↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死を諦めた占い師は、皇子に目をつけられた  作者: ここば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/95

第七十九話:兄の答え

第二皇子の宮の門は、拍子抜けするほど、あっさりと開いた。


「お待ちしておりました、と主が。」


柏峰は、そう言って先に立った。

待っていた。来ると分かっていた。あの人らしい。

通されたのは、あの夜と同じ小さな部屋だった。

卓は一つ。膳はない。代わりに、茶が二つ。


「よく来たな、景辰。」


上座で、景明が言った。布はない。素顔のまま。


「掛けろ。……今日は、お前が話す番なのだろう?」


景辰は、座らなかった。


「――兄上。伺いたいことが二つあります。」


「申せ。」


「一つ。昊国の企ての糸を引いた文は、黎の宮中の御用紙で書かれていた。もっとも古い一通は、私が兄上の名代に立つと決まった直後の日付です。……あの時点でそれを知り得た者は、数えるほどしかいない。」


景明は、茶を一口含んだ。


「俺を疑っているのか?」


「疑うのが、道理です。」


「――ふむ。で、お前はどう思っている?」


景辰は、しばらく黙って、兄の顔を見ていた。


「……違う、と思っています。」


「ほう。」


「兄上は、あれが同行すると知った時、本気で止めた。止められぬと分かると、あの国で身を守る術を、一つ一つ教えた。……あの忠告がなければ、あれは宴の膳を口にしていた。一人で庭を歩いていた。」


雨鈴から聞いた。

宴の物を口にするな、人のいない場所へ一人で行くな、誰の親切も疑え、弟の傍を離れるな。

あの娘は、その全部を守った。


「あれを殺す絵図を描いた者が、あれの生きる術を教えるはずがない。」


景明は、初めて、笑った。


「……面白いな。疑うと言って、無実の証を並べに来たか。」


「順序です。兄上が糸の主でないなら――もう一つの問いが、意味を持つ。」


「二つ目を、聞こう。」


「兄上は、あれの生まれを探っている。白楊村を洗い、道中で出自を訊いて回り、昨日は夫婦を押さえようとした。……なぜです?」


「気になったからだ。」


「兄上。」


「……面白い娘だ、と言ったはずだ。面白いものの由来を知りたがるのは、人の性だろう。」


はぐらかしだ。分かっていて、景辰は引かなかった。


「兄上は、あれが誰の子か、知っているのですか?」


部屋が、静まり返った。

景明は、茶碗を置いた。


「――探っている。知っている、とは言っていない。」


「同じことです。」


「違う。……確かめ終えていないものを口にするほど、俺は軽くない。」


声が、低くなった。


「だが、一つだけ教えてやろう。……あの夫婦は、あれの親ではない。」


景辰の指が、動いた。

――押し付けられて、仕方なく。

あの男の言葉が、ここで形になった。


「では、誰が?」


「預けた者がいる。……誰かは、まだ言わん。」


「確かめ終えたら、言うのですか?」


「その時、考える。」


平然と、そう言った。

考える。つまり、言うかどうかを、この人が決める。

あの娘の生まれを、この人が握ったまま。


「――兄上。それは…」


「お前が怒るのも、道理だ。」


景明は、遮った。


「だが、考えてもみろ。あの娘の生まれが、もし市井の外にあったとして――それを口にした瞬間、何が起きる。あれは、占い師の雨鈴ではなくなる。……誰かの娘、として扱われる。その誰かが誰であるかで、あれの行く末は、お前の手を離れるぞ。」


景辰は、言葉に詰まった。


「確かめ終えてもいないものを言い、あれを駒にする気はない。……それだけだ。」


理屈は、正しかった。悔しいほどに。


「……夫婦を連れ去ったのは?」


「お前の探している者と、同じ手だろうな。」


あっさりと、景明は言った。


「昊で戦を起こしたがった者。お前を失脚させたがった者。あれを衆目の前で貶めた者。用済みの駒を消した者。……別々の顔に見えるか?」


「……いえ。」


「ならば、それだけ分かっていればいい。あとは、お前の仕事だ。」


「兄上は、その者を知っている。」


「さあ、知らんな。」


嘘だ、と景辰は思った。

思ったが、証はない。この人が言わぬと決めたものは、何を重ねても出てこない。

幼い頃から、それだけは変わらなかった。


「――一つ、教えておいてやる。」


立ち上がりかけた景辰の背に、景明が言った。


「夫婦を運んだのは、御家中の駕籠だそうだな。」


「……ええ。」


「御家中の駕籠は、紋を隠せん。担ぎ手の手配も、宿場の記録も残る。……市井の目を持つ娘が、お前の隣にいるのだろう?」


景辰は、振り返った。

兄は、茶碗を見つめたまま、こちらを見ていなかった。


「……ありがとうございます。」


「礼を言われる筋ではない。」


弟が去った部屋で、景明は、懐から油紙の包みを取り出した。

半分に割られた木の札。裏の焼き印。

あれを渡せば、弟は一晩で家に辿り着く。

そして、その先の真実にも。


――まだだ。

景明は、包みを懐に戻した。

確かめ終えていない、というのは嘘ではない。

だが、渡さぬ理由が、それだけでないことも、自分でよく分かっていた。


真実を出せば、あれは本当に弟のものになるかもしれない。

出さなければ、あれは、まだ誰のものでもない。

腰の布が、重かった。


「……渡すつもりはない。」


何を、とは、口にしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。