1-18 裏口の正体
あれから、3週間が経った。今日は週末の休日1日目だ。
まず大切なお知らせがある。裏口は、そのまま裏口だった。つまり、正規の値段で買わずに済む裏技、という意味だ。LANケーブルは関係なかった。俺の前世の職業病が一人で暴走した形だが、そういった黒歴史は毎日のように発生しているので、速やかに記憶から消去している。
ノルの裏技とは、素材の持ち込みだった。
装備の値段の半分以上は革の仕入れ値だから、材料を自分で狩って持ち込めば、加工費だけで済むと言う。あれから毎日、ノルは森で森狼を3匹狩り、革工房に2匹を持ち込んだ。
「おいおい、2匹とも傷ひとつねぇじゃねぇか。矢穴も裂け目もない毛皮なんて、何年ぶりだよ。え? 毎日、2匹をこの状態で持ち込むだって?!」
革職人のおやじは、喜んで交渉に応じてくれた。「首から肩にかけての硬い毛皮以外は、全て渡す」という条件で、鞣し加工はタダ。工房には十分に美味しい取引らしい。
ノルの仕留め方は、飛び掛かってきた狼の開いた口から脳へ、剣を一突きだった。外側に傷跡ひとつ残らない、商品価値を落とさない狩り方だ。誰にでもできる技ではない。
そうして鞣した革を24枚。防具工房に持ち込み、加工費50万ゼナで装備一式に仕立ててもらった。160万の品が、50万。材料の内製化による、6割超のコスト削減である。社長賞モノだ。
そして今日が、いよいよ装備の受取り日である。
「ほらよ。うちの親方の自信作だ。久しぶりに12%品ができたとよ」
防具屋裏の工房のカウンターに置かれたのは、銀灰色の森狼の革鎧一式だった。額当て、胸当て、籠手、ロングブーツ、全てノルのサイズに合わせたフルオーダー品だ。
「12%? 表の防具屋で売ってたセットは、10%でしたよね」
「素材が違えば、数字も違うのさ。防具の付与ってぇのは、素材の質と職人の腕で決まるんだ。兄さんの毛皮は極上、鞣しも上物。そこにうちの親方の甲冑スキルが揃ったら、10が12になっても不思議はねぇってもんだ」
若いお兄さんは自分のことのように胸を張り、工房の魔道具で「追加防御12%」の数字を1つずつ見せてくれた。
こっそり「見る」と、確かにどの防具も糸が12巻だ。思い返せば、ノルが狩った毛皮の時点では5巻だった。鞣し上がって工房に持ち込んだ革は8巻。防具に仕上がって12巻。素材の質と加工の腕で、糸は増えていくわけだ。メモ帳のスキル情報ページに、また1行が増えた。
職人が甲冑スキルや武器鍛冶スキルで付与する「追加防御」や「追加攻撃」は、道具自体の性能を上げるので、魔力がないノルでもその恩恵を受けられる。だが、魔剣や魔鎧と言われる銘柄物は、魔力を流せないと使えないらしい。魔鎧の反射スキルなんて、使えたら便利そうなのに。まあ、魔力が無くてもノルは十分に強いけれど、使用者としては少しでも安全に狩りをしていただきたい。
その場で試着したノルは、動きやすさに驚いていた。継ぎ目の縫製は、店で見た既製品よりずっと緻密だ。この3週間で貯めた50万ゼナを払って工房を出ると、俺はスキップしながら宿へと帰った。せっかく癒し草採取と森狼で貯めた75万が25万になってしまったが、全く気にならない。満足感の方が、ずっと大きかった。
さて、俺の仕事はここからだ。
「よーし、巻くぞー!」
宿の部屋で装備一式を床に並べ、俺は袖をまくって気合を入れた。ノルは腕を組んで、少し心配そうに俺を見ている。この3週間で、ノルの表情も少しだけ豊かになった。
胸当てを手に取り、まず「見る」。白く光る魔力の糸が、きれいに等間隔で12巻している。目標は20巻。Cランク魔物の防具としては最高級の追加防御だ。
胸当ての糸の端をつまみ、ゆっくりと引き伸ばして巻く。13巻。14巻。15巻。
3週間、訓練を続けてきた巻作業のおかげか、最近は癒し草10本を巻いても倒れなくなっていた。だが、18巻目から額に汗が浮き喉が渇き始める。19巻で、視界の端がじわりと暗くなる。
ここだ。この「じわり」感。やっと最近わかってきたのだ。どのくらいまで視界の隅が暗くなったらブラックアウトするのか。小さく息をついてから、糸をゆっくり引っ張る。
よし、20巻。ギリセーフ。
俺は糸から指を離し、そのまま床に大の字になった。限界ぎりぎりだが意識はある。学習する男、それが俺だ。
「終わったぁ……胸当ての防御力、2割増し……」
「大丈夫か? 無茶をするなと──」
「してないよ。ちゃんと手前で止めた。ほら、意識あるでしょ」
ノルは何か言いかけて、諦めたようにため息をついて、俺を抱き上げてベッドまで運ぶ。そっと毛布をかけてから、水を汲んで持ってきてくれる。ずっと仏頂面だが、過保護全開だ。
「ノル、着てみてよ。追加防御を上げたらサイズが変わったりしない? 大丈夫かな」
渋々、ノルは装備を身に着けた。どうせならと、他のまだ12巻の防具も一緒に。
「やっぱ、ガタイがいいとかっこいいなあ……」
思わず、羨ましげな声が出た。銀灰色の革鎧は、黒髪のノルに驚くほどピッタリだった。きちんとサイズを合わせた仕立てが、体の厚みを引き立てている。元騎士らしい、背筋が伸びた堂々とした立ち姿は、胸当ての下の細い腰から長い足までもかっこよく見せる。マジで羨ましい。
「似合う。すごく似合うよ、ノル」
「……そうか」
ノルは籠手の留め具を確かめるふりをして、俺から顔を逸らした。耳が、少しだけ赤い気がする。ノルも気に入ってくれたのなら、何よりだが──
「ん? ちょっと待って。胸当てだけ色が違う気がする」
ベッドから降りて、ノルの周りを1周して確認する。胸当てだけ銀色が強く、革なのに少し金属っぽく見える。籠手と比べたら違いがよくわかる。
「主がスキルを使うと、癒し草も緑が濃くなる。そういうものかもしれない。早くベッドに──」
「マジかー。じゃあ休憩しながら、今日中に他の3つも巻いちゃうね」
「ダメだ、無理をしては」
「大丈夫だって。俺の残業コントロールは完璧だよ。36協定とストレスチェックの間を縫って生きてきたんだ」
「意味がわからん。誤魔化そうとしても無駄だ。顔色が悪い」
ノルは深いため息をついた後、俺を抱え上げて、再びベッドへと寝かせた。
「主、1時間は休んでくれ」
ベッドの中から、俺は満足とともに宣言した。
「今日中に防具は揃うよ。──次は、剣だね!」




