さんかい。……ほう、奴隷の割に、いい革装備になったじゃねぇか。ちと、剣を見せてみろ」
武器屋の店主が、ノルの新しい防具に目を細めてから、ノルから受け取った剣を色々な角度から確認している。どうやら合格だったようだが、おやじの満足そうな顔にノルを値踏みする鋭さが混じっていた。
今日の目的は、新しい剣だ。森狼装備のように、「追加攻撃」付与剣に買い替えたいのだ。
店主に「中古品の追加攻撃力の付与がついた剣を」と伝えると、もう一度、じっとノルを見つめた後、奥の部屋から数本を出してきてくれた。俺の目には、それぞれに2巻、3巻の糸が見える。付与武器はノーマル武器よりかなり高価だが、残念ながらこちらの裏口に使える素材は、この近辺には無かった。
昨日の防具と今日の剣で、3週間の貯えはきれいに吐き出すことになる。だが、装備は経費ではなく投資だ。ダンジョンも魔法鞄も、安全に稼いでからの話でいい。
ノルは1本ずつ手に取り、いつもの目利きを始めていた。その横顔が、楽しそうに見える。注目点は、わずかに上がった右の口の端だ。
「主。剣の付与は、二種類ある」
選びながら、ノルが珍しく講義を始めた。自発的に情報が出てくるのは、初めてではないだろうか。よほど機嫌がいいようだ。
「鉱山やダンジョンで採れる特殊鋼で作った剣に、武器鍛冶職人が後からスキルで付与を刻んだもの。これが店で買える大半だ。もう1つは、生まれつき宿しているもの──それが魔剣と呼ばれる剣だ」
「生まれつき?」
「素材から特別な剣だ。ダンジョンの主が守っていたり、深層の宝箱から出たりする黒魔鋼や精霊鋼を材料にする。その素材を扱える名工も、大陸に一握りしかいない。有名な魔剣は、一振りで城が買える」
「城……。うちの経営計画には、今後も登場しない品目だな」
「ああ。そういうものは、縁だ」
魔剣──全男児憧れの武器であろう。俺は断じて厨二ではないが、「くそっ、あいつにやられた右腕がうずくぜ!」とか言いながら、黒い炎が噴き出す魔剣を構えてみたい気はする。もちろん、黒い眼帯は必須だ。もしくは、黒マスクでも可。学ランだと言うことなし。うむ。
結局ノルは、3巻きの片手剣を選んだ。反りのない真っすぐな刃で、前の中古剣と同じく飾りは付いてない。ノルらしい選択だ。さぁ値切るぞと張り切っていると、ノルは小ぶりなナイフを1本、棚から抜いて俺に差し出した。
「主も、これを」
「俺が? ナイフなんて使ったことないよ」
「俺が教えるし、それに……採取にも使える」
後半は取ってつけたような言葉だったが、要は護身用として持たせたいのだろう。俺がノルの新しい装備に安心するように、それでノルが安心するのであればやぶさかでない。俺はナイフを受け取って腰に差した。6歳児が構えると玩具にしか見えない気もするが、それはそれだ。
カウンターで値引き交渉をしていた時だった。
台の奥に置かれた藤籠が、ふと目に入った。
薄汚れた剣が、束にして無造作に突っ込まれている。値札もない、投げ売り状態。だが、その中の1本に、俺の目は釘付けになった。
巻いている。それも、かなりの密度で。柄から刃の半ばまで、白い糸がぐるぐると、30巻はありそうだ。今まで見たどの剣よりも多い。
だが、その糸は光ってない糸で、刃の途中でぷつりと途切れていた。
切れて途絶えた空白地帯。──結界地の壊れた井戸やノルの左腕と同じだ。
「ああ、このカゴのは全部クズ剣だよ」
俺の視線に気づいた店主が、苦笑いした。
「先週、北の戦場からまとめて流れてきた品でな。中にゃ盗品もありそうだが、騎士団も面倒がって引き取らねぇんだ。呪いの類はないはずだ。今の中古の剣を下取りに出してくれるんだろ? だったら、タダで1本持って行っていいぞ」
「じゃあ、その右側の少し長い剣を見せてくれる?」
「坊主には、ちと早すぎるんじゃねぇか」
そう言いながら、店主が渡してくれる。ずしりと重い。あちこちに泥がこびりついている。錆も酷く、刃こぼれもあるようだ。誰がどう見ても、クズ剣だろう。ただ、柄に刻まれた模様だけが、少し凝っていた。蔦のような波のようないくつかの絡まった線が細工されている。指でこすっても汚れは取れないが。
「ノル、これさ──」
振り向くと、ノルがクズ剣を凝視していた。
何かを思い出そうとしている顔、あるいは、思い出してしまった顔。数秒の微妙な沈黙のあと、ノルは低く言った。
「……主。それが欲しい」
ノルの「欲しい」は、これで2度目だ。1度目は剣、2度目も剣。ブレない男、それがノルだ。何か訳ありそうにも見えるが、タダなら使えなくても問題ない。
「わかった。おやじさん、このクズ剣も込みで、全部でいくら?」
「兄さんの剣と、坊主のナイフと、下取り分を引いて……そうだな、締めて25万ゼナでどうだい」
もちろん、20万まで値切って買った。ノルも頷いていたので、それくらいが適正価格なのだろう。手持ちの現金がまた振出しに戻ったが、明日から森狼と癒し草で稼げば数日で回収できる。キャッシュフローは健全だから問題ない。
帰り道。ノルは新しい片手剣を腰に差し、俺にクズ剣を両手でしっかり抱えさせて俺ごと抱き上げた。明らかにクズ剣を気にして、チラチラとこちらを見る。ふざけて落とすふりでもしてやろうかと思ったけど、どう見ても冗談で済まなさそうな雰囲気だった。
それにしても、また切れた糸か。
『そういうものは、縁だ』
ノルの言葉が頭を過ぎる。
うん、やるしかないな。
俺は決意を込めて、腕の中の剣を見つめた。




