第二十五話:贈り物の山
翌朝、目を覚ました雨鈴を待っていたのは、贈り物の山だった。
絹の反物が三反。螺鈿の手箱。玉の腕輪に、銀の香炉。名のありそうな窯の茶器が一揃い。
房の半分が、見たこともない上等の品で埋まっている。
「な……何これ!?」
「お目覚めですか、雨鈴様。それが、その。」
翠華が目録を掲げた。
「昨日お助けになった子の母親、第二皇子様の宮の洗い場にお勤めだそうで。……つまり、あの子は第二皇子様の宮の者。その主として、召使の子を救われた御礼にと、第二皇子様よりのお届け物にございます。」
「第二皇子、様……?」
会ったこともない雲の上の人から、房が埋まるほどの品。
御礼というものの度を、明らかに越えている気がした。
とはいえ、置いておくわけにもいかない。翠華と二人、目録と突き合わせながらの整理が始まった。
反物ひとつ動かすにも、汚さないか、螺鈿の箱を持ち上げるにも、落とさないか。冷や汗の連続だった。
そこへ、様子を見に景辰が現れた。
戸口で足を止め、房を埋める品々を一瞥する。
「……これは、どういうことだ?」
視線を向けられた翠華が、目録ごと経緯を説明した。
聞き終えた景辰は、目録の最後の署名をしばらく見つめていた。
「……ご丁寧なことだ。召使の子ひとりに、この量とはな。」
声が、妙に低い。
「あの、殿下。それでご相談なのですが、このような高価なお品、いかがいたしましたら……御礼状なども、雨鈴様のお立場では、どのようにお書きすれば?」
「何、好きにすればいい。礼状はこちらで用意する。――俺の客人だからな。」
言い切る声には、取り付く島がなかった。翠華が、ちらりと雨鈴を見る。
だが当の雨鈴は反物の山と格闘していて、部屋の主の機嫌の雲行きには、まるで気づいていなかった。
「ん――……よし、ここまで! じゃあ私、ちょっと休憩してくるわね。」
「お、おい、待て。まだ体調が――」
「殿下ぁ!こちらにおいででしたか!」
廊下から、書類の束を抱えた部下が半泣きで飛び込んできた。
「政務が!政務が積み上がっております!どうか、どうかお戻りを!」
「……分かった。分かったから引くな。」
両袖を掴まれ、引きずられるように連れて行かれる皇子を見送って、雨鈴はにやりと笑った。
誰かさんも、私の部屋で油を売っていたわけね。
庭は、いい風が吹いていた。
池のある方角は避けて、木陰の石に腰を下ろす。
昨日の今日で体はまだ重いが、緑を眺めていると、胸の奥が静かにほどけていく。
「――やあ。」
聞き覚えのある声が、木立の向こうから降ってきた。
振り向けば、口元を布で覆った男が、いつの間にか立っている。
「志遠さん。……本当に、神出鬼没ですね。」
「今度は子どもを助けたんだって?」
志遠は笑いながら、少し離れた石に腰を下ろした。
「池に飛び込んだ、見初められの姫。……君は本当に、噂の的だな。」
「好きでなってるんじゃありません。」
「それに、贈り物も賜ったとか。第二皇子から山ほど――どれか、気に入った物はあったかい?」
「ああ、あれね……」
雨鈴は、遠い目をした。
「本当に、大変だったのよ。」
「…………ん?」
布の上の目が、丸くなった。
「大変? どういうことだい?」
「だって、あんなに高価なものをもらっても、私の手に余るわ。そもそも移動させるだけで一苦労よ。
反物は汚さないか、螺鈿は落とさないか、朝からずっと緊張しっぱなし。……贈り物で疲れたの、生まれて初めて」
「……そう、なのか……」
志遠の相槌が、なぜか少し、萎れて聞こえた。
「じゃあ、聞くが。……何だったら、嬉しい?」
「え?」
「いや、何だ、その。世間話だ。君のような人は、何を贈られたら喜ぶのかと思ってな。」
雨鈴は、少し考えた。
「やっぱり、美味しいものがいいわよね!」
「食べ物!」
「あと、本! 私、あまり勉強をしてこなかったから、ここの書庫にある本は難しすぎるのよ。易しくて面白い本があったら、ぜひ。」
「……食べ物と、本。」
布の下で、志遠が苦笑したのが分かった。絹だの玉だのの並ぶ話の後で、出てくるのは実用の品ばかりだ。
「あとは……お花、かな。」
「花?」
「私、きれいな風景や自然のものを見ると、心が落ち着くの。高いものじゃなくていいのよ。野の花でも、木の緑でも。……だから今も、こうして庭に来てるんだけどね。」
言って、雨鈴は木々の緑へ目を細めた。
風が、若葉を揺らして通り過ぎる。その横顔から、志遠はしばらく、目を離さなかった。
相槌が、一拍、遅れた。
「……志遠さん?」
「いや。……なるほどな、と思っただけだ。」
その時、遠くから声が響いた。
「雨鈴さまー!どちらですかー!」
翠華だ。志遠は立ち上がり、いつもの調子で軽く手を上げた。
「じゃあ、またね。雨鈴。」
木立の向こうへ、足音もなく男は消えた。
入れ替わりに駆けてきた翠華は、雨鈴が一人で木陰に座っているのを見て、ほっと息をついたのだった。




