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死を諦めた占い師は、皇子に目をつけられた  作者: ここば


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第三話:別世界へ

夜明けの光の中、景辰は担架で運ばれた。

護衛たちの動きに無駄がない。

慣れているのか、それとも主君がこういう目に遭うのが初めてではないのか。

どちらにしても、あまり気分の良い話ではない。


雨鈴は少し離れた場所からそれを見ていた。


「蘇雨鈴様、こちらへ。」


護衛の一人に促され、馬車へ乗り込む。

中は外見以上に広く、座席も上質な布で覆われている。

景辰は横たえられたまま、目を閉じている。

顔色は悪いが、呼吸は安定していた。


扉が閉まる。

馬車が動き出す。

揺れはほとんどない。

静かすぎるほどだ。

雨鈴は膝の上で手を組み、窓の外を見た。


まだ人の少ない朝の街が、ゆっくりと流れていく。

昨夜まで自分がいた場所だ。

なのに、もう遠い気がした。


「……後悔しているか?」


不意に、声が落ちた。

顔を向けると、景辰が薄く目を開けていた。

意識があったらしい。


「起きたの?大丈夫?」


「あぁ。」


かすれた声だった。

それでも視線は、しっかりとこちらへ向いている。


「後悔はしてない。」


答えてから、少し考える。


「まだ、だけど。」


「正直な奴だ。」


「嘘をついても仕方ないでしょ。」


景辰はわずかに口元を動かした。

それきり、目を閉じる。


馬車の中に、静けさが戻った。

雨鈴は再び窓の外へ視線を向ける。

街が城下へと変わり、道幅が広くなっていく。

行き交う人の顔が、少しずつ違って見えた。

表情が、どこか固い。

(……気のせいかな。)

そう思いながら、視線を戻した。

 

やがて、馬車がゆっくりと減速した。

外がざわめく。

扉が開かれる。

護衛に促されて外に出た瞬間、雨鈴は足を止めた。


目の前に広がっていたのは、高くそびえる城だった。

言葉が出ない。

重厚な門。磨き上げられた石壁。

整然と並ぶ兵士たち。


その全てが、昨日まで自分がいた世界とはまるで違う。

そして、門の内側に人が集まっていた。

担架で運ばれる景辰を見た瞬間、その場の空気が変わった。


「景辰殿下!」


誰かが声を上げる。

人々が道を空ける。

ただの形式的な動きではない。

心配と、安堵と——そして、もう一つ。


雨鈴は目を細めた。

全員が、景辰を心配しているわけではない。

人垣の中に、表情を動かさない者がいる。

ただ状況を観察するような、冷えた目。

景辰が運ばれていく方向を、静かに追っている。

一人ではない。

二人、三人。

それぞれ離れた場所に立っているのに、どこか同じ空気をまとっている。


(……何あれ。)

直感が、ざわついた。

心配しているふりをしながら、値踏みしている。

景辰の傷の深さを、その先を、計算しているような目だ。


「蘇雨鈴様。」


護衛の声に、視線を引き戻される。


「殿下のご回復まで、こちらでお部屋をご用意しております。」


「……はい。」


答えながら、もう一度だけ人垣を見る。

冷えた目の持ち主たちは、もう雨鈴など見ていない。

ただ景辰の背を、静かに追い続けていた。


(この場所は。)

城を見上げる。

高い。

空が、いつもより遠い気がした。

表と裏が、最初からある場所だ。

昨夜の路地より、ずっと複雑な闇がここにはある。

そんな直感が、胸の奥に落ちた。


「行くぞ。」


後ろから、かすれた声が落ちた。

担架の上で、景辰が薄く目を開けていた。


「静かに寝てなさいよ。」


「大丈夫だ。」


「傷が開くわよ。」


「お前には関係ない。」


「関係あるでしょ、私のせいで——」


「お前のせいではない。」


短く、はっきりと言い切る。


「俺が選んだ。」


その言葉に、返す言葉が見つからなかった。


護衛たちが景辰を運び始める。

雨鈴はその後を追いながら、もう一度だけ人垣へ視線をやった。

冷えた目はもう消えていた。

何事もなかったように、人々の中に溶けている。


(……気をつけないと。)

初めて、そう思った。

景辰の側にいることへの警戒ではない。

この場所そのものへの、警戒だ。


城の門をくぐる。

足元の石畳が、裏路地の土とは違う感触を返してくる。

ここから先は、知らない世界だ。


でも、あの冷えた目には見覚えがあった。

表面上は普通のふりをしながら、内側で値踏みしている目。

子どもの頃から、何度も受けてきた。

気味悪がりながら、何かに使えないか計算している目。

そういう目を、私はずっと知っている。


この場所も、同じだ。

ただ、規模が違うだけで。

裏路地と、何も変わらない。


(……なら、やりようはある。)

知らない場所は怖い。

でも知らないままでいる方が、もっと怖い。

ここで生き延びるために、この場所を知る必要がある。

あの冷えた目が誰のものか。

この城の中で、何が動いているのか。

それが今の、唯一の答えだった。


「来ないと置いていくぞ。」


景辰の声が、前から落ちる。


「分かってる。」


今度は、誰かに引かれたわけじゃない。

自分の足で、踏み出してきたのだから。


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