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外れ刻印の灰掃き、魔物の群れを刈るたび廃村が目を覚ます ~追放された少年は灰鐘を鳴らし、底なしの夜を今日で止める~  作者: 花守りつ


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015 赤滓坑道

西の赤滓坑道に立つと、俺は必ず最初に足元を確かめる。土の硬さ、灰の湿り、風の向き。それだけで、その日に来る群れの性質が少し分かるようになっていた。

 この日、俺たちの前にあった問題は滓小鬼だった。相手は滓小鬼。数は百八十。一つずつなら刃で足りるが、群れになれば息も足場も奪ってくる。

 ここまでに得たものは、台所と働く手、深井戸の水脈、灰鎖の胸当て、灰掃きの本当の意味。どれも小さな獲得だったが、小さな獲得が重なると村の動きが変わる。問題は、灰獣のほうもこちらの変化を嗅ぎつけることだった。

 狭い場所で群れと向き合うと、迷いまで刃に引っかかる。その感覚は、胸の真ん中に残ってなかなか消えなかった。

 西の赤滓坑道で一番怖いのは、強い敵そのものではなく、昨日の勝ち方を今日も使えると決め込むことだった。灰の匂い、風の向き、足場の湿り、遠くで響く小さな音。そのどれか一つが変われば、同じ滓小鬼でもまるで別の戦いになる。だから俺は、刃を抜く前に必ず周りを見た。

 ガルドは金床の前で、片目だけを細めて俺を見た。「坊主、刃は強くなった。だが使い手が刃に追いつこうとして息を捨てている」

 「息を捨てる?」

 「急ぐなということだ。群れ相手に急げば、死ぬ順番だけ早くなる」

 ミナはその横で矢羽根をそろえ、アグは炉の熱を嫌って扉の外へ寝そべっていた。村はまだ小さいが、誰がどこにいるか分かるだけで、戦いの前の怖さは少し形を変える。

 灰獣は賢くなっていた。こちらの柵を避け、灯を嫌い、足場の弱いところを探す。昨日までの勝ち方を、そのまま今日使うことはできない。

 滓小鬼は、ただ突っ込んでくるだけではなかった。先に弱いところを探し、次に音でこちらを焦らせ、最後に数で押す。騎士団の教本には載っていない戦い方だが、この谷ではそれが普通だった。

 ミナの矢が左の隙間を縫った。羽の音が一つ消え、俺の足場が開く。そこへアグが飛び込み、噛むのではなく群れの向きを変えた。正面から受ければ押し潰される数でも、横へ流せば刃が届く。

 ガルドの作った刃は、灰を吸うたびわずかに重くなる。重くなるのに、振りは鈍らない。むしろ次の軌道を刃のほうから教えてくるようで、俺はその声に合わせて肩を抜いた。

 短剣を低く構え、先頭の滓小鬼を足元から払う。倒した一匹が灰へ崩れる前に、次の影が肩へ飛び込んできた。俺は半歩だけ沈み、背中ではなく腰で回る。刃の先が円を描き、三つの喉をまとめて裂いた。

 恐怖が腹に来る。だが、恐怖を否定しても足は速くならない。俺はそれを息と一緒に飲み込み、次の一歩を選んだ。逃げる一歩ではなく、群れの中心を割る一歩だ。

 百八十という数は、口にすればただの言葉になる。けれど目の前で動くと、それは壁であり波であり、こちらの心を削る音になる。俺は数えすぎないことにした。一匹を倒し、次を倒し、倒れた灰が足元に道を作るのを待つ。

 赤滓坑道は、息をするだけで喉が焼けた。壁は赤く、床には古い鉱夫の足跡が残っている。滓小鬼はその足跡から湧くように出てきた。

 狭い坑道で囲まれれば終わりだ。俺は広い場所へ逃げたい衝動を押さえ、あえて細い通路に入った。数の多さを、横幅の狭さで殺す。

 滓小鬼の棍棒が壁に当たり、火花が散る。俺はその火花で次の影を読み、横薙ぎに刃を振った。一匹だけでなく、二匹、三匹。赤滓鉄を吸った刃が、初めて線ではなく面で敵を裂いた。

 坑道の奥で見つけた赤滓鉄は、熱を帯びていた。ガルドはそれを持つなり笑った。「これで刃は、群れを嫌がらなくなる」

 灰を集めるとき、俺はいつも三つに分けるようになった。すぐ戦いに使う灰、鉱夫の古い灯へ回す灰、村の暮らしへ混ぜる灰だ。最初は迷わなかった。全部を刃へ入れれば、目の前の滓小鬼を倒しやすくなる。けれど刃だけが強くなっても、喉が渇けば動けず、眠る場所がなければ判断を誤る。灰鐘が教えたのは、力の置き場所を間違えるなということだった。

 人の声が増え、村が村として形を持ち始めた時期だった。やるべきことは派手な勝利ではなく、避難順を決め、鍋を大きくし、門番を置き、倒れた者をどこへ運ぶかまで決めておくことだった。大きな力を得たように見える日でも、誰かが薪を濡らしたり、水袋を置き忘れたりすれば、夜には全部が危うくなる。守る人数が増えるほど、勝利の条件も複雑になる。だから俺たちは、獣の数だけでなく、靴紐の結び目や鍋の底の焦げまで気にするようになった。

