↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死を諦めた占い師は、皇子に目をつけられた  作者: ここば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/95

第六十九話:濡れ衣

「――黎の一行を、捕らえよ!!」

 

野太い声が、広間を割った。

進み出たのは、鎧に身を固めた偉丈夫だった。

頬に古い刀傷。居並ぶ武官たちの先頭に立つ、この国の大将軍・韓鉄(かんてつ)。


「矢が何よりの証!黎の禁軍の矢だ!和議と偽り、式典に紛れ、王女殿下のお命を狙った――これが黎国のやり口よ!!」

 

兵が、動いた。

槍の穂先が、ぐるりと一行を囲む。

蒼楽の手が剣の柄にかかり、護衛たちが景辰と雨鈴を背に庇って半円を組んだ。


「抜くな。」

 

景辰の声は、低く、静かだった。


「一人でも抜けば、それこそ思う壺だ。……全員、手を離せ。」

 

蒼楽が、奥歯を噛んで、柄から手を離す。

広間の温度が、氷点まで下がっていた。

誰かが一歩間違えれば、この場で戦が始まる。

誰もが、それを分かっていた。


「韓鉄将軍。」

 

景辰は、槍の輪の中から、まっすぐに男を見た。


「一つ、伺いたい。……刺客が、自国の紋の入った矢を、ご丁寧に矢筒いっぱいに担いで参りますか。それも、逃げ道まで整えた手練れが。」


「――詭弁を!」


「詭弁かどうかは、あれに問えばよい。」

 

景辰は、床に転がされた射手を、顎で示した。


「生かして捕らえてある。口を割らせれば、雇い主も出る。……それとも将軍。あの男に喋られては、困りますかな?」


「貴様!!」

 

韓鉄の顔が、朱に染まった。槍の輪が、じり、と縮まる。

その時だった。


「――お待ちなさい。」

 

凛とした声が、広間に通った。

玲琅だった。

陸青が戸板で運び出されていくのを見送って、王女は緋の敷物の中央に、一人で立った。

衣の裾には、まだ血の色が残っている。


「父上。発言をお許しください。」

 

玉座の王が、重く頷いた。


「まず、事実を申し上げます。――昨日、わたくしは黎国の御一行より、報せを受けておりました。」

 

広間が、ざわめいた。


「式典の足場に、職人に紛れた不審の者がいる、と。武官殿の見立てとして、正式に。……わたくしはその報せを受け、昨夜、回廊を兵に改めさせました。記録も、立ち会った兵もおります。」

 

玲琅は、ゆっくりと広間を見渡した。


「韓鉄将軍。伺いますが――王女を殺そうとする者が、前日に、わざわざその場所を報せて、捜索までさせますか?」


「そ、それは……」


「そして今日。矢が放たれる前に、わたくしに『上』と叫んで報せてくださったのは、そちらの、黎の側室の方です。」

 

何百という視線が、末席の雨鈴に集まった。


「あの声がなければ、わたくしは、今ここに立っておりません。……殺したい相手の命を、二度も救う刺客が、どこの国におりますの?」

 

広間が、静まり返った。

韓鉄が、何かを言いかけて、言えずに、拳を震わせている。


「矢羽根が黎のものであること。それ自体は、事実でしょう。」

 

玲琅は、最後に、玉座を見上げた。


「ですが父上。矢は、持たせることができます。紋は、刻ませることができます。……誰かが、この場で戦を始めたがっている。娘には、そう見えてなりません。」

 

長い、沈黙があった。

やがて王が、口を開いた。


「――刺客の尋問を待つ。裁きは、それからだ。」

 

低い、疲れた声だった。


「黎の御一行には、迎賓の宮にて……客として、お過ごしいただく。警護は、こちらで付ける。」

 

体のいい軟禁だった。それでも、槍の輪は解かれた。

この場は――凌いだ。

 

迎賓の宮に戻ると、雨鈴は椅子に座り込んだまま、動けなくなった。

今頃になって、手が震え出した。

何百人の前で叫んだ。異国の王宮で。末席の側室が。


「……手を。」

 

景辰が、向かいに膝をついて、両手で雨鈴の手を包んだ。


「冷えている。……視たのか?」


「ううん。これは、視たからじゃなくて……ただの、震え。」


「そうか。」

 

景辰は、手を離さなかった。


「……よく、叫んだ。」


「作法、全部忘れちゃった。」


「作法で人は救えん。」

 

その言い方があんまり景辰らしくて、雨鈴は少しだけ笑えた。

笑ったら、余計に手が震えた。震えが止まるまで、景辰はずっと、そのままでいた。

 

報せが来たのは、真夜中だった。 

戸を叩いたのは、玲琅の使いの女官だった。

青い顔で、声を潜めて、告げた。


「――刺客が、死にました。」


「!」


「獄の内で、毒を。……夕餉に紛れていたと。」


部屋の空気が、凍った。


「尋問は?」


「一度も、口を開かぬまま。」


高峻が、静かに言った。


「……獄は、王宮の内。夕餉に手を入れられるのは、宮の内の者だけです。」


つまり。

敵は、外から来たのではない。

この王宮の、内側にいる。

獄に手が届き、礼部の名簿に人を紛れ込ませ、黎の矢を用意できる場所に。

 

雨鈴は、ふと、視の中の光景を思い出した。

――男は、それを見届けなかった。すぐに身を翻し、屋根の下を這うように移動していく。

逃げ道は、もう決まっているらしかった。

逃げ道が、決まっていた。

あれは、手引きがあったということだ。

最初から、視えていたのだ。あの時は、意味が分からなかっただけで。


「……景辰。」


「ああ。」


「敵は、この宮の中にいる;」

 

窓の外は、月もない闇だった。

尋問という道は断たれた。

証は、まだこちらの潔白を示しきれていない。そして、次の一手は、必ず来る。

――口を封じるほど、追い詰められている者から。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。