 谷の奥は、こちらの成長を黙って見逃してはくれない。赤滓鉄と横薙ぎの呼吸を得た日の夜には、必ず別の癖を持つ灰獣が現れる。硬いもの、速いもの、音を消すもの、群れの形を変えるもの。俺たちは楽になるために強くなるのではなく、次の苦しさに耐えるために強くなっているのだと、何度も思い知らされた。

 俺は以前、強さとは一人で多くを背負えることだと思っていた。騎士団でそう教えられたからだ。けれどカナンでは逆だった。ミナとガルドがそれぞれの仕事を持つほど、俺が背負わなくていいものが増える。背負わないからこそ、必要な瞬間に走れる。

 戦いの合間、俺はよく鐘楼の影で手を開いた。左手の刻印には、細かな灰が爪の間まで入り込む。洗っても完全には落ちない。昔なら、それが嫌だった。外れと呼ばれた印に、さらに灰が染みつくのが惨めだった。今は違う。この灰で赤滓鉄と横薙ぎの呼吸が生まれ、誰かが水を飲み、誰かが夜を越す。汚れではなく、通ってきた道の色だと思えるようになった。

 ただ、得ることには必ず費用があった。刃が強くなれば腕への負担が増え、道が伸びれば守る距離も伸びる。鉱夫の古い灯を使える者が増えれば、壊れたときに困る者も増える。便利になるほど弱点も増えるということを、カナンでは誰も理屈ではなく体で覚えた。

 夕方になると、村の影は長く伸びる。壊れた壁の影、立て直した柵の影、まだ屋根のない家の影。影の数だけ、昨日と今日の差が見える。俺はその差を一つずつ確かめた。大きな城ではない。けれど、何もなかった場所に輪郭が戻っていくのを見ると、喉の奥に詰まっていたものが少しだけ下りた。

 怖さは減らない。ただ、怖いと口にしても隣の誰かが手を止めなくなった。俺はその空気を、何よりも大事にした。強い刃は折れることがある。高い柵も破られる。けれど、誰かが倒れたときに別の誰かが手を伸ばす習慣は、簡単には壊れない。灰鐘が本当に育てていたのは、俺の腕でも村の壁でもなく、その習慣だったのかもしれない。

 だから俺は、滓小鬼を前にしても、最初のころのようにただ生き延びることだけを考えなくなった。生き延びたあと、何を残すか。誰が次に使える形へ変えるか。どの獲得を、どの弱い場所へ渡すか。そんなことを考えながら刃を握るようになったとき、外れ刻印という言葉は、少しずつ遠い場所の悪口になっていった。

 夜の見張りで一人になると、遠くの谷からまだ知らない声が聞こえることがある。恐ろしい声ばかりではない。助けを求める声、怒る声、名前を呼ぶ声。灰鐘がそれを聞かせるのか、俺の刻印が拾ってしまうのかは分からない。分からないままでも、次に進む理由にはなった。

 俺は勝利を信じるより、手順を信じるようになった。灰を拾う。清める。分ける。使う。壊れたら直す。足りなければ別の手を探す。その繰り返しは地味で、吟遊詩人が歌うような輝きはない。けれど、西の赤滓坑道で生き残るには、その地味さが何より強かった。

 鐘の音が収まると、村のどこかで必ず生活の音が増える。槌の音、鍋の音、子どもが走る音。戦いのあとにそれを聞けるから、俺は次の群れにも向き合えた。

 灰鐘へ赤滓鉄と横薙ぎの呼吸を捧げると、鐘楼の石が内側から淡く光った。大きな奇跡ではない。だが、昨日なら諦めていた作業が今日ならできる。その差が、この村では命を分ける。

 今回の獲得は赤滓鉄と横薙ぎの呼吸だった。言葉にすると一つだが、その一つは何通りにも使える。鉱夫の古い灯と結びつければ戦いの手になり、人の手と結びつければ暮らしの支えになる。

 灰鐘は、願えば何でもくれる宝ではない。こちらが倒し、運び、選び、時には諦めたものを、別の形に組み直すだけだ。だからこそ、手に入れたものには重みがある。

 俺は外れ刻印と呼ばれていた。魔法を撃てず、剣の紋もなく、癒やしの光も持たない。けれど外れとは、誰かの物差しからこぼれたというだけだ。こぼれたものを集める手が必要な場所もある。

 戦いが終わると、村人たちはすぐに動き始めた。倒れた者を運び、破れた布を縫い、拾える灰を清め、使える骨をより分ける。勝ったという言葉を口にする前に、次の夜へ備える。それがカナンの一日だった。

 ミナは俺の肩の傷に布を巻きながら、「無茶をするな」と言った。俺が返事をする前に、ガルドが「無茶をしない戦場などない」とぼやいた。少しだけ笑いが起きた。

 赤く光る鉱石は、炉に入れる前から鼓動していた。夜はまだ深い。けれど、俺たちはもう、ただ夜が明けるのを待つだけの者ではなかった。

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